「隙ありっ!」
「っ!!」
攻撃の隙を突かれ、繰り出された福福の貫手がタクミの顔寸前で止まる。
「──あー……やっぱ強いなぁ……」
「そ、そうですか……? まあ、当然と言えば当然ですねっ!」
勝利した福福はふふん、と得意げな顔をする。
何故こうなったのか。タクミは労災関連の件がひと段落ついた後、福福に『稽古をつけて欲しい』と頼んだ。
術法の方はダメでも、体術の方なら伸びしろがあると考えたからだ。
誰かを守るため、そして自分を守る為。それを聞いた福福は喜んで了承。
途中、手合わせを何回かやったが……見事に全敗した。相手が相手なので、当然の結果ではある。
「でもタクミくん、最初やった時より技の速さもキレも段違いで上がってましたよっ! 才能はかなりあると思います!」
「ホントか?」
「勿論! あ、おべっかじゃないですよ! あたしが教えた通りの事もしっかり出来てたし、姉弟子のあたしも鼻が高いです!」
「そっか……」
それを聞いて安心した。手合わせ中、ほとんど攻撃が当たらなかったので少し自分の力に疑心暗鬼になっていたところだった。
「さて、そろそろ休憩にしましょうっ!」
「え、もう? 早くない?」
「そうは言っても、かれこれ四時間はやってますよ? 身体を休める事も、立派な修行のうちですっ!」
「四時間? もうそんなに経ってたのか……」
気付けば時刻は正午前。体感ではまだ一時間ぐらいしか経っていないと思っていた。
「そろそろお昼ご飯の時間です、タクミくんもお腹空いたでしょう?」
「確かに腹減ったな……福福先輩、お昼はどうする?」
「うーん、潘さんは今外出中ですし……となれば、あのお店に行くしかありませんねっ!」
「あのお店……? あ、もしかして」
「そうですっ、飲茶仙です! そうと決まれば、早速行きましょう!」
「うわっ、ちょ……そんな焦らなくても──」
福福に手を引っ張られるがまま、タクミは適当観を後にした。
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適当観のすぐ近くにある『飲茶仙』。
"澄輝坪の飲食店と言えば?" という問いに、大多数がこの店を挙げる程に評判の高い店。
「いらっしゃーい! 飲茶仙へようこそ!」
飲茶仙の店主である紅豆が出迎えに来た。
案内され、店内に入る。幸い、順番待ちする程の客の多さではなかった。
「良かったぁ、今日は空いてるみたいですねぇ〜」
「ラッキーだったな。普段客多いからなぁこの店……」
空いている席に座り、メニューを見る。
「あ、タクミくん! 今日はあたしがご馳走します! いっぱい食べてくださいねっ!」
「え、今回も?」
以前、福福と一緒に飲茶仙に来たことがある。その時にも奢ってもらった。
「遠慮はしなくても大丈夫ですよっ! なんたって、あたしはタクミくんの姉弟子なんですから!」
「んーそうは言っても……またご馳走になるわけには──ああいや、まあ折角の厚意だしな。喜んでご馳走になるよ、だからそんな目しないで福福先輩」
うるうるとした目をこちらに向けてきた福福。タクミはあっさりと折れた。
相変わらず押しに弱いのを、そろそろどうにかしないといけないかもしれない。
前回と同じく、メニュー表に書かれてある料理をほぼ全て注文した福福。
チャーシューまんや水晶餃子を始め、テーブルを埋め尽くす程の大量の品が届いた。
「いただきまーすっ!」
「いただきます────うわ、このローストすげー美味いな……なんの肉だっけ?」
「ガチョウですよガチョウ! それあたしも大好物なんです!」
午前中体を動かしまくったおかげか、かなりお腹は空いていたようだ。
次から次へと料理を口に運んでいく。
「タクミくん! これも美味しいですよっ!」
「おお、ありがと──」
「はいっ、あーん♪」
「…………」
同じ光景を見た事がある。
牛肉とビーフンの炒め物を箸でつかみ、満面の笑みで差し出す福福。
(アストラさんの時もそうだけど……こういうのって一瞬戸惑うよな)
相手に『その気』がないのは分かっている。変に断っても角が立つだけなので、"あーん"を受け入れることにする。
「…………」
「美味しいですか?」
「おいひい」
「それは何よりですっ! さあ、じゃんじゃん食べてくださいね!」
福福はチャーシューまんを食べた後、お茶を飲もうとするが……何故かコップが手元になかった。
なぜ手元にないのか。
「このお茶も美味しいな」
「あっ」
それはタクミが飲んでいたからである。
同じ飲み物を頼み、更に分かりにくい位置にコップを置いていたがゆえの事故。
気づいた福福は顔を真っ赤にさせる。ちなみにタクミは気づいていない。
「? どったの、福福先輩」
「えっ!? いっ……いや、その……」
急に料理が喉を通らなくなる。
言うべきだろうか。
いや、言うべきではない。言ったら大事な弟弟子に恥をかかせてしまう。
(そんなの……姉弟子としてやってはいけません……! なんとか何も無い体を装わなければっ……!)
