(パエトーンって……あのパエトーンだよな……?)
ビビアンが口にしたその名前。それが聞こえたのはのはこの場でタクミだけだ。
少なくとも、タクミが知ってるパエトーンは
────彼女はただのファンなのでは? と。
郊外にもファイズのファンがいた。パエトーンのファンがいても何もおかしくはないだろう。様付けしてるのは少し引っかかるが。
(……ん? じゃあなんでさっき兄ちゃんと姉ちゃんの事を『運命の人』って──)
「タクミ? 何してるの? もう後半始まっちゃうよ?」
「え? あ、ああ」
タクミはモヤモヤとした気持ちを抱えながら、会場へと移動した。
『それではこれより、オークション第二部を開始いたします!』
司会者のアナウンスと共に始まったオークション後半。
前半で並んだ品々にも負けないほどの珍しいものが次々と紹介されていく。
そして──
『──続いての品は、本オークション最大の目玉! 比類なき勇者の外套でございます!』
司会者はマイク片手に、ショーケースの中にあるその品について解説をする。
『はるか昔、真に勇気ある者のみが袖を通す事を許されたというこの逸品! そしてその襟元には、何やら怪しげな輝きを見せる宝石があしらわれており、気品とミステリアスさを兼ね備えた品となっております!』
司会者の言う通り、外套の襟元には青い輝きを持つ謎の宝石があった。
「お兄ちゃん、アレって……!」
「ああ、間違いない。サクリファイスのコアだ……でも、なんであんな無防備な状態で飾られているんだ……?」
「……」
「? ライカンさん、どうしたんだ?」
「……いえ。確かに見る限り、アレが目的の品のようです。プロキシ様、後の事はお任せしても宜しいでしょうか?」
「うん、任せて!」
オークションの目玉の品という事もあり、案の定『勇者の外套』の入札者はかなりの数となった。
しかし、市長の潤沢な資金のおかけでなんとか熾烈な競り合いに勝っていく。
そして残る入札者は、リン達とレイヴンロック家の当主──ハルトマンのみとなった。
「……まさか俺相手にここまで食い下がる奴がいたとはな。まあいい……所詮は品の価値も分からん下民共だ」
「姉ちゃん、いけそうか?」
「大丈夫だって。私を誰だと思ってんの? 市長さんの力があればハルトマン相手ぐらい大丈夫だよ!」
リンは勝ってくるぞと勇ましく、一対一の競り合いへと臨んだ。
負けた。
「うぅ……! 悪徳資本家めぇ……!!」
「まさかあそこまで金額を吊り上げられるとはな……もう少しだったんだけどな」
最初は『この品の価値をわかってるのはこちらの方だ』と、お互い一歩も譲らなかった。
しかしハルトマン側がこれ以上の口論は時間の無駄だと判断したのか、一気に金額を天文学的な数字へと吊り上げていった。
市長が用意した資金では敵わず、リン達はあえなく引き下がる事となってしまった。
これからどうしたものかと悩んでいると、スマホから通知音が鳴る。
「……ん? ヒューゴさんからだ──『上を見たまえ』……?」
「上?」
メッセージを見たその瞬間、会場の照明がいっせいに消える。
「な……なんだ!?」
「明かりが消えた……停電か?」
会場は大混乱。いっこうに明るさが戻らないその空間に、ざわつきの声は次第に大きくなっていく。
タクミはヒューゴのメッセージにあった通り、天井の方を見る。
するとそこには人影が。
「兄ちゃん、姉ちゃん! 上に誰かいるぞ!」
「え!?」
アキラ達が上を見上げたその瞬間、スポットライトがその人影を照らしはじめた。
そして現れたのは──黒い帽子に黒いマスクを付けた金髪の男性。
「レディースアンドジェントルメン!」
混乱の声をかき消すように、男の声が会場中にこだまする。人々はその声に驚き、上を見上げる。
「あの人……まさか」
「ああ、見間違いじゃなけりゃ……確かにヒューゴさんだ」
先程のDMもそういう事なのだろう。しかし、これは一体どういうつもりなのか。
ハルトマンが突然、声を上げる。
「!? ここにあった外套はどこだ!!」
「その品なら既にこちらの手にあるぞ、ハルトマン殿」
「なっ……!!」
いつの間に盗み出したのか、ヒューゴの手元にはハルトマンが落札した『勇者の外套』があった。
闇夜に輝く満月を背に、ヒューゴはコインを光らせニヤリと笑う。
「例の品……確かに返してもらった。それではごきげんよう、諸君……素敵な夜を──『モッキンバード』より、愛をこめて」
「ま、待て……!! おいお前ら、あのコソ泥を捕まえろ!!」
「は、はっ!!」
ヒューゴがその場を後にすると、先程まで消えていた照明が再び明るさを取り戻す。
そして先程の喧騒から一転、まるで水を打ったように静かになる会場。
こうなっては、もうオークションどころではないだろう。警備員の指示の元、ひとまずVIPラウンジへと戻ることとなった。
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VIPラウンジにて。
ダメ元でヒューゴに『何のつもりなのか』とDMを送ったが……返ってきたのは『俺からのささやかなサプライズだ』という返事のみ。
「……ヒューゴさん、確か自分の事モッキンバードって言ってたよね」
「なあ、モッキンバードってなんだっけか? どっかで聞いたことあるような……」
「モッキンバードと言うのは、兼ねてより昔……私とヒューゴで立ち上げた怪盗団のことでございます」
「!」
いつの間にか近くにいたライカンが代わりに答える。
「ライカンさん、もしかしてヒューゴさんと知り合いだったのかい?」
「……先程の会話を聞く限り、貴方様もあの男と面識があるようですね」
アキラはライカンにかつてヒューゴと会った事、そしてオークションの招待状は彼から貰った事を打ち明けた。
「──なるほど、そのような事が……」
「ライカンさんは昔はそのモッキンバードってやつのメンバーだったんだな」
「左様でございます。ヴィクトリア家政に身を置く前は、ヒューゴと共に幼稚かつ壮大な夢を掲げ、自分達が正しい、と思う事をやってきました」
「……今は?」
「今は……そうですね。昔と比べ、見る影もないと言えるでしょう。ヒューゴも……モッキンバードも」
話を聞く限り、ライカンは何かしらの出来事がきっかけでヒューゴと決別し、ヴィクトリア家政に入ったのだろうと推測できる。
「その後、モッキンバードは新エリー都でその名を広めていき……しまいには『モッキンバード』の名を騙る不埒な輩まで現れる始末でございます」
「あー……思い出した。そういや偽モッキンバードが逮捕された、みたいなニュースを見た気がするな」
「…………」
「あはは……」
「?」
なぜかぎこちなく笑うリンと急に押し黙るライカン。
「……現在、勇者の外套……及びサクリファイスのコアはあの男の手にあります。ヒューゴの目的は分かりかねますが……何であれ、早急に取り返すべきでしょう」
「うーん、それはそうなんだけど……ヒューゴさんがどこに行ったのか……」
「ご安心を。過去の経験から、ヒューゴの逃走経路はおおよそ推測できます。追手を振り切るのに適したルート──それはホロウでございます」
ライカン曰く、ヒューゴはポート・エルピスのホロウに逃げ込んだ可能性が高いとの事だ。
ならば善は急げ、という事でタクミとリンは早速ポート・エルピスへと向かうことにした。