昨日の疲れからか、タクミは日が上り始めてしばらく経ってもベッドで熟睡していた。
一応脳は覚醒しているが、まだ瞼が開く気がしないので、暫く惰眠を貪る事に──
「タクミ! 起きるのです!!」
「おわあああああ!!」
いきなり掛け布団をひっぺかざれるタクミ。布団を剥がした張本人はビビアンだった。
「もうすぐお昼ですよ! いつまでもぐーたら眠っていてはダメなのです」
「な……なんでビビアンが」
「全く、世話の焼ける義弟なのです」
「なんの話してんだ?」
「義姉として、怠惰な生活を送る事は私が許しません!」
「なんの話してんだ!?」
眠ってる間に、いつの間にか時間が飛んだのだろうか。目の前に義姉を名乗る不審者がいる。
「タクミ、そろそろ起きないとダメだよ」
「あ、兄ちゃん」
「あっ、あなた♡」
「は?」
ビビアンは起こしに来たアキラをそう呼んだ。二人はいつの間に結婚して──
「いやしてないからね? リンが勝手に僕とビビアンを夫婦にしただけだからね。タクミを寝起きドッキリで驚かせたいとか言って」
「あ……なんだそうか。てっきりビビアンが妄想拗らせて既成事実作った事にしたのかと」
「もう、そんな事はしないのです。それよりも、今日はとある件で話したい事があるので、着替えたら工房に来てくださいね?」
「あ、ああうん……分かった」
「それでは、先に行きましょうかあなた♡」
「ビビアン? もうロールプレイは終わったから『あなた』呼びはしなくていいんだよ?」
「はい、あなた♡」
「「…………」」
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数分後、工房にて。
「──今朝、リン様とわたしはヒューゴが残したビデオテープをルミナスクエアで発見したのです」
「え? ルミナスクエアで? どこにあったんだ? てかなんで場所が分かったんだ?」
「モッキンバードが連絡用に飼い慣らしてた鳥が場所を教えてくれたんだよね。私も最初聞いた時びっくりしちゃった」
「へー……すげーなモッキンバード」
ビビアン曰く、どうやらそのビデオテープは過去にヒューゴがオークション会場の監視カメラから抜き取った映像が入っているらしい。
「……ですが、発見されたビデオテープは既に破損してしまっており、再生が出来ない状態だったのです」
「そこでまた再生できるよう、Fairyに修復してもらおうってわけ!」
『ご安心ください、マスター。近頃出番がご無沙汰気味だったこのⅢ型総順式集成汎用人工知能Fairyが、完璧に修復いたします』
「そういやそんな肩書きだったなお前」
そうしてFairyによってビデオテープは五分足らずで修復された。
さっそく中にある映像を再生する。
映像には……なんとカミエルとヒューゴが写っており、その二人は何か話をしていた。
ディナの父親を殺してしまった事による償いから讃頌会に残り、ディナの手助けをしていたカミエル。
ディナは自身が開発した薬とランドンが遺した薬をかけ合わせる事で、制御可能なサクリファイスを生み出そうとしている。
しかし本当のところ、彼女はディナの行いを快く思ってはいなかった。
彼女がいつか、本当に取り返しのつかない事をしてしまうのではないかと恐れていたのだ。
そこでカミエルはディナの計画を止めるためヒューゴと密会し、サクリファイスに関する情報を提供する事にした。
彼女曰く、既にランドンの薬は製造法が失われているため、新しく作ることはできないらしい。
故に彼が遺した薬と、サクリファイスの休眠体を残らず破壊してしまえば、ディナはサクリファイスを作る事ができなくなるという訳だ。
映像を見終わったビビアンは思索にふける。
「ランドンの薬と休眠体を破壊すれば、目的を阻止できる……ならばカミエルはあの時、本当に休眠体を破壊し回っていたという事……?」
「皆、少しいいかい?」
「どうしたのお兄ちゃん?」