「福福先輩」
「っ! な、なんですか?」
「お茶美味しいぞ。飲まないの?」
「えっ!?」
タクミはもう一つのコップを福福に渡す。タクミが先程まで飲んでいたお茶だ。
ここで拒否するのは不自然に思われるかもしれない。
(そ、そうですよね……大丈夫! これはタクミくんに恥ずかしい思いをさせない為……! だってそれが姉弟子の務めなんですから……!)
福福はコップを受け取り、お茶を飲む。
「…………うぅ」
「…………ほほ〜、なるほどなるほど」
その様子を、紅豆は生暖かい目で見守っていた。
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腹いっぱいまで食べた二人。
適当観に戻り、のんびりと日向ぼっこをしていた。
「美味しかったな」
「そうですね……食後の日向ぼっこも気持ちいいです……」
ゆったりと座りながら休んでいると、どこからか野良猫がやって来る。
「にゃあ〜」
「お」
「!」
その猫は座っているタクミの膝の上に乗り、そのままゆっくりとくつろぎ始めた。
「お〜よしよし……」
「…………」
野良猫を撫でるタクミ。その様子を、福福はじっと見つめていた。
「……ん? どうかした?」
「あ、いや……この猫ちゃんは何の種類なのかなぁって」
「この感じはキジ猫じゃねぇかな」
「そっ、そうですよね……」
やがて満足したのか、そのキジ猫はタクミの膝から降り、どこかへ行ってしまった。
そして福福はと言うと。
(…………タクミくんの、お膝……)
膝枕。その事しか頭になかった。
(お昼寝したい……タクミくんの膝元でお昼寝したい……! でもそんなことをする訳にはっ……!!)
彼女は生粋の虎のシリオンであり、雲嶽山の一番弟子。お膝でお昼寝などしない。
(だってあたしは大姉弟子……!! どっちかって言うと、あたしがタクミくんに膝枕をしてあげるべきなんですっ……!!)
「福福先輩?」
弟弟子である彼に甘えるような仕草を見せてしまっては、姉弟子としての威厳が損なわれてしまう。
(あたしは茶トラ猫ちゃんでも、キジ猫ちゃんでもないんです……お膝の誘惑に負けるあたしじゃないんです!)
「福福先輩??」
彼女はその誘惑を断ち切るべく、持てる全ての精神力を発揮した。
膝枕の誘惑に負けないために。
負けた。
「すやぁ……」
「…………」
福福は吸い込まれるようにタクミの膝に頭を乗せ、そのまますやすやと寝始めてしまった。
野良猫が去ってから約十秒。これでも彼女は頑張った方なのだ。
(…………撫でていいのかなコレ)
福福が誘惑と戦っていた事など露知らず、タクミはそんな呑気な事を考えていた。
彼女は嫌がるだろうが、どうしても撫でたい。タクミは少しだけ、福福の頭を優しく撫でる。
撫でられた福福は非常に気持ち良さそうな表情を浮かべていた。
次回からシーズン2の二章です!