今日の昼飯は、今日はいつもと違う店に行ってみたい。
そう思い立ったタクミはルミナスクエア……ではなく、そこから少し近い町にある定食屋へと行く事にした。
インターノットでも評判が良かったので、前から行きたいと思っていたのだ。
六分街からその定食屋までは、そこまで距離があるわけではないので徒歩で向かう。
そして数分歩いたあと、目的の定食屋へと到着した。
『知る人ぞ知る』という感じの店だからか、正午の時間でも人は少ない。
「…………ん?」
タクミは定食屋の入り口辺りで、誰かがいるのを目にした。
「う〜ん……」
その黄色い髪と頭の丸い耳が特徴的な少女は、困ったような顔で立ち往生していた。
(……あの子、虎のシリオンか? 初めて見たな)
確か虎のシリオンは数が少ないと聞いた事がある。
映像越しではなく、実際に目にするのは初めてだった。
珍しいなとありきたりな感想を抱きつつ、困っている少女に声をかける。
「あの……どうしたんすか?」
「!」
虎の少女はタクミを見るなり、ハッとしたような表情を浮かべる。
「ご……ごめんなさい、お邪魔でしたよね……?」
「いや、そんな事はないっすけど……なんか困ってる感じだったんで」
「……えぇと、それは……」
少女は話しにくそうにしていたが、観念したのか、正直に話し始めた。
「ここのお店でお昼ご飯を食べようと思ってたんですけど、あたしとした事がお財布を忘れちゃって……途方に暮れてたとこなんです」
「財布を? 取りに帰ればいいんじゃないんですか?」
「そういう訳にもいかないんです。ここからかなり遠い街から来たので、今から取りに帰ったら日が暮れちゃいます……」
「遠い街……どこから来たんすか?」
「『衛非地区』にある『澄輝坪』って街から来たんです。聞いた事ありますかね?」
「エーヒチク……」
確か最近、どこかでそんな名前の街を聞いたことがある気がする。
「まあ……事情は分かりました。そんなら、一緒に食べます? 奢りますよ」
「ええっ!? そ、そんな申し訳ないですよっ! お気持ちは有難いですけど、『雲嶽山』の大姉弟子ともあろう人間が──」
少女がそう言いかけた瞬間、彼女のお腹からぐぅぅう、と大きな音が鳴る。
音が鳴り止み、訪れる静寂。
店の外は人が少ないため、お腹の音はタクミ以外には聞かれずに済んだが、静か過ぎるが故に気まずい沈黙の時間がしばらく流れた。
「…………う」
「…………あー、遠慮はしないで良いですよ。腹減ったままってのはやっぱ辛いですし」
「あ、ありがとう……ございます」
耳をぺしょりと曲げ、顔を真っ赤にしながら少女はそう言った。
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「ご注文はお決まりでしょうか?」
「えーと……親子丼一つ」
「あ、あたしも同じので!」
「かしこまりました」
二人で大盛りご飯の親子丼を頼み、親子丼が来るまでの間はお冷を飲んで待つ事にする。
「その……ありがとうございます、ご馳走になっちゃって……えっと、お名前はなんて言うんですか?」
「タクミっす」
「タクミくん……ですね、覚えました! あたし、橘福福って言います!」
福福と名乗ったその少女は、再びタクミにお礼を言う。
「今日はありがとうございます、タクミくん! 近いうちにお礼は必ずしますので!」
「お礼なんて良いっすよ。奢るぐらいなんとも」
「いえ、それではあたしの気が済みませんっ! 今度の機会に……そうだ! タクミくん、ノックノックはやってますか? 連絡先交換しましょう!」
「あ、はい」
言われるがまま、連絡先の交換をする。
「今度ここへ来た時に、必ず埋め合わせをしますね!」
「ありがとうございます……そういや福福さんはなんでこの街に?」
「ここの定食屋のメニューが凄く美味しいって噂を小耳に挟んで、それではるばるここへやって来たんですけど……よりによってお財布を忘れるなんてヘマを……」
分かりやすく落ち込む福福。恐らく普段はやらかさないようなミスだったのだろう。
「大丈夫っすよ。誰だってヘマはするし、腹減ってたら判断力は鈍るもんだし……それより、もうすぐ親子丼来ますよ」
「はい……」
「お待たせいたしました、親子丼でございます」
テーブルの上に置かれた親子丼。湯気が立ちのぼるどんぶりを見て、先程まで落ち込んでいた福福はこれまた分かりやすく元気を取り戻した。
