「市長閣下。ご依頼は滞りなく完了致しました」
『うむ。ご苦労だった』
結果だけ言えば、生身でのホロウ活動は恐ろしい程に順調だった。
特段エーテル活性が高いわけでもないホロウだったため、下級エーテリアスしか現れなかったというのもあるが……
とにかく、タクミが懸念していた事態が起こる事はなかった。
ただ一つ、予想外の事故を上げるとするならば──
「……依頼が終わるなりいきなり飛びついてきた時は流石にビビったぞ」
「ご……ごめん、感覚同期してた時の癖が抜けきってなくて……」
前までのリンはイアスと感覚同期しているという事もあり、やたらとアクティブに動き回っていた。
時々ファイズの肩や腕に飛び乗る事もある。恐らく今回リンは自分が人の姿だという事を忘れていたのだろう。
受け身を取る気すら無かったので、ファイズが受け止めていなければ危なかった。
『やはり君達には天賦の才がある。君達程の腕ならば、"アレ"を取り戻す事も出来るだろう』
「"アレ"? アレってなんですか?」
『うむ、実は君達と今回接触を図ったのは、H.D.Dのアップグレードの件の他にもう一つある──君達は、とあるオークションが近々開催される予定であることは知っているかね?』
「! オークションって……」
恐らく先日ヒューゴが話していた上流階級御用達のオークションの事だろう。
「そのオークションがどうしたんですか?」
『君達には、そのオークションでとある品を競り落として貰いたいのだ──サクリファイスのコアを』
「え!? サクリファイスって、あの……?」
『そうだ。君達がかつて打ち負かしたあのサクリファイスだ。あの後治安局が回収し、調査を行ったのだが──結果、驚くべき事が判明したのだ』
調査の結果、サクリファイスにはホロウの外でも存在を維持できる力を持っている事、そしてその体内には人間のDNAが組み込まれている事が分かった。
本来、エーテリアスはホロウの外では生きられないというのが常識だが、それを根底から覆す恐るべき事実だ。
「嘘でしょ……? そんなヤバかったんだ、サクリファイス……!」
『本題はここからだ。我々はそのサクリファイスから奇妙なコアを摘出する事に成功した。そのコアも本体同様、特殊な力が働いているらしい。しかしあろう事か、コアはしばらく前に盗まれてしまってね……』
「つまり、それを取り戻すために俺達にオークションで競り落として欲しい、って事ですか?」
『その通りだ』
コアの盗難後、市長はしばらくの間行方を追っていき、その場所を突き止めた。それが件のオークションである。
サクリファイスのコアを埋め込んだ品を何者かがオークションに出品したのだ。
『サクリファイスがもたらす力や影響は未だ未知数だ。現時点で、あれを知る人間はまだ少ない方が良い。それに、私はオークションという場に出ていくには相応しくない立場にいる』
「それで僕達にお願いしたい、と?」
『ああ、ただ安心して欲しい。資金はこちらで用意してあるし、ヴィクトリア家政が全面的に君達を補佐しよう』
リンは市長の言葉を聞き、少しの間悩んだ末──
「……分かりました。オークションは初めてだけど、何とか頑張ります!」
『感謝する。オークションは招待制であるが故、TOPS関係の主催者から招待状を手に入れるのは少々骨が折れるが……なるべく早く入手が出来るよう努力する。それでは、頼んだぞ』
市長との音声通話が終了した。ライカンがアキラ達に『お疲れ様でした』と労いの言葉をかける。
エレンは依頼で疲れたのか、ホロウを出てから工房のソファでずっと爆睡している。
そしてアキラは、市長の言葉に何か思うところがあるようだった。
「……ライカンさん。市長さんとTOPSの人達は、あまり仲良しではないのかい?」
「ええ。新エリー都市政の運営体系がメイフラワー家によって創設されたものである一方、TOPSは複数の企業から成る営利目的の連合体──権力を持つ者と利潤を追求するものの間には、えてして軋轢が起こりやすいものでございます」
「市長さんが招待状を手に入れるのに手間取ってるのはそういう事なのか」
「左様でございます。しかし、ご安心を。招待状を手に入れられるよう、私共が可能な限り障害を排除いたします」
「ありがとね、ライカンさん!」
「造作もございません。それでは、私共はこれにて失礼いたします──エレン、起きなさい」
「…………ぅう」
いつまでも起きないエレンを担ぎ上げると、ライカンはこちらに一礼し、店を後にした。
「オークションねぇ……招待状云々についてはヒューゴさんに聞くのが早いかも」
「でも連絡先聞いてないんだろ?」
「そうなんだよねぇ……どうしたものか──あ」
「どうしたんだい? リン」
リンはポケットから、昨日ヒューゴから貰った抽選券を取り出す。
「もしかしたら、抽選券にヒントみたいなのがあるかも──ヒューゴさんなら連絡先を答えになぞなぞを仕込んでてもおかしくないよ!」
「リン……映画の見過ぎじゃないか? 確かにあの人ならやりそうであるけども……」
タクミはリンの抽選券を取り、それに目を凝らすが……何も書いていない。係員がボールペンで書いた『特賞』の文字があるだけだ。
「……ヒントって、抽選券にヒントが書いてあんのか?」
「そうかもしれないな〜って……あ、そういえばヒューゴさん、昨日なんか帰り際に意味深な事を言ってたような」
「意味深な事?」
先日ビデオ屋へ訪れたヒューゴ。彼は去り際にこう言っていた。
『結局のところ、秘密が明らかになるのはいつだって光を背にした時だけだ』
「…………え、まさか」
「いや、まさかね?」
タクミは抽選券をモニターの明かりにかざす。すると、抽選券の空白部分に数字が浮かんできた。
ヒューゴの電話番号だった。
「……『光を背に』ってそういう事かよ」
「ヒューゴさんは随分とミステリーものが好きなようだね……ともかく、電話してみよう」
早速スマホに抽選券の電話番号を入力し、電話をかける。するとすぐにヒューゴ本人と繋がった。
『これはこれは、店長くんじゃないか。どうやら抽選券に仕込んだささやかな秘密に気づいてくれたようだな。それで、何か用かね?』
「実は、ヒューゴさんに手伝って欲しい事があるんです。前に言ってたオークションに出たいなって思ってて……ヒューゴさんなら招待状を何とかできるかもって思って」
『なるほど……是非とも君達の力になりたいところだが……あいにくこちらの仕事が立て込んでいてね。そこで君達に頼みたい事があるのだが』
「頼みたい事?」
『君達が俺の仕事に手を貸してくれれば、その招待状を探す時間も捻出できる。公平な取引というやつだ……如何かな?』
「それなら良いですけど……ヒューゴさんってなんの仕事をしてるんですか? あんまり危ない事なら──」
『君達を危険に晒す事は決してない、安心したまえ。詳しい事は、面と向かって話すとしよう。ガーデニングショップの朝露で待っている──それではまた会おう』
そう言ってヒューゴは電話を切った。三人は顔を見合わせる。
「……とりあえず、行くしかねぇか」
「そうだね……」
なんとなく彼の掌の上で転がされている気がしなくもない気がした。