「あ、おはよタクミ」
「おはよう」
調査が終わった日の翌朝。適当観の外から喧騒が聞こえてきた。
「……なんか騒がしいな」
「実はね、ロア先生が昨日の調査結果を公表したみたいで……労働者の人達にも労災に関するパンフレットが行き渡ってるみたいなの」
「え、もう? 早くね?」
「うん。私もさっき聞いてびっくりしちゃった」
ロアはエリック率いる互助会のメンバーと共に、ポーセルメックスへの抗議のプランを考えたと言っていた。
それを聞いたのは先日の話。まさか既にパンフレットまで作ってしまっているとは思わなかった。
適当観の外で聴こえる声も、ポーセルメックスへの不満を募らせた労働者達のものだった。
「今エリックさんがポーセルメックスに抗議するために、労働者の人達に声をかけて回ってるんだって」
「へぇ……行動が早いな。切羽詰まってるっつっても、もうちょい機会を待つもんだと思ってたな」
「ね」
どこか他人事のように聞こえる、そんな会話をする姉弟だった。
「あ、また会ったな二人とも!」
街で抗議活動の準備をしているエリックとパロの元に来た二人。
彼らの周りには、エリックが呼びかけたであろう労働者達が集まっている。
「あなた達のおかげで、ポーセルメックスが隠していた事故を晴れて白日の下に晒す事が出来た……! なんとお礼を申し上げたら良いか……」
「あれ? 知ってたの?」
「ええ、ロア先生からお聞きしましたよ。雲嶽山の先生方が集めてくれた証拠があれば、ダミアンにも直談判ができる!」
集まった労働者達の目は家族や友人を助けられると言う希望と、ポーセルメックスとTOPSに然るべき報いを受けさせるという決意で満ちている。
「お……皆集まっているみたいだね」
「ロア先生!」
話していると、ロアもこちらへとやって来た。労働者達の反応を見るに、彼は相当慕われているようだ。
タクミは先程渡されたパンフレットを見る。
「……このパンフレットってロア先生が作ったんすか?」
「そうだよ。昨日集めた証拠を整理して、より多くの人にポーセルメックスがしでかした事を知ってもらおうと作ったんだ」
「このパンフレットのおかげで、他の労働者にも手早く真相を知らせる事が出来たんだ。ロア先生がいなかったら、こんなに早く計画を進める事は出来なかったな」
「はは、よしてくれよ。何はともあれ、これでポーセルメックスに対する抗議の準備はできた。二人とも、今回は本当に助かったよ!」
「……ううん、お役に立てたみたいで何よりだよ」
後はエリック達に任せておけば大丈夫だろう。賠償金が勝ち取れることを祈るばかりだ。
……しかし、リンには一つ引っかかることがあった。
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「戻ってきたね、二人とも」
「あ、お兄ちゃん!」
適当観に戻ると雲嶽山の面子に加え、アキラと釈淵の姿があった。
「良かったー……無事に来られたんだね」
「ああ、葉さんが迎えに来てくれたおかげで道中は何事もなかった。それにしても、タクミ……」
「?」
「まだ、
「……? ソレってなんの事────ああ、コレね」
タクミは自分の横髪に付けてある、ハンバーガーの絵が描かれたクリップを触った。
「あ! それ、前から気になってたんですよ! その髪飾り、どうしたんですか?」
「これは友達に餞別で貰ったんだよ。正直自分でも似合ってねぇって思うけど、外すのもアレだし付けたままにしてたんだ」
ヘアクリップを付けた横髪には、戦闘服姿の友人のようにアホ毛がピンと立っている。
「なるほど、お友達からの餞別…………むむむ」
「?」
「そういう訳だったのか! 友達思いなんだなぁ、弟弟子くんは! 心配するな、似合ってるぞ!」
「はっ、そ……そうですよ! すっっっっっっっっっごく可愛いですよっ! 安心してください!」
「別に可愛くなりたい訳じゃねぇけど……まあ好評ならいいや」
話を戻し、先程のロアや互助会のメンバーとのやり取りを儀玄たちに話した。
「なるほどね……じゃあ、彼らの補償金については心配しなくても大丈夫ということかな?」
「うん、多分大丈夫だとは思うけど……少し引っかかるとこもあるんだよね」
「引っかかるとこ……ですか? ダミアンさんって人が黒幕なのは、誰から見ても明らかだと思いますけど……飛行船を襲ったのだって、ポーセルメックスが調査を邪魔するために仕向けたことなんじゃないですか?」
「そうとも限りませんよ、姉弟子さん。妨害の件については、TOPSの仕業とするにはいささか不審な点もありますから」
「ああ、私もそう思っている。あの利害とコストが第一のTOPSの連中が、いくら妨害の為とはいえ飛行船に向けて
そんな事をすれば却って自分達の首を締めることになるだろう。それはTOPSも重々承知しているはずだ。
「つ、つまり……他に黒幕がいるって事ですか?」
「ま……黒幕云々については、向こうから説明してくるだろ」
「向こうから? って、一体誰が……」
話している途中、何やら適当観の外からざわつく声が聞こえてくる。
潘が様子を見に正門へ行ってみると……血相を変え、再び戻ってきた。
「た、大変だお師さん! ダミアンの野郎だ! おれ達に会わせろって!」
「!!」
「思ったより早かったな……入れてやれ」
ダミアンの名前を聞き、身構える一同。儀玄は取り乱す様子もなく、ダミアンを招き入れる。
「……お伺いするのが遅くなり申し訳ありません。少しばかり『事務処理』があったものですから」
そう言うダミアンは少し疲れた様子だった。
「それで……聞くところによれば、皆様は秘密裏にラマニアンホロウへ立ち入り調査されたのだとか」
「ああ。昨日の事だ」
「そうでしたか……何もお知らせ頂けなかった事は残念に思いますが、ひとまず皆様が無事に戻られて何よりです」
ダミアンは早速本題へ入る。
廃棄されたエリアで発見した生産設備。彼はそれについて説明しておきたい事があるようだ。
「あの生産設備に関しましては……いずれもTOPSに帰属する機密事項となります。今回の事故には何の関係もございませんので、何卒誤解のなきようお願い申し上げます」
「……なんかこの前の失礼な時と比べて、随分下手に出るんだね、ダミアンさん? 私達がポーセルメックスに不利な証拠を出したから?」
「……仮に皆様の目にそう写っていたのであれば、責任者としての立場である以上仕方の無い事であった、とだけ申し上げておきます。今や状況が変わり、我々ポーセルメックスは補償の手続きを進めるため最善を尽くしている次第でございます」
「補償? ロア先生からは事故の記録を揉み消して、補償に関してはなあなあのままにしていたって聞いたけど?」
「なんですって……? それは誤解です!」
ダミアンは眉をひそめ、心外と言った表情で反論する。
「既に補償は申請済みであり、現在は一連の承認を受けている最中、と言うだけです! 私は責任者として、従業員の待遇保障には最善を尽くしているのですから」
「え……申請済み? どういう事ですか?」
「言葉通りの意味です……ロア氏から聞いた、と言いましたね。彼は他に何を?」
「ポーセルメックスに脅迫されて、治療の妨害をされたって言ってたよ」
「……まあ、それについては間違ってはいませんね」
「なにせロア氏は正式な医師免許を持っていないのですから。彼がやっている治療は、全て違法なものです」
「…………え?」
ダミアンから出たその言葉に、リン達は驚きを隠せなかった。