「わぁ〜、美味しそう……!!」
(おお……確かに美味そうだなこれ……)
炊きたてホヤホヤであろうご飯の上に乗った卵と鶏肉の具を見て、心からそう思った。
「いただきま〜す!」
「いただきます」
二人は手を合わせそう言った後、ご飯と鶏肉を口に入れる。
「ん〜美味しい〜!」
確かにインターノットに書いてあったレビュー通りの美味しさだった。
福福も大層気に入ったようで、頬いっぱいにご飯を詰め込み、美味しそうに食べている。
タクミは食べながら、少し気になっていた事について考える。
それは店に入る前に福福が言いかけた『雲嶽山』という単語の事。
(雲嶽山かぁ……なんか前に誰かの口から同じ言葉聞いた事がある気がするんだよなぁ……)
スマホで調べればすぐに分かるだろうが、食事中にそれをするのはお行儀が悪いだろう。
福福に聞こうと思ったが、彼女は今ハムスターよろしく米を頬いっぱいに詰めている状態だったのでそれどころではなかった。
タクミは必死に記憶の引き出しを探ったが……結局食べ終わった後も思い出すことはなかった。
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「ご馳走様でした! タクミくんのおかげで今日は大満足です!」
「それは何よりっす」
会計を済ませ、店の外へ出た二人。タクミは福福に『雲嶽山』の事について聞こうとする。
……と、その時。
「よう、兄ちゃんたち……!!」
「!」
折り悪く、近所に住んでいる漫画で見るような格好をした不良が数人、タクミ達の前に立ちはだかった。
「俺らさぁ、今お金ないんだよねぇ。だからさ、ちょっとで良いから貸してくんない?」
「そーそー。俺ら全員が飯食えるぐらいの金で良いからさ」
「はははっ! それ一体何ディニーになんだよ!」
ギャハハと不快な笑い声を上げる不良達。
あいにくここ辺りには交番がない。タクミは顔を顰めながら、どうするべきかと迷っていると──
「……ここはあたしに任せてくださいっ」
「!」
福福は小声でそう言った後……タクミを庇うような形で、不良達の前に立った。
「あなた達、私のお友達に危害を加えるつもりなら……雲嶽山の大姉弟子である橘福福が容赦しませんっ!」
「…………ああ? なんだガキ」
「むっ、"ガキ"じゃないですっ! 背が低いだけで、もう成人してますから!」
(え、マジ?)
なんと福福はタクミより年上だった。見た目と実年齢が釣り合わないのは、新エリー都ではよくある事……かもしれない。
「なんだよ、じゃあお前が金くれんのか? おねーさんよぉ」
「お金は持ってきていません!」
「なんだコイツ!! おい、もうめんどくせぇからコイツらボコすぞ!」
身ぐるみを剥ぐべく、不良達は一斉に福福へと襲いかかった。
そこから先は福福の圧倒的優勢だった。
複数人相手でも、一つも攻撃を食らうことなく華麗に反撃を与えていく。
(すげぇな……)
確かインターノットで、虎のシリオンは遺伝的に戦闘に特化しているという情報を見た事がある。
だとしても強すぎる。もしやどこかで修行しているのだろうか。そういえば、今さっき福福は自身を『大姉弟子』と名乗っていた。
そしてあっと言う間に不良達全員を気絶させた福福。
「この人達は治安局に引き渡しちゃいましょう……あ、タクミくん! 怪我はありませんか?」
「俺は大丈夫です。てか福福さんめっちゃ強いっすね……虎のシリオンだけあって、圧倒的だったっつーか」
「えへへ……そうですか? 多分それはお師匠さまのご指導の賜物で──ん?」
「?」
突然目を見開いたと思いきや、福福は突然タクミの肩を掴む。
「タクミくん、今あたしの事なんて言いましたか?」
「え……? 圧倒的、だったなって」
「その前です!」
「と、虎のシリオン」
「……!! そう……そうです! あたし、虎のシリオンなんです! 茶トラ猫でもキジトラ猫でもない、虎のシリオンなんです!」
「そ、そうっすね……?」
『茶トラじゃない』『キジトラじゃない』の部分を強調しているのはなぜだろうか。
そんなタクミの疑問をよそに、福福は先程と比べ明らかに上機嫌となっていた。
駆けつけた治安官に不良達を引き渡した後も、しばらくは上機嫌なままだった。
見た目が成人してないだけで、猫又もクレタも実はタクミより年上なのかもしれないと思った夏の日