安全調査
日も落ち始めた頃、その電話はかかってきた。
「? 誰から……福福先輩?」
現在福福は、算術の試験で不合格になったため、本殿に戻って補習を受けている。
ちなみに儀玄と釈淵も本殿に戻っているため、適当観にはいない。
何か手助けが欲しいのだろうか。そんな事を考え、タクミは通話ボタンをタップした。
「もしもし、福福先輩?」
『…………』
「……福福先輩?」
『タクミくぅん……』
「うわっ、ど……どうしたんだ福福先輩。なんつーか……凄く死にそうな声してるぞ!」
声を聞いただけで元気がないという事は分かった。
彼女のこの声はお腹が空いている時の声ではない。何かショックな事があった時の声だ。
雲嶽山に弟子入りしてからは、福福といる時が一番多くなっているタクミ。なぜかこう言う判別もできるようになっていた。
「福福先輩。何があったのか、落ち着いて話してくれるか?」
『…………タクミくんは』
「うん」
『タクミくんは明日、晩餐会に行くんですよね?』
「うん」
─────うん?
「え、ごめん何……晩餐会? 何の話?」
『良いんです、気を遣わなくても……分かってますから。あたしの分まで、いっぱいご馳走を食べてくださいね……それじゃっ……!』
「いやちょっと、説明を──」
呼び止める声も届かず、通話はプツンと切れてしまった。
福福の声は、なんというか悲痛なものだった。晩餐会とはなんの事なのか。
そんな事を考えていると、背後から聞きなれた声が聞こえた。
「おっ、こんなとこにいたか」
「何してるの、タクミ?」
「姉ちゃん、それに潘さん、ちょうどいいとこに……今さっき福福先輩から聞いたんですけど、晩餐会って何のことですか?」
「…………誰から聞いたって?」
「え? さっき電話で、福福先輩から……」
「……あちゃー」
タクミの言葉を聞いた潘は思わず天を仰ぐ。代わりにリンが説明をする。
「あのねタクミ。今日のお昼に、ポーセルメックスのダミアンさんから晩餐会の招待状が来たの」
「招待状? ダミアンさんから?」
どうやらポーセルメックスはこの前の件を受け、TOPS主導で衛非地区の安全調査を行うつもりなのだそうだ。
おおかた輝磁の生産を再開させるのが目的なのだろうが……
「……なんで安全調査をやるのに、晩餐会を開く必要があるんだ?」
「まあ、簡単に言えば『ウチは市民の安全の為に力を尽くせる善良企業だ』ってのをアピールしたいんだろうな。調査には衛非地区の関係者も来るしな」
「ダミアンさんが送った招待状にも、雲嶽山には恩があるとかなんとか書いてたね」
ポーセルメックスと友好的な関係に
なので潘たち四人だけなら、別に参加しても大丈夫だろうと言う事になったらしい。
「福姐もここにいれば一緒に行けたんだが、聞いての通り補習中でな、どうあがいても行けそうになかったんだ。可哀想だから、そもそも晩餐会の事は知らせないようにしたんだが……どこかでその話が耳に入っちまったんだろうな」
「だからあんな悲痛な声してたのか……」
確かに、折角のご馳走の機会が補習で潰れるのは辛い事だろう。
彼女には晩餐会の料理を少し持って帰ってあげよう。可能であれば、だが。
晩餐会は明日、飲茶仙の二階ホールで行われる。もしかしたら、何か有意義な情報も見つかるかもしれない。
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そして翌日の夜前。
案内され、四人は晩餐会の会場へとやって来た。
折角なので、招待状をくれたダミアンに挨拶に行くことにする。
「あれ、タクミ? 行かないの?」
「ま、待って……これ飲んだら行くから」
メロンジュースを飲み干し、リンの後を着いていく。リンは部屋の隅にいるダミアンに声をかけた。
「ダミアンさん!」
「! これはこれは……まさか再びお三方にお会い出来るとは、主催者として光栄の至りです」
