悲報というべきか。パエトーン激推しであるビビアンはなんとファイズアンチだった。
どうするべきか。ここで自分がファイズであるという事を打ち明けるべきか。
(いや、ここは黙るか……さすがにリスクが高すぎる)
────あの不届き者ですか。
そう言ったビビアンの眼はとても冷たく、恐ろしいものだった。
僕実はファイズなんですと打ち明けようものなら、その瞬間首が飛ぶかもしれない。タクミの首が。
当然彼女にタクミがファイズだと悟られてもいけない。ここから慎重にビビアンとの話を進める。
「……ビビアンさん」
「? どうしてまたさん付けになったのですか?」
「アッイヤ、その」
平静を装うのが思ったより難しい。なんとか気持ちを落ち着かせる。
「えっと、なんでファイズが嫌いなんだ?」
「……別に嫌いというわけではないのです。確かに彼の実力は紛れもない本物。パエトーン様のお眼鏡に適うだけの事はあるのです。しかし──」
ビビアンは腑に落ちない、といった表情を浮かべる。
「数ヶ月前に突然姿を現し、突然パエトーン様の右腕たる存在になった彼が、どうして十数年の付き合いかのように息ピッタリなのかが理解できないのです」
「……」
それは姉弟だから、としか言いようがない。怖いので言うつもりはないが。
「ですがわたしは諦めないのです。パエトーン様はわたしに生きる希望をくれた光そのもの……いつかパエトーン様にお会いし、パエトーン様の隣に立つに相応しい人間になる──それがわたしの夢なのです」
「…………夢、か」
話を聞く限り、ビビアンにとってパエトーンという存在は想像以上に大きなものらしい。
単純な強火オタクかと思っていたが、そうでもないようだ。
「わたしこそがファイズよりもパエトーン様の右腕に相応しい人間なのだと証明する……そのために今日まで生きてきたと言っても過言ではないのです」
「……ちなみに、ちなみにだぞ? もしファイズとばったり会ったらどうするんだ」
「決闘を申し込むのです」
郊外の走り屋みたいな精神性をしている。やはり打ち明けなくて正解だった。
「……それにしても、どうしてタクミはそんなにファイズのことを聞きたがるのですか? ────あ、もしや貴方……」
「っ!!!」
まずい。刹那、タクミの脳内に警笛が鳴り響き、体には嫌な汗が流れる。
「もしかしてファイズ推しでもあったのですか? だとしたらごめんなさいなのです……気を悪くさせてしまったでしょうか……?」
「あ、いや、大丈夫っす」
「そうですか? まあ、でも安心するのです。あくまでファイズに対してほんの少し嫉妬しているというだけで、特段憎んでいるという訳でもないのです」
安心できない。
決闘すると言われた手前安心はできない。
もう聞きたいことも聞けたのでパエトーン様の話題に戻そう考えたその時。
「ただいま────あれ? 君は……」
「あ、兄ちゃん」
ちょうど良いタイミングでアキラが帰ってきた。しかし、なぜかリンの姿はなかった。
「あら、ようやくお会いできましたね。お待ちしていたのです、プロキシさん」
「……!! どうしてそれを……」
「安心するのです。タクミにも言いましたが、敵意をむけるつもりはありませんから」
「大丈夫だ兄ちゃん、ビビアンは悪い奴じゃない。悪い奴ではない」
「どうして二回言うのですか」
「……」
いきなりプロキシ呼ばわりされ、警戒心を露わにしていたアキラだが、タクミとビビアンの仲良さそうな様子を見て安心した。
「……あれ? そういや姉ちゃんは?」
「リンは少し用事があってね。少し帰ってくるのが遅くなるんだ──それでビビアン、君はどうしてここに?」
「今日ここへと来たのは他でもないのです。単刀直入に言わせて貰います──プロキシさん、わたしと協力関係を結びましょう」
「協力関係だって?」
「はい。プロキシさんはサクリファイスを利用し、新エリー都に復讐を成さんとする者がいるという事はもう聞いていますよね?」
「え、そんな事まで知っているのかい……? 僕とタクミも昨日聞いたばかりだと言うのに……」
「ふふん、今回の件にあたり、何から何まで調べてきましたから。わたしの目的は『ブリンガーの遺物』を見つけることなのです」
ビビアン曰く、それを見つける事ができれば、例の『讃頌会』の企みも分かるだろうとの事だ。
さらに彼女は、市長が教えなかったさらなる情報も教えると言った。
その情報があれば、サクリファイス関連の件の調査も、大きく進展する事だろう。
