『──何してるの?』
『!』
校庭のすみっこの大きな木の下。木漏れ日が差す中、二人の少年は出会った。
『…………日向ぼっこ』
『日向ぼっこ? 日陰で?』
『うるさいな……どこだって良いだろ。日はちゃんと当たるし』
『へぇ』
話しかけてきたその少年は、日陰で一人座っていた彼の隣に座る。
『……何してんの』
『僕も日向ぼっこだよ。確かに、今日は日差しが強いからここにいるぐらいが丁度いいよね』
『…………』
彼は、なぜ自分なんかに話しかけてきたのだろう。
『ねぇ、君の名前はなんて言うの?』
『え? …………タクミ』
『タクミか。ねぇタクミ、いきなりだけどさ……友達にならない?』
『友達?』
『うん、僕ここに転校してきたばかりでさ。まだ友達いないんだよね。だから友達になって欲しんだ』
『…………』
『それじゃあ、これからよろしくね』
『…………待って』
『?』
『まだ、君の名前を聞いてないよ』
『あ、ごめんごめん……すっかり忘れてた』
少年は頭をかきながら、申し訳なさそうに笑った。
『僕の名前はね──』
「………………!」
真っ暗で静かな部屋で、タクミは目を覚ました。
あまりの暗さで何も見えなかったが、自分が部屋のベッドの中にいる事は分かった。
(あれ……なんで俺ベッドに──ああそっか)
タクミはホロウにいた時の記憶を思い出す。
オルフェノクと戦ったあと、タクミは突然気絶してしまった。
恐らく、儀玄達が急いでホロウから連れ出して治療、そしてここに寝かせたのだろう。
しかし、なぜ気絶したのか。思い当たる節と言えば、脇腹に掠ったあの毒針だが……
(……今は毒が回ってる訳じゃなさそうだな。師匠が治療してくれたのか?)
せいぜい脇腹に微かな痛みがあるぐらいで、苦しいと感じる事も無い。
むしろ、今のタクミは熟睡から目覚めたような清々しい気分だった。
「スマホどこだ…………あった」
タクミは近くに置いていたスマホを取り、現在時刻を確認する。
(今は…………夜九時!? 嘘だろ、どんだけ寝てたんだ俺……!)
ロアを探しにホロウに入ったのは夕方頃だった。流石に日付は変わっていなかったが、数時間は寝ていた事になる。
ひとまずどこかにいるリン達に顔を見せよう。そう思ったタクミはベッドから出ようとすると──
「起きたか、タクミ」
「!」
突如明かりがつき、暗かった部屋が一気に明るくなる。そして部屋に入ってきたのは……儀玄だった。
「もう体はなんともないのか?」
「あ、はい。おかげさまで」
「……そうか」
儀玄は心底安心したような顔をし、タクミのベッドに腰をかける。
「姉ちゃん達は?」
「リンと福福は解悩水による被害者の数を把握するために、手掛かりを探している。潘と釈淵は互助会の人間に今回起こったことを知らせに行っているところだ」
「俺が気絶したあとは、師匠がここに運んできてくれたんですか?」
「運んだのは潘だ。私は術法でお前さんの治療をした。傷を受けた箇所がミアズマによって侵蝕されていたからな」
「…………ミアズマ? 侵蝕!?」
儀玄の言葉にタクミは目を見開く。
ワスプオルフェノクによる毒針攻撃。タクミはてっきり固有の毒なのだと思っていた。
「あの毒……ミアズマだったのか。て事はアイツ、
ミアズマを作り出したって事か……?」
「……なるほどな。お前さんが受けた侵蝕はあのオルフェノクによるものか。なら、その予想は正しいかもしれん」
儀玄は以前、オルフェノクについての情報を市長から聞いた。
タクミが前に戦ったエラスモテリウムオルフェノクについての情報も聞いていたが、その中で彼女は気になる点があった。
それは、タクミが受けた右肩の侵蝕に関する事。タクミはオルフェノクによる攻撃が当たったその箇所に、侵蝕を受けていた。
オルフェノクにはまだ未知の特徴が隠されていると踏んでいた儀玄は、エラスモテリウムの情報を聞いて『オルフェノクにはエーテルを操る力がある』と考えた。
