傷をこさえた顔、赤い前髪。
頭部に耳が生えている事から、イヌ科のシリオンである事は確かだろう。
そして何より目につくのは、どう見ても二メートル前後はあるであろう屈強な体格。
ライカンをも凌ぎかねないほどの身長だ。
(デッカ…………!! デカすぎだろこの人、何食ったらこんなデカくなるんだ……!?)
タクミが彼を見て最初に出てきた感想だった。
自分の身長が中々平均に届かない事が悩みであるタクミ。そんな彼には、今目の前にいる男が別の生き物に見えて仕方がなかった。
「おい……何黙りこくってんだ?」
「あっ」
常軌を逸した身長に圧倒され、自分が危機的状況に陥っている事を忘れていた。
「あーその、俺怪しい奴じゃなくて」
「"怪しいヤツ"は皆そう言うんだよ、シラ切るんじゃねぇ。どうせポーセルメックスの人間だろ、一体何が狙いだコラ」
「ポーセルメックスじゃないっすよ。俺はタクミです、適当観から派遣されたんです」
「……て、適当観?」
シリオンの男性は目を見開いた。
「た、確かによく見りゃそういうナリしてんな……疑って悪かった。タクミって言ったな、なんたってオレ達の元に?」
「こないだラマニアンホロウで起きた例の労災……それを調査しに来たんすけど、当のポーセルメックスが詳細を何も言わないもんだから、こうして労働者の人達に聞いて回ってたんです」
「そういう事か……アンタらもあの連中に手を焼いてるクチって訳だな」
シリオンの男性──『狛野真斗』曰く、知り合いがその労災によって入院して以来、未だ意識を取り戻していないのだそうだ。
先程から不安そうな面持ちでこちらのやり取りを見ていたパロと呼ばれていた人物が、安心したような表情を浮かべる。
「良かった……てっきりポーセルメックスの人間が刺客を送ってきたのかと……君も例の侵蝕事故を調査してたんですね」
「お互い同じ目的ってんなら、きっと助け合えるはずだ。オレ達も協力する」
「助かります」
タクミがそう言うと、真斗は突然押し黙る。
「? どうしました」
「……アンタ、まだ未成年だよな?」
「そう……っすね」
「じゃあ敬語なんて必要ねぇよ。オレらはタメって事だろ?」
(タメ!?)
タクミは心の中で大きく叫んだ。なんと真斗はタクミとほぼ同年代だったのだ。
尚更その高身長の謎が深まる。一体どこでこの差が生まれるのか。
「……おい、タクミ? どうした?」
「あ、いや何でもない……それじゃあよろしく、真斗」
「ああ」
その後真斗とパロから、ホロウの中で起きた侵蝕事故の詳細を聞いた。
長時間ホロウで活動する時は、防護服の着用と抗侵蝕薬の服用が義務付けられている。
さらに労働者の多くは旧都陥落の影響で侵蝕を患っているため、ポーセルメックスから支給される侵蝕緩和剤を服用をする必要があるのだが……
「──それを飲んだ僕の同僚が次々と倒れていって……中には侵蝕の発作まで起こしたやつまでいる始末でした」
パロ曰く、それを聞いたポーセルメックスは緘口令を敷き、労働者達に他言無用だと言い放ったのだそうだ。
「お世話になってるロア先生が言うには、あの侵蝕緩和剤は酷い粗悪品だったらしいんです」
「……聞いた限りじゃ、やっぱりポーセルメックスはクロだったみたいだな」
「ああ。おまけにダミアンの野郎が事故の起きたエリアを封鎖したおかげで、近付く事すらできねぇ」
労働者達は完全に泣き寝入りするしかない状況と言えるだろう。
ポーセルメックスは、この事故をなんとかして揉み消そうとしているのかもしれない。
「タクミ!」
「!」
話を聞いていると、リンがこちらの元へやって来た。
「タクミ、あの人は知り合いか?」
「ああ。俺の姉ちゃんだ」
「……! えと、貴方は?」
「うす。ジブン、狛野真斗って言います……こっちはダチのパロです」