「──どうですか?お互いの目的は同じ……貴方にとっても、これを承諾するメリットの方が大きいでしょう」
「……そうだね。分かった、僕としても願ってもない取引だ」
「感謝するのです。あ、そういえば……ホロウの中で、貴方は戦力になるのでしょうか?」
「いや、僕もリンも戦闘能力は皆無だ……動き回るぐらいの体力はあるけど……すまない」
「いえ、構わないのです。貴方は行く道を示してくれればそれで良いのです。かのパエトーン様も、戦う事は不得手でいらしてましたから」
「…………ん? ちょっと待ってくれ、今なんと──」
「それではこれで失礼します。遺物の場所がわかり次第、連絡するのです」
そう言ってビビアンはビデオ屋を後にした。
「……タクミ、今ビビアン、パエトーン様って言わなかったかい?」
「……あー、その」
タクミはアキラに先程のやり取りを説明する。
「──なるほど、そういう事だったのか……でも不思議なものだね。プロキシだと見破られていたものだから、てっきりパエトーンだということもバレているのかと……」
「兄ちゃん、前にビビアンに何かしたのか? あれ、ぶっちゃけ崇拝レベルの心酔具合だったぞ」
「いや……特に覚えは無いな」
「ただいまー!」
「お」
再びドアの開く音がする。ドアを開けたのはリンと……もう一人の見慣れた姿もあった。
「あれ? 柳さん?」
「ご無沙汰しています、タクミくん」
リンと一緒に店へ入ってきたのは柳だった。
「ビデオ借りに来たんすか?」
「それもありますが、今回はそれと別の用件で来たんです。すでにアキラさんとリンさんには話しているのですが……念の為タクミくんにも話しておくべきだと思いましたので」
その用件と言うのは……ブリンガーが遺した録音について。
かつてブリンガーはホロウで遭難した市民を助けるため自身の対侵蝕装備を譲り、エーテリアスの大群と孤軍奮闘した。
その戦いの末彼は体力を使い果たし、ホロウを脱出する気力も残っていなかった。
自身の最期を悟ったブリンガーは、遺言を残す為レコーダーで録音をした。
その録音の中、数十秒ほどノイズが流れた後……ブリンガーの人格は先程までの様子が嘘かのように変わりきった。
『始まりの主』『神の奇跡』と叫び、ブリンガーは
これが録音の全貌なのだが──
「ノイズが流れている時間の途中、雑音に紛れてブリンガーではない何者かが話す声が聞こえました」
「……ブリンガーはその何者かのおかげで助かったって事ですか?」
「それは現時点では断定しかねますが……そのノイズからは──」
『オルフェノク』
『ゲーム』
『支配者』
「──と、辛うじて三つの単語を聞き取ることができました」
「…………!!」
「……リンさんから、貴方がこの『オルフェノク』と少なくない関わりを持つと聞きました」
「勝手に話しちゃってごめん、タクミ……でも、六課の皆ならきっと力になってくれるよ! タクミが今調べてる事も、何かわかるかも!」
「……それは」
……確かに、考えてみればリンの言う通りかもしれない。
ブリンガー、讃頌会とも関わりがある以上、その調査を進めている六課の人にもオルフェノクについて話しておくべきなのかもしれない。
そう考えたタクミは柳に、
『オルフェノクの特性』
『ファイズはオルフェノクにしか変身できない事』
『タクミがそのオルフェノクである可能性がある』
この三つの事を話した。打ち明けた事が悪い未来に繋がらない事を心の中で祈りながら。
「……なるほど、分かりました。話してくれてありがとうございます、タクミくん。この事は一部以外には決して口外はしません……それと」
「?」
柳はタクミの頭に優しく手を置く。
「オルフェノクの件の調査は、こちらの方でも力の限り協力します。ですので……どうか安心してくださいね」
「……ありがとう、柳さん」
ホロウ六課が味方ならば心強いだろう。タクミは幾ばくかの安心を胸に柳にお礼を言う。
……それとは別に、気になることがある。
「……柳さん」
「どうしました?」
「そのでかいレジ袋はなんですか?」
柳の右手には、手のひらより少し小さめのあんぱんが三十袋ほど入ったレジ袋が提げられていた。
「ああ、これですか。お店にお邪魔する際に、手ぶらではいけないと思ったので、リンさんと一緒にお土産のあんぱんを買ってきたんです」
「……そうなんすね」
てっきり一人で食べるのかと思っていたとは、口が裂けても言えなかった。