「あらタクミ様、このような場所でお会いするなんて。ご機嫌麗しゅうございます」
「…………はは」
ルミナスクエアのスーパーで買い物中、タクミは同じく買い物中であったリナとバッタリ会った。
…………食品コーナーで。
「……ホントに奇遇だな、リナさん。今日は何の料理を作るんだ?」
「本日は皆様にお送りするチョコの材料の買い出しですわ。来月はバレンタインデーですので」
「ああ〜…………」
言われて思い出した。あと数週間もしたらバレンタインデーがやってくる。
『皆様』という事はタクミも入っているのだろう。違うと信じたいが、恐らくそうだ。
「……でも、バレンタインデーって来月だろ? 買い出しにはちょっと早くないか?」
「バレンタインデー一週間前を切ってからだと、材料が売り切れてしまいますもの。買いに行く時期は早いに超したことはございませんわ。それに──」
「それに?」
「今年のバレンタインデーにお作りするチョコは、例年とは
「…………」
一味違う。それだとまるでいつもは一味違くないみたいな言い方になる。
「私……今年はチョコを使った新スイーツを開発しようと思っているのですわ。まだ誰も食べたことの無いような新しい味、新しい食感を目指しておりますの」
リナが作る全ての料理に言える事だろう。
実はタクミはあの時以降も、何度かリナの料理を食べた事がある。そのどれもがこの世のものとは思えない味をしていた。
彼女の料理はいつも新鮮な感覚を味わわせてくれる。もちろん悪い意味で。
「ですが、まだそのスイーツは開発途上でございまして……どなたかに試食を頼もうと思っておりました」
「なるほど」
「ですがエレンは期末テストの勉強で忙しく、ライカンさんもカリンちゃんも『急用を思い出した』と言って……そのままどこかへ出かけてしまいましたの」
「なるほど」
「あ……そうですわ! タクミ様、今回の新スイーツの開発……お付き合いして頂いてもよろしいでしょうか?」
「なるほ──えっ?」
今、リナが恐ろしい事を口走ったような気がする。『試食して欲しい』と、そう言ったのだろうか。
「お、俺に……? いやその……なんつーか、俺じゃ力になれないと思うんだけど」
「ご自身を卑下なさらないでくださいまし。ヴィクトリア家政のメンバーを除いて、私の料理をお召し上がり頂いているのは、貴方様を置いて他にいらっしゃりませんもの」
「そうなの?」
確かにアキラもリンも、なんだかんだ理由をつけて断っている気がする。
傍から見れば、タクミがおかしいのだろう。リナから料理を振る舞われる度、苦い顔をしつつも全て平らげてしまうのだから。
おかげでエレンほどでは無いが料理に対し耐性が付いてきている。
だが決してリナの料理を『美味しい』と思ったことはない。それなのに何故、タクミは断る選択肢を取らないのか。
「──駄目…………でしょうか?」
「ぐ……」
原因は、この頼み込むような目である。この目で見られたら、断りにくくなってしまう。
リナ相手に限らずだが、タクミは割と押しに弱い。
苦手なホラー映画を観ようと言われた時も、最初は普通に断るが『どうしても一緒に観たい』と言われ、結局毎回断れずに観てしまうのだ。
「わ……分かった。そこまで言うなら……付き合うよ」
「まあ! よろしいのですか? 感謝いたしますわ♪」
案ずることは無い。今までもなんとかなってきたので、今回もなんとかなるはずだ。
それに、今回はリナの料理の工程も見られる。もしかしたらメシマズの原因が分かるかもしれない。
「それではタクミ様、買い物が終わりましたら私と一緒にセーフハウスまでご足労頂いてもよろしいですか?」
「分かった」
───────────────────────
そしてヴィクトリア家政のセーフハウス内。
「そういや聞いてなかったけど、具体的にはどういうのを作るんだ?」
「今回作るのは勿論チョコがメインのスイーツですが……隠し味に『縺ォ縺偵※』を入れようと」
「なるほど、隠し味に──」
────ん???
