フリーハグキャンペーン初日も午後へと差し掛かった。
混雑する程の多さでは無いが、それでも多くの人がイアスとハグをするためここへと訪れている。
「イアス、疲れたりしてないか?」
「ンナナ! (全然平気だよ!)」
「それならいいけど」
休憩はちょくちょく挟んでいるとはいえ、イアスに無理を強いていないか心配になってしまう。
キャンペーンをやる上で、ボンプ達の健康は最優先事項とも言える。
「はあ〜……モチモチ……」
「ンナンナ!」
「ありがとうボンプくん……疲れが全部吹っ飛んだよ……」
「ンナナー!」
店には老若男女様々な客がやって来る。
隣町から来た高校生や、酷く疲れ切った会社員、果てには郊外からやって来た運び屋も、癒しを求めてこの店へとやって来る。
当然、治安官も例外では無い。顔見知りとあれば尚更だ。
「ほう、『ふりーはぐ』とな……」
「こんにちはタクミくん。これって新しいキャンペーンか何かですか?」
パトロールとして六分街に来た朱鳶と青衣。タクミは二人にキャンペーンの説明をする。
……ちゃんと『イアスとハグができる』と説明したので誤解はされないはずだ。
「なるほどな……ならば我もその『ふりーはぐ』とやらに興じるとしよう。どれ、失敬──」
「ンナッ」
青衣はイアスを抱き上げ、その腕で抱きしめる。そしてしばらくした後、イアスを地面に下ろした。
そしてその後、タクミをぎゅっと抱きしめた。
「!?」
「ちょっ……先輩!? 何やってるんですか!?」
「見ての通りだ。ハグをしておる」
「さ……さっきイアスとのハグだって言ったんだけど……」
「はて、そうだったかな。確かにイアスとのハグだとは聞いたが、タクミとハグをしてはならぬとは一言も聞いておらん。そうであろう? 店長殿」
「もちろん!」
「姉ちゃん!?」
いつの間にか近くにいたリンがタクミの代わりにハグを快諾する。
「か、勝手に決めんなよ」
「いやいや、よく考えなよ。需要が少しでもあるなら、それもプロモーションに組み込むのが常識でしょ?」
そうだろうか。そもそもクレタの件はただの勘違いだし、需要があるとは到底思えない。
「ほれ朱鳶よ、何をぼーっとしておるのだ。ぬしもやってみるがいい」
「え!? で、でも……」
朱鳶はドギマギとした様子でうろたえている。
「じゃ、じゃあタクミくん……良いですか?」
「え? あー……はい、どうぞ」
タクミの前に行く朱鳶。そしてそのまま、彼の事をゆっくりと抱きしめる。
それをリンと青衣は生暖かい目で見守る。むず痒い気分だった。
当然だが、朱鳶は生身の状態のタクミよりも遥かに力が強い。それを分かっている彼女は、慎重にタクミをハグして──
「にゃあ!!」
「きゃあっ!?」
「あ、猫!」
可愛い鳴き声と共に野良猫が朱鳶の背中へと襲いかかる。猫、というかモフモフな生き物全般が苦手な朱鳶は悲鳴を上げる。
「ぐあああ痛い痛い痛い!! 朱鳶さん! 朱鳶さん!!」
「猫が……っ、ちょ、こっちに来ないでください!!」
猫にパニックになった彼女は力加減を忘れ、タクミを絞め落とす勢いで抱きしめ始めた。
しまいにはくっつこうとする猫から逃れようとタクミを盾にする始末である。一応故意では無い。
今日来た客の中でも一番熱いハグをかました朱鳶だった。
「その、ごめんなさいタクミくん……ご迷惑をおかけしてしまって……」
「だ、大丈夫っすよ」
あの後リンが猫を引き剥がし、なんとか朱鳶は落ち着きを取り戻した。
「して、朱鳶よ……抱き心地は?」
「抱き心地って……色々あったから覚えてませんよ……」
「ん? それならもう一回ハグする?」
「い……いや、今日は大丈夫です……! その、色々と持たなさそうなので……また明日お願いします」
(持たないって何が……?)
