「…………」
タクミは病室のベッドから、窓の外の景色を見る。窓からは夕焼けの空とラマニアンホロウが見える。
儀玄と防衛軍のおかげでミアズマ・フィーンドが討伐され、フェロクスが捕らえられてから、数日が経った。
フェロクスが讃頌会と結託し、人体実験を行っていた事も公となり、TOPSは彼の処遇をめぐり現在一触即発の状態なのだそうだ。
ホロウにあった証拠品は次々と持ち出され、ダミアンの指示のもと調査を行っているとの事。
さらにミアズマ・フィーンドの正体についてだが……儀玄曰く、どうやら讃頌会が彼女がかつてミアズマに残した儀降の記憶を元に作り出した怪物らしい。
自身の辛い過去をあらぬ形で掘り返される。
さぞ不快な事だっただろうが、儀玄は『奴に出くわしたのが"今"の自分で良かった』と言っていた。
少し心配だったが、彼女なら大丈夫だろう。
安全調査も無事に行われ、衛非地区の平和は守られた……と言える。
少なくとも今のところは、だが。
まだ明らかになっていない謎もいくつかある。
メヴォラク司教が生きていた事が明らかになり、未だ目的不明である讃頌会が、再び何かをしでかす可能性だって否定できない。
さらにタクミにとって一番重要なのが、サイガの変身者の行方。
どうやったのかは知らないが、彼はクリムゾンスマッシュを食らう直前のところで逃げ出している。
(奴の手元には、多分例の金色のベルトもある。そうじゃなくても、今俺と乾さんの手元にない事は確かだ……油断はできないな)
破損したサイガドライバーについてはひとまず乾に預け、調査してもらう事になった。
不幸中の幸いというべきか、ラマニアンホロウで新しいオルフェノクが現れたという情報は今現在確認されていない。
深手を負わせられたという証……だと信じたい。
「ゲホッ……ぐ……痛い……」
不意に咳き込んでしまい、その拍子に負傷した体がズキリと痛む。
エーテル爆薬の爆発、ポーセルメックスの社員による尋問、サイガとの戦闘、オルフェノクとの戦闘。
原因に原因が重なり、タクミは真斗を超える重傷を負っていたため、めでたく入院する事になった。
さらに長時間かつ夜通しで体を動かした事によりその疲れが限界を迎え、十数時間は熟睡(気絶)する羽目になってしまったのだ。
そのためいくら呼びかけても起きなかったらしい。
ようやく目が覚めた時に一番に目に入ったのは、涙で顔をぐしゃぐしゃにした大姉弟子の顔だった。
そんなこんなで今は怪我も順調に回復し、退院まであと少しという感じだ。
「…………」
ふと、病室のテレビの画面が目に入る。
何かの化粧品のコマーシャルだろうか。保湿がどうとか、そんなことを言っていた。
そしてそのコマーシャルが終わる。
「!!」
すると急に画面が真っ暗になり、長めのテロップが映し出される。
テロップの内容は、先程のCMの化粧品に関するお詫びの文だった。
ただ、タクミが気になったのはそこではない。
真っ暗な背景。明朝体のテロップ。そのテロップを読み上げる無機質な声。無音。
小さい頃、こういうお詫びや告知のテロップの画面が怖く感じた人は少なくないだろう。
タクミは今でもそれが怖く感じる。
病室にはタクミ以外誰もいなく、聞こえるのはテレビの音のみ。
さらに外はもう日没前でかなり暗い。それらが余計に怖さを助長させていた。
「…………」
いくらなんでもテレビのお詫びテロップが怖いなどと知られたら、一生ネタにされる気がする。
そんなことを考えていると──
ガサッ!!
「!!!!!!!」
静寂な病室の中に、突如聞こえる物音。タクミは咄嗟にテレビを消し、警戒心を強める。
(……あれ? この状況、どこかで)
タクミは『謎の物音』がするこの状況にデジャヴを感じていた。
確か、前に夜の適当観で同じような状況になっていたのを思い出した。
(……! という事は……!!)
