一通り適当観にあるものを見たあと、二人はH.D.Dがあると言うリンの部屋へと向かった。
適当観での工房兼寝室であるその部屋に入ると、市長の言っていた通りしっかりH.D.Dが設置されていた。
「うんうん、必要なものはちゃんと揃ってるみたいだね。それじゃ、こっちの状況をお兄ちゃんに伝えよっか」
「そうだな」
リンは装置を起動する。すると、スピーカーからアキラの声が聞こえてきた。
『リン? 聞こえるかい?』
「……」
『……? リン、どうしたんだい?』
「えっと、お兄ちゃん? なんか呼び方が違うみたいだけど……"リン"、じゃなくて?」
『……はぁ。妹弟子さん? そっちの状況を伝えてくれるかな?』
「ふふん……」
「その呼び方気に入り過ぎだろ……」
『まあとりあえず、大方事情は聞いたよ。念の為、僕もなるべく早くそこへ向かった方が良さそうだね』
「いやでもお兄ちゃん、むしろ今は来ない方がいいんじゃない? 衛非地区に向かうだけで命懸けだったんだから……」
『そう言う訳にも行かないだろう。リンとタクミにまた何かあった時に困るし、何よりラマニアンホロウの観測データに起きた異常のせいで、リモート接続だとリアルタイム演算が使えないんだ』
「んーそっか……分かった。けど、来るなら安全な方法で来てね? 飛行船は絶対だめだよ?」
『分かってるよ。移動手段に関しては師匠と相談することにしよう』
リンとタクミもそうだが、調査を行うと知られている以上、今ビデオ屋にいるアキラも決して安全な状況とは言えない。
『ご安心くださいなのです、リン様。わたしがいる限り、アキラ様には指一本触れさせないのです』
「って言ってもねぇ……こっちの事情にビビアンを巻き込む訳には──」
────ん???
「……え、今誰が喋ったんだ?」
『わたしの事ですか?』
「ビビアン!?」
『び、ビビアン!? どうして君がここに……!?』
『パエトーン様に危険が差し迫っている事を察知し、駆けつけた次第なのです。事情は存じ上げませんが、護衛ならこのビビアンにお任せを……!!』
通信の向こう側でビビアンは意気揚々とそう言ってのける。彼女はエスパーの類だろうか。
「でも衛非地区って結構遠いよ?」
『安全の為ならばさしたる問題はありません。行き先は衛非地区ですね? いつ出発しますか? 私も同行しましょう』
「うーん、トリガーがそう言うなら──」
────ん???
「……え、今誰が喋ったんだ?」
『私の事ですか?』
「トリガーさん!?」
『と、トリガー!? どうして君がここに……!?』
『貴方に危険が差し迫っていると風の噂で聞き、参上いたしました。リンさん、タクミくん、ご安心ください。アキラさんは私がお守りします。いかなる障害も寄せつけないと約束しましょう』
『いやあの、トリガー』
『わ、わたしの事も忘れないで欲しいのですパエトーン様! こ、こうなったらヒューゴに頼んで活動拠点を衛非地区に──』
『…………リン、タクミ。なるべく早めに衛非地区に向かうからね』
「あ、うん。気をつけてね」
とりあえず現在の状況は伝えられたので、通話を終了させる。
これがビデオ通話じゃなくて良かったとタクミは思った。リンの道着姿を見たビビアンの反応など容易に想像がつく。
「──、 ──」
何やら部屋の外から話し声が聞こえてきた。
「……? なんだ?」
「なんか外でやってるみたいだね。見に行ってみよっか」
部屋の外へ出てみると、儀玄達が集まって何か話をしていた。
その中に、見慣れない姿もあった。白いスーツを身にまとった、怪しげな男。
「貴方がたが……雲嶽山の誇る、神秘主義者の方々ですか」
「どちら様でしょうか?」
「私はダミアン・ブラックウッド。TOPS財政ユニオン傘下の特殊開発企業、ポーセルメックスの最高責任者です」
ダミアンと名乗る男はやって来たリンとタクミに一瞬目をやると、また儀玄の方を見る。
「今回貴方がたがご帰還なさられたのは、ラマニアンホロウを調査をメイフラワー市長からご依頼されたからだとお伺いしたのですが……」
「ああ。その認識で合っている」
「なるほど、となると少し困りましたね。ホロウの生産エリアには、我が社の所有する輝磁の採掘・加工設備があるのです。トラブルを避けるため、そして何より安定した生産と供給のため、ホロウへの立ち入りは極力お控えいただきたく」
「安定? でもさっき、適当観の外で生産エリアで労災があったって聞きましたよ! 」
「労災、か。それが本当なら、尚更私達がが介入すべきだろう。なにせホロウへの影響も考えられる」
「……ええ、確かにありましたとも。それに関して現在、鉱区を封鎖した後に労働者の救助及び災害の補填を行っている状況です。いくら調査の名目とはいえ……安全の為に、やはり生産エリアへと立ち入りはご遠慮いただきます」
「…………」
「……異論はないようですね? それでは、私はこれにて失礼致します」
ダミアンは連絡先を伝えた後、その場を後にした。
「……あのダミアンって人、アレだな。個人的になんか──」
「すっごく怪しかったですよね!? なんか嫌味な感じだったですし! ポーセルメックスでしたっけ? 絶対何か隠してますよっ!」
「落ち着け、福福。それよりさっき言っていた労災について、具体的な事を教えてくれないか?」
「えっと、実はお弟子ちゃん達と一緒に適当観に戻る途中に聞いたんです。労働者の人達が言い争ってて、賠償金がどうのって……」
澄輝坪に住む労働者の間では、輝磁の生産エリアで侵蝕の被害があったという話で持ち切りだった。
ラマニアンホロウの観測データ異常然り、何か異変が起きている事は間違いないだろう。
「ホロウ内の生産エリアの位置の特定も、お兄ちゃんが今すぐここに来てH.D.Dシステムの調整をしないとどうにもならないし……どうしよう」
「心配はご無用です。今しがた、ダミアン氏に市長からの委任状を送り、正式な協力依頼を求めました」
雲嶽山とポーセルメックスが正式な協力関係となれば、TOPSへの間接的な牽制にもなりうる。
「それと……アキラさんの移動手段についてですが、どれを使うにしても既にこちらの行動は筒抜けですから、車に乗った方がいくらか安全でしょう」
「……確かに兄弟子さんの言う通りかも。飛行船よりかはずっとマシだね」
「よし釈淵、お前さんは車でアキラを拾ってこい。他は私と一緒に労働者へ聞き込みだ」
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適当観を出た後、儀玄たちは澄輝坪にある輝映通りで労働者への聞き込みを開始した。
「──ポーセルメックスの賠償について、ですか?」
「そうっす」
タクミは近くにいた労働者へ、生産エリアで起こった事故について聞くことにした。
「賠償ですか……実はホロウで労災が起こってから、その件に関しては未だなんの情報もないんですよね……」
「なるほど……」
「あ、詳しく知りたいならパロに聞いてみるといいですよ。あそこにいる長髪の男性です」
「分かりました。あざす」
タクミは労働者の人に礼を言うと、近くにいるパロと言う男性の元へと向かった。
「────おい」
「?」
途中、ドスの効いた低い声が後ろから聞こえる。振り返ってみると──
「てめぇ、さっきから何嗅ぎ回ってやがんだ……? どこのモンだ、ああ!?」
「…………!?」
身長二メートルは超えていそうな長身の巨漢が、タクミを睨み下ろしていた。