衛非地区へ
先日、アキラとリンは市長からとある依頼を受けた。
なんでも衛非地区の近くに存在する、『ラマニアンホロウ』内部の観測データに異常が生じているらしい。
そのせいで、ラマニアンホロウにある抗エーテル鉱物『輝磁』の材料の供給に悪影響を及ぼしてしまっているらしい。
原因を探るため、アキラ達には『雲嶽山』の門下生を装って、儀玄達と行動を共にして欲しいのだそうだ。
"雲嶽山"
新エリー都市長からその名前を聞き、タクミは以前福福が言っていた事がなんだったのかを思い出した。
前にバレエツインズのホロウで、儀玄が『雲嶽山の宗主』と名乗っていた。恐らく福福も雲嶽山の門下生なのだろう。
アキラとリンは、この依頼を受ける事にした。
そして名目上とは言え、三人は儀玄に弟子入りすることになったのだった。
「──というわけで、儀玄さんの事は『師匠』って呼ばせて欲しいな!」
調査の件でビデオ屋にやって来た儀玄に、リンはそう言った。
「……無理に『師匠』なんて呼ばなくてもいいんだぞ。あくまで表面上の師弟関係になるってだけだからな」
「いやいや、是非師匠と呼ばせて欲しい。エーテルを操る術を教えてもらうわけだしね」
「そうそう! 前から憧れてたんだよね〜! こういう師弟関係!」
「はぁ……仕方の無いやつらだ。お前さん達がそうしたければそうするといい」
表情を変えずにそう言う儀玄だが、満更でもない様子だった。
(術法か……俺もそういうの使えんのかな)
そもそもアキラとリンが儀玄に教えを乞う事になったのは、顕現した『エーテルを操る力』と、雲嶽山の術法にいくつかの共通点があったから。
タクミには二人のようにインプラントが埋め込まれているわけではない。才能次第では、術法を習得するのには長い道のりを要することになるだろう。
「…………」
「?」
考え事をしていると、儀玄がこちらを見ている事に気がついた。
「な、なんすか」
「……お前さんの考えている事を当ててやろう。自分にも術法が体得できるのか……なんて事を考えてるだろ」
「…………」
「図星だな。まあ、安心するといい。確かに術法は一朝一夕で会得できるようなもんじゃないが、根気さえあれば誰だって使えるようになるさ」
「だって! 良かったね、弟弟子さん!」
「なんだよその呼び方……」
依頼された件が終わるまでに術法を体得するのはほぼ不可能だろう。そうするには本格的に弟子入りする必要がある。
「ああそうだ。お前さん達に渡したいものがあるんだ」
「渡したいもの?」
「ああ。門下生に扮するにあたって、これを着ておけば疑われる事もないだろう」
儀玄が渡したのは……道着だった。
「これって……雲嶽山の道着?」
「そうだ」
「へぇ……私達のために用意してくれたんだ? 師匠は随分用意がいいんだね? もしかして、前から弟子が欲しかったとか?」
「そんな訳あるか。事前に占った通りの結果になった……それだけだ」
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部屋で、渡された道着に着替えたタクミ。
(サイズぴったりだな……どうやって採寸したんだろ)
鏡の前で、道着姿となった自身の姿を見るタクミ。こういう服装に着替える事は今までなかったので新鮮な気持ちだ。
(結構動きやすいし、これなら変身しても──)
バァン!!
「!?!?」
いきなり後ろからデカイ音が鳴り、ビビり散らかすタクミ。
振り返れば、今の音はドアが開けられた音。そしてドアを開けたのは──
「タクミ! しばらく留守にするってホント!?」
「……」
猫又とアンビーだった。
「そうだけど……どこで聞いたんだ?」
「昨日の夜、プロキシ先生から聞いたわ。一緒に衛非地区に行くって」
「まあ……そうだな。そこで色々やんなきゃいけない事があるらしいから」
「…………その服は、つまりそーゆー事? 似合ってる似合ってる!」
「そうか? ありがとう」
「執事服といいその道着姿といい、あなたにはコスプレイヤーの才能があるのかもしれない」
「執事服の話はやめてください」
前にアストラに色々な服を着せられまくった事をふと思い出した。
仮にコスプレイヤーの才能があるにしても、それを肯定してはいけない。着せ替え人形にされてしまう。
「なるほど〜、ならタクミはしばらくあたしと会えないでさびしー思いをするわけだ……」
「え?」
「でも心配しなくていいぞ! そんなアンタのためにあたしがプレゼントを用意したから!」
「プレゼント?」
猫又が取り出したのは、小さなぬいぐるみ。このぬいぐるみ、見間違いでなければ──
「……猫又のぬいぐるみ、だな」
「そうだぞ! わざわざあたしがこの為に昨日ぱぱーっと作ったの! 感謝してよね〜」
「……猫又、五時間は『ぱぱーっと作った』に入らないと──」
「はいアンビーそこまで!!」
……まあ、プレゼントをくれるのはありがたい。お守りとして受け取っておくべきだろう。
「ありがとな、猫又」
「へへ〜」
「っと、そろそろ時間か。それじゃ二人とも、行ってくる──」
「待ってタクミ」
「? アンビー、どうした」
「私からも餞別がある。受け取って」
そう言ってアンビーが手渡してきたのは──ハンバーガーの絵が描かれたヘアクリップ。
「これは行きつけのハンバーガー店の栄誉会員グッズ。私が今付けているのとおそろいのものよ」
「おそろ……!?」
「うーん、気持ちは嬉しいけどよアンビー……俺、別にヘアクリップ付けるほど髪長くねぇんだよな」
「この髪の長さなら大丈夫。つけてあげるわ」
「あ、ちょ──」
アンビーは器用な手つきで、タクミの横髪にクリップを付けた。
「──うん、可愛い」
「……その言葉とサムズアップはからかってる訳じゃねぇんだよな?」
「もちろん」
アンビーは満足気にそう言った。
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「あ、来た来た!」
「ようやく来たか、待ちくたび──……随分と可愛らしい髪飾りを身につけてるな」
「いや、まあ……友達にもらったやつで……」
「さっきビデオ屋を出てった二人組の事か?」
「そうっすね」
工房に戻ると、儀玄と雲嶽山の道着に着替えたリンが待っていた。
「そうだ。言い忘れていたが今回、衛非地区にはメイフラワーが用意した飛行船で向かう」
「飛行船か……」
Fairy曰く、今回の件ではTOPS絡みの利益団体と衝突する可能性が九割との事。
儀玄も今回の調査について、あまり良い卦象ではなかったと言っていた。
飛行船で無事に衛非地区まで辿り着けるだろうか。
「……それにしても、二人ともよく似合っているね。兄弟子として鼻が高いよ」
「へへーん、そうでしょ! あれ、そういえばお兄ちゃんは着替えないの?」
「僕はまだここに残らないといけないからね……着るのは衛非地区に行った時で良いさ」
今回、市長が気を利かせて衛非地区にH.D.D.を設置した。その端末の同期と調整のために、アキラはしばらく六分街に残ることにしたのだ。
「それじゃあ準備もできた事だし、ぼちぼち衛非地区へと向かうとするか」
「…………タクミ、余計な心配かもしれないが一応言っておく。これからは女性関係には気を付けておいた方がいい。今さっき占ったら女難の相が出てきた」
「えっ」
「あ〜やっぱりか」
「やっぱりかってなんだよ」