「そんな事を言って、本当は師匠が来た方が良かったんだろう?」
「何をおっしゃいますやら。かの儀玄先生が信頼できるお弟子様を遣わしてくださった以上、不満も失望もございませんとも」
「労災関連の件があってから、ダミアンさんがどうなったのか心配だったんだよね〜。色々大変でしょ?」
「お気遣い感謝致します。ですか正直に申し上げますと、私が実務として担当するのは主に生産管理であり、ホロウ安全管理に関しては別の者が担当しておりました」
「おりました……って事は」
「ええ、以前の件で彼は既に任を解かれてしまっていますね」
今回、責任を追及される事はなかったが……ダミアンは自分の立場も、呑気に構えていられる立場ではないと苦笑混じりに言った。
ダミアンの話を聞いていると、ポケットからスマホが振動する。
「……あ、すみませんダミアンさん、電話が……」
「構いませんよ。まだ開会までには少し時間がありますので、それまでに戻って来て頂ければ」
「あざす」
タクミは会場を抜け、静かな場所で電話に出る。電話をかけてきたのは乾だった。
「もしもし、乾さん?」
『タクミ、今話せるか?』
「大丈夫ですけど……どうしたんすか?」
『今さっき、情報が入った。ラマニアンホロウで、オルフェノクの目撃情報があったらしい』
「!!」
乾曰く、『白い怪物を見た』と言う投稿が、写真付きでインターノットに上がっていたらしい。
写真の姿は詳しくは分からなかったが、目撃された時間が昨日であることから、以前戦ったワスプオルフェノクではない事は確かだろう。
『お前今衛非地区にいるんだよな? もしラマニアンホロウに入る事があったら、しっかり警戒しとけ。デマの可能性もあるが、万が一だ』
「……サイガも、やっぱりそこに?」
『かもな。今んとこ他の場所じゃオルフェノクの目撃情報は出てない』
あの時、讃頌会の一員であるディナをサイガはオルフェノクへと変えた。
ファイズを追ってか、サイガもラマニアンホロウに身を潜めている可能性が高い。
未だに彼の目的は依然不明なままだが、いずれにせよ警戒は必須だろう。
通話も終わり、急いでリン達の元へと戻る。
合流して間もなく、会場のステージにポーセルメックスの最高責任者が二人登壇した。
「お集まりの皆様、この度は衛非地区の安全調査にご参加いただき、心より感謝を申し上げます」
「あの二人……テレビで見たことあるんだよな。なんて名前だっけ……」
「顎髭の人がルクローさんで、口髭の人がフェロクスさんだよ、タクミ」
「リン、そんな覚え方はないだろう……ともかく、彼らがポーセルメックスの最高責任者という訳だね」
「ええ。あのお二人は旧都陥落後の大規模な再編を経て、今の立場を勝ち取りました。最も、水面下では争っているようですが」
今回任を解かれたホロウ安全責任者の後任を誰が継ぐのか。
ルクローとフェロクスはその席を自身の勢力に引き込もうとしている最中らしい。
「私がどちらかに介入してしまえば、今まで積み上げて来たものは水の泡となってしまうでしょう。あくまで中立を保ってきたからこそ、名目上とはいえ最高責任者の立場に居座れているのですから」
「へぇ……」
上司に振り回されているダミアンの現状を聞き、少し不憫に思った三人だった。
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「ぐ……がぁ…………たす……け……ぇ」
「…………」
ラマニアンホロウの何処かに、一人の大柄な男と小柄な少年がいた。
ホロウレイダーであろうその男は、一刻も早くここから抜け出したい、助かりたい……その一心で必死に助けを求めようとした。
しかし──徐々に灰と化していくその体は、命乞いをする事すら許さなかった。
「…………」
原型もとどめず、青い炎と共に灰塵と化していく男性。その光景を、一人の少年は憂鬱な表情で見下ろしていた。
「────こいつも、違う」