突如現れたその女性は白く長い髪をたなびかせ、リン達の方を見る。
「割と間一髪だったな、お前さん達……ほら、ここは私に任せて早く離れろ」
「え……あ、どうも……?」
女性に言われるがまま、三人は場を離れる。そして一人残った彼女の周りに佇むエーテリアス達は……
「ガァアアアアア!!!」
耳をつんざく咆哮とともに彼女へと襲いかかる。
それに対しその女性は──
「…………」
そこから先はよく分からなかった。
大量のエーテリアスの攻撃をその女性が軽々といなす……所までは視認できた。
……が、その後は何やら金色の光と黒色の墨汁のようなものを撒き散らし、気がついたらエーテリアスが全滅していた。
「……姉ちゃん、今何が起こったか見えたか?」
「ううん、全然……けど、なんかすごい事をしてるのは分かった」
「もしやこの方が、ライカンさんの言っていた特殊調査員なのでしょうか……?」
女性はエーテリアスを掃討した後、全く疲弊した様子もなくこちらへ歩いてくる。
「初めまして、だな。お前さんがリンだろう?」
「は、はい……そうですけど……あなたは?」
「私は儀玄。雲嶽山第十三代宗主だ。メイフラワーに、私の助けを必要としてる『協力者』がいると聞いてね」
儀玄と名乗るその女性は、今度はファイズの方を見る。
「……んで、そこの変ちく──珍しい格好したのがタクミだな?」
「今変ちくりんって言おうとしました?」
「聞き間違いじゃないか? それよりもリン……お前さん、中々いい『気』を持ってるな。確かにメイフラワーの言ってた通りだ」
「……もしかして、市長さんが言ってた特殊調査員って儀玄さんの事?」
「そうだ。しばらくお前さんの師となるよう頼まれたんだ……いくつか追加で『指導』をしてやれとさ」
「指導って?」
「それについては、また今度の機会に話すとしよう。お前さんも暇ってわけじゃなさそうだしな。それじゃあまた」
そう言うと儀玄はその場を後にした。儀玄が居なくなったあと、先程まで黙っていたビビアンが口を開く。
「……パエトーン様。少しよろしいでしょうか?」
「うん? どうしたの?」
「その、少し気分が悪くて……今日はもうホロウを出ようと思うのです。サクリファイスの事に関しては帰ってからまた調べてみます」
「うーん……確かに顔色が悪いね。分かった、それじゃ一緒に出よう」
「ありがとうございます」
ビビアンと一緒にホロウの出口へと向かう。その間、ビビアンの足取りは何やらおぼつかない様子だった。
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ホロウを出た後。
バレエツインズ前の広場で、ビビアンは川に映る赤い夕焼けを見ながらため息をつく。
「…………」
ビビアンがため息をついている理由は何となくだが理解できる。
おおかた先程会ったディナの事についてだろう。彼女はビビアンに、並々ならぬ憎悪を抱いていた。
「……」
ビビアンを見て、タクミとリンは顔を見合わせ、互いに頷く。そしてリンは意を決し、彼女に話しかけた。
「……ねぇ、ビビアン」
「……はっ! も、申し訳ありませんパエトーン様、お見苦しい所を……その、もうお休みになってはいかがでしょうか? わたしの事は気になさらずに」
「大丈夫だよ。それよりも、さっきからぼーっとしてるけど……もしよければ、何があったのか話してくれると嬉しいなぁ……なんて」
「……! そう、ですね。分かったのです……隠しても仕方ありませんし、他でもないお二人ですから」
そうしてビビアンは過去の事を話し始めた。
「幼い頃、行くあてのなかったわたしは当時讃頌会の責任者であったランドンに引き取られました。そして、彼の娘であるディナと出会ったのです」
当初こそ、ディナとビビアンは実の姉妹のように仲が良かった。
そしてディナは父親の事を尊敬しており、ビビアンには『いつか父親はホロウから皆を救う英雄となる』と、毎日のように話していたという。
ディナはそんな父親のために、『祝福』を授かるに値する人間を選別する役を担っていた。