「今さっき、ライカンさんから連絡が来た。急用で今すぐ通話をしたいそうだ」
早速ライカンと電話を繋ぐ。
『プロキシ様。突然のご連絡、失礼いたします』
「どうしたのライカンさん。急用って……?」
『はっ、実は先程私共の方に情報が入りましてございます。今夜……レイヴンロック家が晩餐会を主催するとの事』
「!」
レイヴンロック家の邸宅にて開催される、特別にビジネスパートナーを招く事が許されるというこの晩餐会。
それを知った市長は、『少なくない遺産を継承した若い富豪が、名門一族の協力者を探している』と偽の情報を流した。
そしてその情報がタイミングよく、レイヴンロック家の一人であるバートンという男の関心を引いたのだ。
「……つまりわたしはその『若き富豪』を装い、晩餐会に侵入し、バートンとやらに接触しろ……という事なのでしょうか?」
『まさしく』
会場となる邸宅には、ハルトマンの書斎もある。そこにこっそり忍びこめば、サクリファイスや讃頌会に関する情報が得られるかもしれない。
「…………」
『ビビアン様、どうかなされましたか?』
「……その晩餐会には、どなたか一人連れて行くことは出来るのでしょうか」
『ふむ……パートナー、という事でしょうか。友人という体を装えば、お一人程度ならばさしたる問題はないかと』
ビビアンとライカンの会話を聞いたタクミはこう思った。ビビアンはアキラかリンのどちらかと一緒に行きたいのだろう、と。
ビビアン程の頭脳と戦闘力ならば、一人で向かっても問題は無いだろう。それなのにわざわざ帯同を希望した理由……それは恐らくパエトーン様以外ないはずだ。
「分かりました。それなら──」
兄と姉……どちらを連れていくのだろう。ビビアンの事だ、欲張ってどちらも連れていくという可能性も──
「タクミと一緒に行くのです」
「!?!?!?!?」
自分だった。
意味が分からない。
「おい……ビビアン?」
「なんでしょうか……あ、心配は無用なのです。晩餐会の作法等はわたしが教えるので──」
「そうじゃねぇよ!……え? 良いの? パエトーン様じゃなくて?」
「それも当然選択肢として考えましたが……晩餐会で起こりうる万一の事を考えれば、今回はパエトーン様より貴方と行くのが最適だと考えたのです」
「いや、お前……それなら一人で行けばいいんじゃないのか? つーか、このナリで晩餐会に行ったら浮くだろ絶対」
「大丈夫なのです。貴方にはうら若き富豪に仕える敏腕執事を演じてもらいます。
「…………」
今の言葉を聞いて、ビビアンがタクミと行きたがる理由が分かった。
タクミはかつての執事姿の写真をビビアンに見せたであろう犯人を睨む。
「えっと……ごめんね? あ、でもタクミの執事姿めっちゃイケてると思うから自信もって!」
「……あのな姉ちゃん。あれ普通に黒歴史になりつつあるんだぞ。それを着ろってマジで言ってんのか」
「ちゃんと合理的な理由もあるのです。わたしが富豪を演じる上で少しでも怪しまれないよう、執事の存在は重要となりますから。決して執事姿の貴方の写真を見て興味が湧いたわけではありませんから」
「それ前半建前だろ! 騙されねぇからな!」
……と、話してる途中に通話中のライカンが咳き込みをする。常識人である彼にはどうにかして止めてもらいたい。
『ご安心ください、タクミ様。私の目から見ても、貴方様の執事としての振る舞いは非の打ち所がございません』
「肩を持つな!」
『あら〜こんな所に以前タクミ様がお召しなさった執事服が♪』
「リナさんその執事服しまって貰っていいか?」
「さあタクミ、晩餐会まで時間は残されていません。早くこのビデオを見て晩餐会のノウハウを学ぶのです!」
「うわっ、ちょ──」
ビビアンに引っ張られるがまま工房のソファへと強制的に座らされるタクミ。
どうやらもう避けられない運命らしい。無駄に良い香りのする執事服の着心地を思い出し、タクミはため息をついた。