猫の事だろうか。
確かに朱鳶があそこまで猫が苦手だとは思わなかったが……大袈裟ではないかとタクミは思った。
そうして時が経ち、夕暮れ時。キャンペーン初日も、終わりを迎えようとしていた。
「ンナナ!(今日色んなお客さんが来てくれたね!)」
「ああ、そうだな。まさかこのプロモーションがここまで上手くいくとはな……」
「……」
「……ん? どうしたんだイアス」
「……ンナ(まだハグしてない人がいるなって)」
「え?────ああ、なるほどな」
タクミはイアスが言いたい事を理解した。今日イアスは色々な人とハグをしたが、今日傍に着いてくれたタクミともハグをしたいのだろう。
「確かにすっかり忘れてたな──ほら、来な」
「ンナナー!!」
「うおっと」
イアスはぴょーんと飛び上がり、タクミへと抱きつく。タクミの方も落ちないようしっかり抱き返す。
イアスとハグするのは別にいつもやっている事だが、今日のハグはなんだか特別感があった。
「あれ……タクミ、何してんの?」
「ん?」
聞き慣れた声がしたので振り返ってみれば、猫又が不思議そうな顔でこちらを見ていた。
タクミは朱鳶や青衣の時と同じように、キャンペーンについて説明する。
「──へぇ、フリーハグねぇ……ニコなら絶対しなさそうなビジネスかも」
「だろうな……それで、どうする? もうすぐ閉店だけど、今ならまだできるぞ」
「……そーお? なら遠慮なく……っと!」
「うわっ!」
猫又は目にも止まらぬ速さでタクミに抱きつく。その顔は少し赤らんでいた。
「ふへへ……」
「な、なんで俺に抱きつくんだよ……ハグすんならイアスだろ普通」
「うん? でも看板にはタクミともハグできる、みたいな事が書いてあるぞ?」
「は!?」
看板を見れば、いつの間にリンが書き足したのか、『イアスの隣にいる男の子にもハグができます!』
と書かれていた。
「……」
「ほら、何ぼーっとしてるの? フリーハグってのは一方的にやるもんじゃないでしょ?」
「え? あ、ああ」
タクミは言われた通り、猫又の背中に腕を回す。二つのしっぽがピーンと立っている。
しかしその直後、しっぽがダランと垂れ下がった。
「……ねぇタクミ、このフリーハグって他の人にもしてたの?」
「? ああ、そうだな。何故かイアスじゃなくて俺とハグしたいって物好きな人が結構いてさ」
「……ふーん」
「ね、猫又? なんで顔を擦り付けてるんだ──ちょ、おい、くすぐったいからやめろって」
しばらく顔をタクミの胸部に擦り付けた後、猫又はその顔を離した。彼女のしっぽはユラユラと大きく揺れている。
「へへ……ありがとタクミ、また明日ね〜」
「……あ、ああ」
猫又は非常に満足したような顔で、さっさと帰っていってしまった。
「……なんだったんだ」
ハグはともかく、顔を擦り付ける意味はあったのか。いや、考えても仕方ないだろう。
「……なあイアス、俺とのハグって需要ある?」
「ンナナンナ!(勿論あるよ! 僕もタクミとぎゅーってするの好きだもん!)」
「……そっか」
いい子だな、とタクミは心の底からそう思った。やっぱうちのボンプ達が(同率で)ナンバーワンであると。
さて、そろそろ閉店時間。タクミは看板を片付け、店へと戻ろうとする。
すると──
「ハァッ、ハァッ……!! お待たせ……またハグしに来たよ、イアスぅ……!!」
「…………」
爆速で仕事を終わらせ、定時退社した過激なファンが、息を切らし血走った目でこちらを見ていた。
通報するために、反射的にスマホを取り出したタクミは悪くないはずだ。
次回からシーズン1アウトロです!