「プロモーション?」
「そう。なんかいい案ない?」
ヤヌス区六分街にあるビデオ屋『Random Play』──閉店後の工房内にて。
アキラはH.D.D.システムのデスクの前で、リンはソファの上で兄妹揃って『うーん』と唸っていた。
「チラシを配ったり、ホームページを作ったりはしてるんだけど、それでも新しいお客さんは中々増えないんだよね〜」
「今すぐアイデアを出さなきゃいけない──ってほど切羽詰まった状況ではないけど、新規顧客の少なさは無視できない問題と言えるね」
確かに、店に来るのは大抵知り合いの常連客ばかりである。店としてはどうにかして新規層を増やしていきたいのだろう。
「それで、新しい販促手段を考える必要があるって事か」
「そ。ビデオを借りてくれたお客さんに何らかのサービスを提供する、ってとこまでは浮かんでるんだけど……」
「サービスか」
タクミは顎に手を添え考える。自分が客の立場だとしたら何を求めるのか──
考えている最中に、ソファに寝転んでいるリンの姿が目に入る。彼女はRandom Playの店番ボンプ、18号(トワ)を抱っこしている。
それを見て、何かがひらめく。
「……ボンプ、抱っこ……」
「どうしたの、タクミ?」
「……なあ、店のボンプ達に協力してもらうのはどうだ?」
「え? トワちゃん達に?」
「ンナ?」
「ああ。ビデオ屋に来てくれた人は、トワ達と──そうだな、フリーハグが出来る……みたいなキャンペーンをやるのはどうかな」
「……なるほどね」
タクミの案はこうだ。
来週から約一週間、日替わりで店の前にいるイアス、トワ、レムの三匹とフリーハグができるようになる。
この三匹の可愛さは他のボンプと比べても指折りだと誰もが信じて疑わない。少なくともここにいる三人はそう考えている。
実際、販促時にトワがやっている『ンナンナ戦法』はかなり効果的である。
「ホームページやチラシにもこのキャンペーンの内容を書くんだ。もしかしたらふれあい目的で色んな人が店に来てくれるかもしれねぇ」
「んー……確かにやってみる価値はありかも。トワちゃんはどうする?」
「ンナナ!(お店のためになるなら僕、がんばります!)」
いい子だな、と三人は心の底からそう思った。やっぱうちのボンプ達が(同率で)ナンバーワンであると。
───────────────────────
そして時は流れ、キャンペーン開始初日の早朝。
開店時刻、タクミは店前に『フリーハグ』と書かれた看板を立て、椅子に座る。
初日のフリーハグ担当はイアス。三匹ともこのキャンペーンにはノリノリだったのが幸いだ。
ちなみにボンプの盗難防止のため、すく傍に言い出しっぺのタクミが着くことにしている。
「ンナンナ!(頑張ろうね、タクミ!)」
「ああ」
張り切るイアスにそう返すタクミだが……一つだけ懸念点がある。
トワを始め、Random Playのボンプ達には店に訪れるお客、そして六分街の人達のファンが多い。
しかし、中にはボンプ達を愛してやまない過激なファンも存在する。
……そう、過激なファンが。
「やあタクミくん!! おはよう!!」
グレース、ご来店。先程まで張り切っていたイアスの動きがピシリと固まる。
「早すぎるだろグレースさん。まだ開店したばっかなんだけど?」
「いやあ、先週チラシでイアス達とハグが出来るってのを見てから、いても立ってもいられなくて! おチビちゃんの朝食作った後すぐ家を飛び出したんだ!」
「朝食食ってねーのかよ、食えよ先に!」
「(合法的に)イアス達と触れ合う機会が巡ってきたと言うのに、おちおち朝食なんか食べてられないだろう!? それで、タクミくん──」
「あーちょっと待て、その前に一つだけ。イアスとハグ出来んのは午前と午後の一回ずつだけ、ハグできる時間は十秒間だけだ」
ルールが厳しすぎるのでは? と思う人もいるかもしれない。しかし、これこそがこのキャンペーンの狙いである。
ボンプというのは妙に中毒性のある抱き心地をしている。恐らくだが、大半の客は一回ハグをしただけでは物足りなく感じる……はずだ。
故に次の日も来るようになるかもしれないんじゃないか? というのがタクミの考えである。
本当に効果的なのかは怪しいが、やらないよりはマシだろう。
「ハグ……たったの、十秒……?」
「ハグで十秒は結構長いだろ……」
「──うして、」
「?」
「どうして『10秒』
「だああああもう分かったよ!! それじゃ二十びょ……三十秒に延長するから!!」
「やったあ!!」
「ンナァ……」
(悪いイアス……三十秒の辛抱だ……)
こうしてグレースはきっちり余すことなく三十秒間、イアスを抱きしめた。タクミはその間、持ち去られないようしっかり監視した。
「ふう……ありがとうイアス、おかげで今日頑張れそうだよ。タクミくんもありがとう、また午後来るからね!!」
「……」
エネルギーがフル充電された様子のグレースは軽い足取りで去っていった。
そして日が昇ってきた昼前頃。
タクミの見立て通り、ビデオ屋にはいつもよりも多くの客が訪れた。
イアスの可愛い仕草に道行く人は足を止め、そしてモチモチとしたハグの感触に人々は心を掴まれる。
ビデオを借りる人も例日より明らかに増えている。プロモーションは成功と言ってもいいかもしれない。
そんな中、新しい顔見知りがここへ訪れる。
「何してんだ、タクミ?」
「あ、クレタ」
店前に座っているタクミとイアスの元に、クレタがやってきた。
「クレタも(イアスと)ハグしに来たのか?」
「いや、今日はカスタムショップに会社の備品を──ちょっと待て」
「?」
「お前今……なんて言った?」
「え? だから(イアスと)ハグしに来たのかって……」
「……ハグ? なんで、だ?」
「実はな、ビデオ屋のプロモーションの一環として一週間フリーハグをやる事にしたんだ。クレタもどうだ?」
「へ!?」
タクミの言葉を聞いたクレタは素っ頓狂な声を上げる。
「……ハグって、色んなヤツがハグしに来てんのか?」
「ああ、今日だって早朝にグレースさんが来たからな」
「姉貴も!?」
「何驚いてんだよ……グレースさんなら(イアスと)ハグしに来てもおかしくないだろ?」
「そ、そうだっけか……? 姉貴のヤツいつの間に……」
「それで、どうするんだ?」
「え、あーえっと……本当に良いのか?」
「勿論」
「じゃ、じゃあ……」
クレタは頬を赤らめ、緊張した様子でこちらへ来る。そしてその小さな腕で、ぎゅっと抱きしめた。
──タクミの方を。
「…………う」
「……クレタ。その──」
「な、なんだよ」
「ハグするのは俺じゃなくてイアス──」
「ぐああああ早く言えよ馬鹿野郎!」
クレタの叫び声が六分街に響き渡る。
Random Playフリーハグキャンペーンは、まだ始まったばかりである。