「タクミ……本当に大丈夫?」
「だから大丈夫だっての」
ホロウから脱出し、一緒に六分街へ帰る途中、タクミはアンビーからしきりに心配の言葉をかけられていた。
「ホロウの入り口で貴方のバッグを拾って……猛烈に嫌な予感がしたけれど、まさか本当に攫われていたなんて」
「あー……なるほど、俺を助けに来たのはそういう訳だったのか」
あの時、アンビーとともに建物へ侵入したトリガーから、『別の部屋から話し声がする』と言われた彼女はそこに直行。
その部屋の中からツイッギーとタクミの話し声が聞こえ、そこでタクミが攫われたのだと分かったのだそうだ。
ちなみにトリガーは11号と同じく防衛軍の「オボルス小隊」所属の狙撃手である。
同僚である11号がツイッギーによって攫われ、アンビーと共に救助に来た、というのが事の経緯。
「まあ、あの時お前が駆けつけてくれたお陰で無傷で済んだんだ。改めてありがとな」
「……私は何も。貴方を助けられたのはトリガーのおかげ」
「じゃあトリガーさんにもお礼言っとかねぇとな」
現在トリガーは11号を休ませるために、ビデオ屋に行っている。
恐らくだが、アキラとリンも酷く心配している事だろう。
早くビデオ屋に戻るため、歩を進める。
「…………」
しばらく無言の時間が続く。
アンビーは少し気まずそうな顔をしていた。やがて、彼女は口を開く。
「……タクミ」
「なんだ」
「……ツイッギーから、どれくらい聞いたの?」
「!」
『何を』とは聞かない。アンビーが何を言いたいのかは分かっている。
嘘を言ってもしょうがない。タクミは正直に話す。
「……あらかた聞いたよ」
「……っ」
「安心しろ。お前や11号の事は誰にも言わない。俺の方もなるべく触れないようにする」
「……ありがとう」
アンビーはお礼を言うが、その顔は未だ晴れない。
「……その、ごめんなさい。私の『過去』に、貴方を巻き込んでしまって……本当なら、この事は私だけで決着をつけるべきだったのに」
「……」
この数日間、アンビーはニコ達に内緒でビデオ屋に居候していた。いわゆる家出である。
タクミは彼女がどういう理由で邪兎屋を離れたのかは聞こうとは思わなかったが……今日、その理由を知った。
いや、『知った』というよりは『知ってしまった』と言うべきだろう。
タクミはアンビーの過去に何の関係もない。
自身がオルフェノク『かもしれない』という理由で巻き込まれたに過ぎない。しかし──
「アンビー」
「?」
「俺が巻き込まれたのは……ツイッギーに『オルフェノク』の存在を吹き込んだ奴のせいだ。ソイツが何の目的は知らねぇけど、お前が責任を感じる必要は微塵もないはずだ」
「……でも」
「お前の言いたい事は分かる。俺がシルバー小隊の過去に口出しする権利はない。それでも、お前が悪いなんて事は絶対にないって事だけは言わせてくれ」
「……タクミ」
アンビーの表情に、少しだけ明るさが戻った。
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ビデオ屋に入ればアキラとリン、そしてトリガーが待っていた。
「おかえりアンビ──あれ? なんでタクミも一緒に?」
「まあ……外でたまたま会ってな」
当然嘘である。
実はタクミが攫われてから救出されるまで、数時間も経っていない。
その為、アキラとリンは彼が攫われていた事に気がついていなかった。
なのでタクミは自分が拉致された事はそのまま黙っている事にした。
理由はちゃんとある。
タクミが攫われた事、そして攫われた理由を彼らに赤裸々に話せば、アンビーが他人を巻き込まないよう言わないでいた事を話さないといけなくなってしまう為だ。
電話で予めトリガーにも示し合わせてある。
そして肝心の11号だが……彼女は工房のソファに寝かしつけてある。
「彼女の容態は……不自然な程に安定している。ただ、意識はまだ戻ってない状態だ」
「……」
「? タクミ、どうしたの?」
アキラから話を聞いたタクミはソファの前でしゃがみ、11号の顔を見つめる。
(……今まで意識してなかったけど、確かにアンビーと顔が瓜二つだな……)
ゴーグルを付けているせいというのもあるだろう。
そういえば、11号の方はアンビーをどう思っているのだろうか。
俯きながらそんな考え事をしていると──
「……あの」
「?」
声をかけられ、顔を上げる。タクミのすぐ目の前にに11号の顔があった。
「うおっ……!! わ、悪い」
「11号! 良かった、目を覚ましたんですね……!」
「……」
11号はタクミの顔をじっと見つめる。そして周りを見渡した後、彼女は口を開く。
「貴方達は……誰?」
「……え?」
「11号……それが私の名前なの?」
「アンビー、この反応……まさか」
「……ええ、間違いない。今の彼女は、記憶が混乱しているわ」
どうやらシルバー小隊のクローンは重傷を負った際、まず初めに記憶障害に陥るらしい。
11号はぼんやりとした表情をし、自分が置かれている状況を全く理解していないようだった。
その様子を見て、アンビーは一つの懸念点が頭に浮かび上がる。
「……トリガー。11号がもし戦えなくなったら……軍は彼女を見捨てるの?」
「大丈夫ですよアンビー。少なくとも、オボルス小隊が彼女を見捨てる事は決してありません」
トリガーは力強くそう言う。トリガーや他のオボルス小隊のメンバーにとって、11号はそれ程大切な存在なのだろう。
それを聞いてアンビーは胸を撫で下ろす。
「……アンビー、君は11号の事に詳しいようだけれど、記憶を取り戻すにはどうすればいいか分かるかい?」
「11号は友達だからね! 私達にできることならなんでも言って! 力になるから、ね?」
「……ありがとう、プロキシ先生。でも、特別なことは何も無いの。暖かい場所でリラックスしたり、好きな食べ物を食べたり……」
「好きな食べ物か……」
「11号の好きな食べ物っつったらアレだな。ちょっと行ってくるよ」
そう言ってタクミは店を出る。
「……? タクミはどこに出かけたの?」
「ラーメン屋じゃないかな? 11号は激辛ラーメンが大好物だからね」
「ラーメン……」
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「ん? おお、タクミか。この時間に来るのは久しぶりじゃねぇか?」
「そうかな」
日も落ちた頃、タクミは六分街のラーメン屋、錦鯉へと訪れた。
ただ今日は食べに来た訳では無い。
「チョップ大将、黒鉢赤辛鳥白湯ラーメンを一つ、テイクアウトで。辛さは……二十倍ぐらいでいいか」
「テイクアウト? ここでは食わねぇのか?」
「俺が食う訳じゃないよ。俺の友達が食うんだ」
「! もしかして、あのゴーグルのお嬢さんの事かい?」
「ああ。どうしたんだ、やけに驚いた顔して……」
「いやな……あのお嬢さん、ここ最近うちに来なかったもんでよ。いつもは毎日のように来てたもんだから、心配してたんだ」
「! そんな事が……」
「まあ、とにかく無事で良かったよ。黒鉢赤辛鳥白湯ラーメンだな? 少し待ってな!」
そう言ってチョップ大将は調理に取り掛かった。
出来上がるのを待っていると──
「タクミくん」
「!」
後ろから声を掛けられる。そこにいたのはトリガーとアンビーだった。
タクミとトリガーの絡みは次回からです