「メモリディスク?」
「うん、ロア先生の診療所で見つけたんだ」
現在、タクミはリンから寝ている間の事について詳しく聞いていた。
役に立ちそうな手掛かりが隠されている可能性の高い診療所で、福福とリンは何かのIDが書かれたメモと、メモリディスクを発見した。
現在アキラが解読している最中だ。
「なるほど……潘さんの方は?」
「ダメだった。どうやらロアの奴、だいぶ前から労働者に嘘を吹き込んでやがったらしくてな。そのせいで解悩水は危険だって言ってもそう簡単に話を聞いちゃくれなかったんだ」
「中には『ポーセルメックスの流したデマだ』と取り合う事すらしなかった方もいましたね。讃頌会が仕込みを始めたのは、昨日今日の話ではないようです」
「エリックさん達は?」
「互助会の方達にも連絡を取ろうとはしたのですが……現在ホロウにいるようでして」
「うーん……エリックさんたちの誤解さえ解ければ、ロア先生が黒幕だってこともみんな信じてくれるはずだと思うんだよね……」
伝えるには、彼らが交代でホロウから出るまで待つ必要がある。
「その事ですが、お弟子さん……私にいい考えがあります。今回の事を、ダミアン氏に知らせるのはどうでしょうか?」
「!」
「あ、アイツにかぁ?」
「ええ。責任者である彼なら、この情報を効率的に広める手段を持っているかもしれません」
「頼っていいのか、ちょっと心配だけど……讃頌会を止めるためだもん、四の五の言ってられないよね」
一刻も早く情報を広めるためには、彼の手を借りる事も考えておくべきだろう。
「そういえば弟弟子くん、お前さん怪我は大丈夫なのか? さっきはいきなり目の前でぶっ倒れたもんだからびっくらこいたぞ!」
「俺は大丈夫っすよ。さっき師匠にも言いましたけど、怪我自体はかすり傷レベルだったし、侵蝕も師匠のおかげで何とかなりましたから」
「……ホント?」
「ホントだって姉ちゃん。痛みだってほとんどないし」
「いやだって──」
「さっきからずっと福福先輩くっついてるし……」
「…………」
リンの言う通り、先程からタクミの後ろには福福が抱き着くようにくっついていた。
「嘘はいけませんよ、タクミくんっ! 福福は分かってるんですから! 実は大きな怪我をしてるって事は!」
「福福先輩、確かに傷は少し大きかったけど深い傷じゃなかったんだ」
「でも治ってる訳じゃないですよね?」
「いやまあそりゃ、治ってはねぇけど……処置はしっかり施されてるし」
「それでも私は、安静にした方がいいと思いますっ! さあ、早くお部屋に!」
「ちょ……ちょっと待って、ほんとに大丈夫だって」
福福は頑なに譲らない。というかさっきからずっと放してくれない。そんな時、タクミの腹から空腹を知らせる音が鳴った。
「あー……よし、ひとまず飯にしよう! これからの事はとりあえず食ってからだ! っつっても時間が無いから、何かパパッと軽いものでも作ってくるよ!」
「ありがとうございます、潘さん! それじゃあ私が食べさせてあげますね、タクミくんっ!」
「なんで!?」
「だって料理が喉に詰まったら大変じゃないですかっ!」
「赤ちゃんか! 赤ちゃんか俺は!」
部屋に連れ戻そうとする福福に必死の抵抗をしていると、適当観の外から悲鳴が聞こえた。
直後、アキラがこちらへやって来た。
「大変だ皆……街の人達が、一斉に侵蝕症状を起こし始めている!」
「えっ!?」
───────────────────────
「──まずいな……こうも一斉に皆が侵蝕症状を悪化させるとは」
先程まで休憩していた儀玄も騒ぎを聞き、現場へ駆けつける。
こうなった原因は、恐らくロアが薬の量を調整し解悩水を飲んだ住民達がほぼ同時に症状を悪化させるよう仕向けたのだろう。
「あ、貴女は雲嶽山の……頼む、助けてくれ……! 体中が、痛いんだ……!」
「落ち着いて、深呼吸だ。……タクミ、彼を支えていろ」
「はい……!」