真斗は先程タクミに話した事をそのままリンにも話した。
「……なるほどね。真斗くん、私達実は市長さんから派遣された調査員で、元々ラマニアンホロウに起こった異常を調査しに来たの」
「市長の、調査員……? 適当観の人じゃなかったんすか?」
「一応そうでもあるよ、表面上はね。ねぇ、良かったらさ、貴方たちも調査に協力してくれない? もしかしたら、ポーセルメックスからの補償だって勝ち取れるかも……!」
「……! 聞いたかパロ! こりゃ願ってもねぇ好条件だぞ! 賠償金を勝ち取れば、アンタの家族も侵蝕の治療ができる……!」
「……そうですね。確かに、雲嶽山の先生方には昔お世話になりましたし──分かりました! でしたら、ホロウ内のロープウェイまで来てください! 侵蝕エリアの場所までお連れできるかと思います」
「本当? ありがとう!」
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適当観に戻り、リン達は儀玄達に調査の結果について報告した。
「……なるほどな。リン、タクミ。その聞いた情報は確かか?」
「多分ホントの事は言ってると思うけど……やっぱり実際にそのエリアに行ってみないと分かんないかも」
ホロウへの行き方に関しては、パロが同僚に頼んで明日の朝イチでロープウェイで連れていってくれるとの事だった。
「…………あ、そうだ師匠。聞きたいことがあるんすけど」
「なんだ?」
「労働者の人達に話聞こうとした時に、最初すげー警戒されてたんすけど……適当観の人間だって言ったら一瞬で警戒を解いてくれたんですよね」
「あー、なんかお世話になってたとか言ってたね」
「……その事か」
不思議に思っていた二人に、儀玄は昔あった事について話した。
かつて旧都陥落が起こった際、雲嶽山の人間達は山を降り、住民たちの避難を手伝ったのだそうだ。
その事について、衛非地区の人達は今でも彼女らに感謝している。
「──もっとも、その日を境に適当観を訪れる事は無くなってしまったがな」
「……? それはなんで──」
「たたたタクミくん! そろそろお腹空いてきましたよねっ!? 何か食べましょうよ! ね、潘さん!」
「えっ」
「そっ、そうだな福姐! どれ、今日は何が食べたい? なんでもいいぞ!」
「……阿呆、何を取り乱してるんだ。もう昔の事だ、機会があれば二人にも話すさ」
「…………? はぁ……」
その日の夜、部屋のベッドで安眠を貪るタクミ。
明日は早いうえにホロウでの調査がある。そのためにはゆっくり休み、十分な英気を養う必要がある。
そんな時、どこからかガサリと音がした。
「……?」
瞼を開け、辺りを見回すが誰もいない。気のせいと考えたタクミは再び瞼を閉じる──
ガサリ、と再び音がする。
「…………姉ちゃん?」
気のせいではない。部屋には誰もいない……という事は、音がしたのは外からだろう。
「…………勘弁してくれ」
明日は朝早いと言うのに、このままでは謎の音で寝不足となってしまう。
意を決して外へ出て、音のする中庭へと向かう。
慎重になりながらも、原因を探っていく──
ガササッ!!
「!!!!!!」
後ろで生えている草木から音が鳴る。口から出かけた悲鳴を抑え、タクミは振り向いた。
「…………!」
「……え?」
そこにいたのは、学帽を被った一匹の狸だった。狸はこちらを見るなり、鳴き声もあげず一目散に逃げていった。
「…………んだよ狸かよ、ビビらせやがって……」
何はともあれ寝不足になりうる原因はなくなった。安心したタクミは部屋へと戻る。
(…………学帽を被った狸?)
これ以上考えると間違いなく寝られなくなる。狸の事はもう頭から追い出し、タクミは眠りについた。