「──侵蝕を受けないという特徴の事を考えると、エーテリアスのようにエーテルを操れても不思議じゃないという事だな」
「! オルフェノクが、エーテルを……?」
「あくまで仮説だがな。雲嶽山がオルフェノクに出くわすのは今回が初だ、だから確かなことは言えん。それに、まさか讃頌会の人間がソレに化けるとは思いもしなかった」
「讃頌会……あ、そういえば患者の人は……?」
「安心しろ。ホロウで助けた患者は全員無事だ」
かなり侵蝕症状が進んでいたパロも、なんとか一命を取り留めたらしい。それを聞いてタクミは胸を撫で下ろした。
「そういえば、お前さんに聞きたい事がいくつかある」
「? なんすか?」
「術法で事なきを得たとは言え、お前さんは高濃度のミアズマによる強い侵蝕を受けた。ホロウで体力を使ったのも相まって、何時間にも渡って眠る事になったわけだが……その間、何か夢を見なかったか?」
「夢……」
そう言われたタクミは、寝ている間に見た夢の事を思い出した。
……小さい頃の、友達だった少年との出会いだ。
「……そうっすね。割と懐かしい夢を見た気がします。これもミアズマが見せた幻覚ってやつですか?」
「そうだな。ミアズマの恐ろしいところは、放っておくとその幻覚から抜け出せなくなってしまう事だ。しまいには、出たいとすら思えなくなってしまう」
「…………」
「……タクミ。お前さんが見た夢とは別に、何か別の光景を見たりはしたか?」
「別の光景……そういや、夢とは別に師匠と師匠そっくりな人がいるのが見えました。何故か血だらけだったけど」
「やはり、お前さんにも見えたか。その光景は……私の記憶の断片だ。私が治療をする時にお前さんに触れた際、ミアズマの幻覚が共有されたんだ。お前さんの幻覚と、私の幻覚が」
「……!」
儀玄はしばらくの沈黙の後、その記憶について話し始めた。
「現在衛非地区にいる労働者の多くは、旧都陥落時に我ら雲嶽山が助けた人々だという事は以前話したな?」
「覚えてますよ。その後、衛非地区に来る事はなくなったって事も」
「うむ。衛非地区を離れた理由については……かつて雲嶽山が犯した過ちが関係している」
旧都陥落時、儀玄を含む当時の門下生達は軍の緊急招集を受け、総出で任務に協力した。
しかし結末は、儀玄を除く全ての門下生が零号ホロウの中で戦死するという最悪のものとなった。
それにより雲嶽山の伝承は殆ど失われ、挙句任務の失敗はTOPSにも財政的損失をもたらす事となった。
「…………死に人である先代宗主は責任の追及から逃れられず、結果的にTOPSと協定を結ぶ事になった。雲嶽山は衛非地区から身を引き、代わりにTOPSが難民の収容を引き受ける事になった」
「…………師匠。俺が夢で見た人って……」
「……ああ、先代宗主、儀降だ」
儀玄は目を伏せ、そう答えた。辺りに重苦しい空気が漂う。
「……寝起きの人間に聞かせる話じゃなかったな、すまなかった。そういえば聞き忘れていたが、傷の方は大丈夫か?」
「あ、大丈夫です。怪我自体は大したことなかったんで」
「ならいい。アキラもリンも、お前さんの事を心配していた。無論、兄弟子たちもだ」
「ですよね……ちょっと顔見せてきます」
「そうするといい。積もる話は、事が落ち着いてからにしよう」
儀玄はそう言って部屋を出ていった。タクミも寝間着から着替えた後、部屋の外へ出た。
そして──
「あ、タクミ! 良かったぁ、やっと目が覚めたんだね……!」
「…………!! タクミ、くん」
扉を開くなり目に入ったのは、姉と姉弟子の姿。
「姉ちゃん、福福先ぱ──」
「うわぁぁぁぁぁああああんタクミくんだぁぁぁああああああ!!!!」
「ぐわああああああああああ!!!」
扉を開くなりお見舞いされたのは、涙で顔をぐしゃぐしゃにした姉弟子による渾身のタックルだった。