言われた通り侵蝕された住民が倒れないよう支え、儀玄は札を取りだし術法で症状を後退させる。
「…………!」
その時儀玄はまたもや一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたが、タクミはそれに気が付かなかった。
「……まずは一人か」
術法による治療を終え、急いで次の住民の治療へと向かう。
次々と住民の症状の緩和をしていくが……如何せん数が多すぎるため、このままでは手遅れとなってしまう。
「どうしましょう……早くしないと、住民から出るエーテルで街全体が覆われちゃいます……!」
「……仕方ない。こうなった以上、あれを使うしかないな……皆、近くに寄れ! このエーテルを調伏する術がある!」
儀玄はリン、福福、潘、釈淵の四人を呼び、彼女らに呪符の印を手渡した。
「師匠、これって……」
「エーテル共振の印だ。これを持って方々へと散り、然るべき場所に置くんだ。その後、私が散らばったエーテル同士を共鳴によって散逸させる。そうすれば、人々の侵蝕は緩和されるはずだ」
儀玄は四人に印を設置するよう指示したあと、呪符による陣の発動の準備を開始した。
「タクミ、お前さんは離れていろ」
「は、はい」
数分後、儀玄はそれぞれの方角の印の位置を確認し、陣の発動の準備を整えた。
「よし……そろそろ始める頃合いだな」
この陣の発動は、相当な危険を伴う。それは儀玄自身も重々承知している。
それでもやらなければならない。儀玄は深く呼吸をし……覚悟を決めた。
「心念至る所、万物を空として明らかにせん。穢塵皆清、無痕無影……」
「!!」
儀玄が唱えたその瞬間、印が設置された場所から黄金の光の柱が顕現した。
「無象の気を集め……穢れを祓わん……!」
やがて四本の光の柱は巨大な光の直方体となり──
「起ッ!!」
侵蝕症状を発していた市民たちの身体から、たちまちエーテルが抜け出していく。
抜け出して行った無数のエーテルは上空へと飛んでいき……やがてひとつの塊となった。
飛来する禍々しい怪物のようなその塊を、儀玄は受け止め、浄化していく。
「…………ッ!!」
「師匠……!」
その凄まじい光景に、タクミは息を飲んで見守る他なかった。
そしてエーテル調伏の術により、衛非地区の住民達の侵蝕は無事緩和された。
「やりましたね、お師匠さまっ! 地区内のエーテルは殆ど消散しましたよ!」
「まさか雲嶽山に、あのような術法があったとは……」
「…………」
「……? 師匠?」
様子のおかしい儀玄に近寄るリンだったが、彼女はそれを手で制した後……咳き込み始めた。
「ゲホッ……ゴホッ……」
「! お師匠さまっ!?」
「ど、どうしたんだお師さん!」
「……なに、心配するな。術法の副作用が来ただけだ」
「副作用……!? 師匠、大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。それより皆、もしまた私が動けなくなっても、リンに指示を仰ぎつつ、引き続き讃頌会の動向を追え。ホロウの知識に関しては、彼女に並ぶ者はいないだろうからな」
儀玄は一向に良くならない体調を隠すように、指示を仰ぐ。
「お前さん達は症状の出た者を助けてこい。それと、タクミ……お前さんには、ある重大な仕事を任せる」
「……! 重大な、仕事……?」
「ああ」
いきなり儀玄にそう言われたタクミは、何を任されるか緊張の面持ちで次の言葉を待つ。
「私を、支えろ」
「うおっと!?」
いきなり自分の方に倒れてきた儀玄を、タクミはとっさに受け止める。
「よし、そのまま適当観まで戻るぞ……少し休みたい」
「あ、はい」
「それじゃああとは頼んだぞ、皆」
「分かった、任せて師匠!」
「…………」
「福姐、何ぼーっとしてるんだ? 早く行くぞ!」
「あ、は……はいっ!」
四人は住民の救助に向かい、タクミの方は儀玄を支えながら、適当観へと戻って行った。