「ごめんリナさん、隠し味に何を入れるって?」
「『縺ォ縺偵※』ですわ」
「何それどうやって発音を──いやそれよりも、その……"それ"は一体……?」
「これですわ」
リナは袋から『縺ォ縺偵※』とやらを取り出す。
「なんだよコレ!?!?」
お出しされた名状しがたい"それ"は、ヒトには到底理解の及ばない代物だった。
食品はおろか、生き物とも言い難い物。いや、そもそもこれは『物』のカテゴリーに当てはまるのだろうか。
なんというか、とにかく一刻も早く視界から消し去りたい。
「いやホントなんだこれ! リナさんどこでこれ手に入れたんだよ!?」
「あら、これは……………………ふふ♪」
「ふふ♪ じゃねーよ! どう見ても料理に入れちゃダメなやつだろ!」
「タクミ様。料理において大事な事……それは、固定観念に囚われない事ですわ。AとBを一緒に入れたら美味しくなくなる『かもしれない』──料理の道でそのような保身に走った考え方をしていては、大成などいたしません」
「それ少なくともAとBが
見てるだけで気分の悪くなりそうな"それ"から目を逸らしながら、タクミは必死に訴えかける。
こんなものを料理に入れられては本当に身が持たない。
「リナさん……考え直そう! これ入れるくらいなら魚入れた方がまだマシだ!」
「あら……そういえばお魚の事を忘れていましたわ。タクミ様のおかげで思い出しました」
(魚も入れるつもりだったのかよ!!)
「今からでも間に合いますわね……タクミ様、私と一緒にポート・エルピスまで向かいましょう」
(しかも釣りに行くのかよ!!)
「それではお車のご準備をさせて頂きますわ。少々お待ちを」
「あ、ちょ──待てリナさん! 別に魚は入れなくても……!」
タクミが呼び止める声も届かず、リナは外へ出てしまった。
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そしてポート・エルピスの桟橋。
リナは釣り竿を用意し、その釣り糸を水面に垂らす。
「…………リナさん」
「どうかいたしましたか?」
「なんで鍋も一緒に持ってきてるんだ。しかもなんかもう材料入ってるし、煮込んであるし」
「ポート・エルピスに吹く潮風にあてることで、完成品に程よい塩気を与えてくれるのですわ」
一瞬でも納得してしまった自分が恥ずかしい。そもそもこれは何のスイーツなのか、聞くのも怖い。
「…………」
「〜♪」
今日のポート・エルピスは珍しく人がいない。吹き抜ける潮風と共に、リナの上機嫌な鼻唄だけが聴こえる。
「…………タクミ様」
「?」
「実は先程お話しした事の他に、料理において最も大切な事がありますの」
「大切な事?」
「ええ。それは……心を込める、という事ですわ。誰かに料理を振る舞う時……私は一回たりともそれを忘れた事はございません」
「…………!」
「心を込めるのと込めないのでは、同じ料理でもその美味しさには月とスッポン程の差があると……そう考えております」
「…………」
タクミはなんとなく、なんだかんだリナの料理を食べられていた訳を理解できた……気がする。
彼女の理論が理論的かと言われたら、難色を示してしまうかもしれない。
しかし『心』がもたらすものと言うのは、想像以上に五感に大きな影響を与えてくる。
味覚とて例外ではない。リナはタクミの為に、真心込めて料理を作っていた。それはしっかりタクミにも伝わっていたのだ。
「戻り次第、調理に取り掛かりますわ。一足早いバレンタインですが、完成した際には貴方様に一番に味わって頂きたく。いつものように、私からの『心』を受け取って頂きたいのですわ」
「…………分かった。楽しみにしてる」
タクミの答えに、リナは嬉しそうに微笑んだ。
(…………心か)
思えばリナの作る料理はどれも、お世辞にも美味しいとは思えない出来だったが、『雑な出来』だと思った事は一度もなかった。
それもきっと、リナがより一層心を込めて作った証拠なのだろう──
「このお魚は……そのままお鍋に入れてしまいましょうか」
ダポン!!
──きっとそのはずだ。そうだと信じたい。
時期外れにも程があるバレンタインネタでした!