タクミが物音の正体にたどり着いたと同時に、小さな影がベッドの向こうから飛び出してきた。
その正体は──お化けの衣装を見に包んだかまちーだった。
「か……かまちー」
「…………」
「は……ハハ……脅かそうとしたつもりだろうけど、残念だったなかまちー! 言っとくけどそう何度もビビる俺じゃ──」
「ばぁぁああああ!!」
「どわぁぁああああ!!」
二段構えは無理ゲーだった。
脅かした張本人の柚葉はタクミを見てニヤニヤする。
「いや〜、相変わらず良い驚きっぷりだよね〜タクミくんは!」
「柚葉……その辺にしとけよ、一応怪我人だからな」
柚葉の他にも真斗やアリス、アキラとリンも病室に入ってきた。
「タクミ、怪我の具合はどうかしら?」
「順調に回復してるって言われた。今週中にはもう退院できるかもな」
「あんだけの怪我でもう退院すんのか……回復力すげぇな。ま、何はともあれ無茶すんのはこれっきりにしとけよ」
「真斗〜? 無茶すんなってどの口が言ってんのかな〜? タクミ程じゃなかったけどアンタも結構重傷だったでしょ」
「あー……、はは……そうだっけか……」
バツが悪そうに笑う真斗。
タクミ目線、入院せずに済んだ真斗の方がヤバいと感じるのは気のせいだろうか。
「? タクミ、なんか服についてるよ?」
「ん?」
リンがタクミの着ている服に付いているものをつまんで取る。
「……黄色い髪の毛? タクミ、昨日誰か来たの?」
「え、ああ……昨日雲嶽山の大姉弟子が見舞いに来てさ。多分その人のじゃねぇかな」
福福はタクミが目覚める前も目覚めたあとも数時間は離れることは無かった。
多分今日もやってくるだろう。
「…………ふーん?」
「?」
タクミの言葉に、何やら柚葉は不満気だった。
「……ま、そんなことは置いといて……タクミ、退院したらさ……『怪啖屋』のメンバーに入らない?」
「怪啖屋……ってなんだ?」
「怪啖屋というのはあらゆる不思議な話を共有したり解決したりするインターノットの専門掲示板の事。私と真斗も、柚葉に誘われて怪啖屋の一員になったのだわ」
「不思議な話って言うか……怪奇現象とか怖い話とかそこら辺かな。すっごく面白いからさ、タクミも一緒にどう?」
「えっ……い、いや俺は……」
「参加するよね!?」
タクミはアキラとリンにアイコンタクトで助けを求める。
アキラは気まずそうに、リンはわざとらしく口笛を吹きながら目を逸らした。
真斗は憐れみの目でこちらを見ている。アリスの方を見る。
「…………!!」
彼女はむしろ入って欲しそうな眼でこちらを見ていた。『怪談の調査も二人なら怖くないのだわ』とでも言いたげな眼だった。
「…………入ります」
「やったー! それじゃよろしくね〜!」
こうして押しに弱いタクミはめでたく怪啖屋のメンバー第n号になったのだった。
「ま、そこまでガッチガチの感じじゃないからさ。気楽に参加してよ!」
「分かった……あ、そうだ。別に今すぐじゃなくて良いけど……行ってみたい場所があるんだよな」
「行ってみたい場所?」
「ああ」
「柚葉が住んでたって言う──竜宮城!」
「…………え?」
空気が凍る。
そして柚葉とタクミ以外の全員の表情が強ばった。
「ほら、泅瓏囲で言ってただろ? 柚葉は前に竜宮城に住んでたって。もしそこの場所が分かったらさ、俺一回で良いから行ってみたいんだよな〜」
「…………!?」
(な……何言ってんだアイツ!? 今竜宮城って言ったか!?)
(も、もしかして……タクミには柚葉が元々実験体だったって事、聞いていないんじゃ……?)
(聞いていない……!? リン、タクミには柚葉の事は話してないのかい……?)
(いや、てっきりもう知ってるものだとばっかり……! ていうかタクミ、竜宮城の話ずっと信じてたの!?)
タクミはホロウ内のゴタゴタにより、柚葉が実験体だと言うことを一人だけ知らない状態だった。
さらに心配になるレベルの天然さとピュアさで、柚葉が話した自身が竜宮城のお姫様であるという話を今の今まで信じきっていた。
フェロクスが彼女の身を狙うのも、きっとその特殊な出自が理由なのだと勝手に思い込んでいたのだ。
「…………」
柚葉はタクミの言葉を聞いて、何も言わなかった。
このままではマズいと、リンは急いで弁明しようとする──
「っ、ぷっ……あははははははっ!!」
「!?」
ところが柚葉は、彼の言葉に怒るどころか大笑いし始めてしまった。
「ゆ、柚葉!? なんで笑ってるんだ!?」
「あはははっ!! りゅっ、竜宮城って……ふっ、あははっ、ダメ、お腹痛──あははははっ!!」
しばらく彼女の笑いが収まることはなかった。
次回から番外編を挟み、2-3章に入ります!