それを授かればエーテル適性が飛躍的に向上し、ホロウで侵蝕される心配も無くなるという。
「──ですが、その役回りはいつしか、ディナではなくわたしがやるようになりました」
ランドンはビビアンの涙を流す体質を利用し、『祝福』を授かる人間を選んでいた。
ビビアンは最初、この役に誇りを持っていた。自分の『不幸を呼び寄せる涙』にも、誰かを助けられる力があるのだと。
ビビアンと対象の人間を引き合わせ、ビビアンが涙を流せばその人間は『祝福』を授かるに値する者なのだとランドンは言った。
そしてその選ばれた人間には、とある薬が渡される。
「薬、か……その薬ってのはまさか、ブリンガーの奴がサクリファイスに化けた時に使ったやつか?」
「その通りなのです。ですが、ランドンが作ったその薬は不完全なもので、人間としての意識を保ったままサクリファイスへと変貌する……などという事はできませんでした」
『祝福』を授かった大多数の人間は、侵蝕症状を早めエーテリアスになる。仮にサクリファイスになれたとしても、人間としての理性は完全に消失してしまう。
そうして完全な薬が作れないまま、ランドンは讃頌会での立場と信頼が無くなってしまう事を恐れた。
しかしある日、ランドンはビビアンが再び涙を流しているのを目にする。
その相手は──実の娘であるディナだった。
「……ランドンはそれを見て、信頼回復に使えると思ったのか、ディナに『祝福』を授ける事を決めました。ですが……ディナ本人の顔に浮かんでいたのは喜びではなく……驚愕と恐怖だったのです」
それを見たビビアンは、その真相を探るべく『祝福』が授けられるというホロウの中へと向かった。
しかし、彼女が目にしたのは『祝福』を授かったはずの人間が侵蝕されていく光景だった。
その後、ビビアンはランドンの書斎に侵入し……その恐るべき真実を知ったのだった。
「それを知ったわたしの頭の中には、ディナの事しかありませんでした。このままではディナは『祝福』を授かってしまい、エーテリアスにされてしまう……と、そう思ったのです」
ディナを救うため、ビビアンはわざとランドンを見て涙を流し、『祝福』を授かるべきは彼なのだと言い放った。
当然ランドンはそれを認めず、躍起になってビビアンを殺害しようとした。
しかしその直前で側近のカミエルが止めに入り、その揉みくちゃの最中で……不慮にもカミエルの手で、ランドンは殺された。
偶然にも実の父親が殺される瞬間を目撃したディナは、ランドンに向けて涙を流したビビアンを糾弾。
ビビアンはディナをランドンから救うための行動だったと弁明した。
だが彼を盲信していたディナは聞く耳を持たず、あまつさえビビアンを『災いを呼び寄せる』と、強い憎しみを込めて言い捨てた。
その後ディナは父親の跡を継ぎ、カミエルとともにサクリファイスの開発を続けていたのだった。
「……わたしはディナを救うどころか、逆に閉じ込めてしまった。彼女の言う通り……わたしは本当に、存在自体が災いなのかもしれません」
「それは違うよ!」
「!」
ビビアンの話を聞いてなお、リンはキッパリと言い放った。
「ビビアンはランドンってやつに利用されただけ! 本当の事を知ってたならともかく、ビビアンは本心から人を助ける為に行動してただけだもん」
「姉ちゃんの言う通りだ。それにディナとカミエルは、ランドンが隠してた事を知っててあんな事してんだろ? ビビアンが二人にそうさせた訳じゃねぇ」
「それは……そうですが、でも──」
「そーれーに! 前にルミナスクエアで言ってたよね? 今の自分が好きだって。ビビアンには前を向いて欲しいし、頑張ってる自分の事を信じてあげて欲しいな!」
「……リン様」
ビビアンは一度俯き……しばらくして、再び顔を上げた。その表情には明るさが戻っている。
「ありがとうございます、お二人とも。お陰で心が幾分か軽くなった気分なのです」
「よーし、それでこそビビアンだね! 一緒にハルトマンと讃頌会を止めよう!」
「…………はい!」
不幸を、災いを呼ぶ存在だと言われ続けても折れずに、今日も前を向いて生きる。
いつか訪れるその時、大切な誰かを救えるように。