試練
六分街、BOX GALAXY近くのベンチにて。
タクミはワクワクした顔で、レジ袋の中からとあるものを取り出す。
それは、新発売のぶどうジュース。
衛非地区からRandom Playの様子を見に来るために定期的に六分街へと戻ってきているタクミ。
ちょうど『141』でめちゃくちゃ美味しいと評判のジュースがあると言う噂を小耳に挟み、それを買ってきたのだ。
プルタブを開け、早速ひとくち飲む。
甘さがくどすぎず、ちょうどいい具合。さらにぶどうの風味も満遍なく感じられ、とても美味。
もう一回飲みたいと、そう思わせるような美味しさだった。
(うわ……これハマるかもなぁ)
(え、それじゃあニトロフューエルはもういいの……!? うわーん、浮気者っ!!)
「!?!?」
急に声が聞こえた。
聞き間違いでなければ、バーニスの声だったが……周りを見ても誰もいない。
(え……何だ……? 今の、幻聴か……!?)
ニトロフューエルというものがありながら、ぶどうジュースに浮気する。
その行為に対する潜在的な罪悪感が、幻聴となって聞こえてしまったのだろうか。
ただのヤバいやつである。
(てかそもそも、何飲もうと俺の勝手だし……幻聴も多分気のせいだろ、うん!)
あっという間にぶどうジュースを飲み干し、タクミはベンチでゆっくりくつろぐ。
ここのベンチは妙に座り心地が良い。そのせいか、ベンチに座るタクミの瞼は徐々に下がってきていた。
「…………」
このような場所で昼寝とはあまりお行儀の良い行為ではないだろう。
それは彼も分かっているが、それでも迫り来る眠気にはどうしても勝てなかった。
「…………あら?」
パトロールを終え、六分街にやって来た朱鳶。
ビデオ屋に寄ろうと考えていた時、ちょうどベンチで眠りこけてるタクミを目にした。
「もう、こんなところで……」
気持ち良さそうに眠るタクミを見て、思わず笑みがこぼれてしまう。
このまま眺めていたい気持ちがない訳では無いが……いくら治安のいい六分街でも、無防備に寝ていたら安全とは限らない。
名残惜しいが、朱鳶はタクミを起こす事にした。
──そんな彼女に、試練が立ちはだかる。
「にゃあ〜」
「……っ!?」
起こそうとした矢先、タクミの膝元に猫がやってき、ストンと座り込んだ。
肩をトントンとして起こそうと考えていたところに、この予想外の障害。
これでは触ろうとした際に、猫が飛びついてくるかもしれない。
(お、落ち着くのよ朱鳶……! 起こすだけなら声をかければいい話……!)
朱鳶は、近所迷惑にならない程度の声でなんとかタクミを起こそうと試みる。
「た、タクミくん……!」
「…………」
「タクミくん……! 起きてください!」
「…………」
(ダメ……! 凄い気持ち良さそうに寝てる……!)
眠りが深いタクミは、基本的に声かけのみで起きる事はない。
となればなんとかしてタクミの体をゆすり、起こさなければならない。
朱鳶はひとまず猫を追い払おうと考えた。
「しっしっ……! あっちに行って……!」
「にゃあ〜?」
猫は朱鳶を見つめた後……にゃあと一声鳴いたあと、ぴょんと飛びかかってきた。
「きゃっ……!! ちょっと!」
持ち前の反射神経で咄嗟に避けたが、猫は諦めず飛びつこうとしてくる。
避けるのに夢中になっていたあまり……朱鳶は足がもつれ、バランスを崩してしまった。
「っ!!」
寝ているタクミにぶつかりそうになってしまうところを、咄嗟にベンチ後ろの壁に手をつけ、事なきを得る。
そのまま倒れていたら、怪我をさせてしまっていたかもしれない。幸運だった。
その安心もつかの間、朱鳶は我に返る。
ぶつかる事はなかったとはいえ、朱鳶は壁ドンのような形でタクミに覆いかぶさり、なおかつ至近距離まで顔を近づけてしまっていたのだ。
「…………!! ……!!」
それに気づいた朱鳶は、顔を真っ赤にする。思考が飛び、安心が恥ずかしさの感情で上塗りされる。
ひとまずこの状況を見られたら間違いなく誤解されるだろう。
タクミが寝ていて全く気づいていないのが幸運だった。気づかれないよう、そっと離れる──
「何をしておるのだ、朱鳶」
「!!!!」
振り返って見れば、先程の猫を抱きかかえている青衣がこちらをじっと見つめていた。
「せ、先輩……!! 違うんです、これはそのっ……!」
「皆まで言わなくてもよい。我には全て分かっておる」
「先輩……」
「ぬしに一言、ピッタリの『あどばいす』を授けよう。"据え膳食わぬは"──」
「だから違いますってば! タクミくんは寝てるだけですからね!?」
未だ呑気に眠りこけているタクミを横目に、朱鳶は青衣にこれまでの経緯を説明する。
「……ふむ、そのような事が」
「色々あったせいで、本来の目的が頭から抜け落ちてましたが……猫がいなくなったおかげで、ようやくタクミくんを起こせそうです」
「…………」
「……どうかしましたか、先輩?」
「いや何、これ程気持ちよさそうに眠っておるのだ。いっそ起こさぬ方が良いと思えてきてな」
「え!?」
衛非地区でリン達と共に様々な事件を解決してきたタクミ。
タクミ自身でも気づかないまま、その疲れは溜まりに溜まっていたのだろう。
すぐ近くで二人が話しているのに、全く起きないのがその証拠だ。
「で、でもここで起こさないと……いくら六分街とは言え、外で寝るのは少し危険では?」
「なに、我らが見守っておればなんの問題もあるまい」
「た、確かに……」
突っ込むかと思いきや、普通にすんなりと納得する朱鳶。タクミの事になると、幾分かポンコツになる気がする。
「でも、ベンチに座ったままだと寝にくそうですよ。体も痛めてしまうかもしれませんし」
「ふむ……ならば寝やすい姿勢にする必要があるな」
「寝やすい姿勢?」
「うむ。朱鳶よ、ここは一つ……膝枕をしてやると良い」
「膝枕!?いえ、私はそんな……!」
「この時間帯は人通りも少ないゆえ、誰かに見られる心配もなかろう」
「う……」
「ほれ、何を突っ立っておるのだ。躊躇うならば、膝枕の役目を引き継いでもかまわんのだぞ?」
「やります」
「踏ん切りをつけるのが早いなおぬしは……」
朱鳶は意を決してタクミの隣に座り、彼の頭をゆっくりと、自身の膝の上に移動させる。
「だ、大丈夫でしょうか……?」
「心配するでない。心なしか、先程より気持ち良さそうに眠っておるぞ」
「そうですか、それなら良かった……」
「では、あとは頼んだぞ朱鳶」
「はい」
「…………えっ!? ちょ、先輩!?」
ここで青衣、朱鳶に全てを投げ出して離脱。
猫を抱えながら、サムズアップをしその場を後にしていった。
絶賛膝枕中である手前、追いかける事もできず……この場に残ったのは、タクミと朱鳶のみになった。
「…………」
朱鳶はふと、自身の膝で安らかに眠っているタクミを見下ろす。
髪を優しく撫でる。それに対しむず痒そうな顔をするタクミを見て、ほっこりとした気持ちになった。
「にゃあ!!」
「!?!?」
ところがそのほっこりとした気持ちは、三毛猫の襲来によって消し飛ばされた。
あっという間にパニックに陥る朱鳶。
再び彼女は猫を遠ざけるべく壮絶な戦いを強いられることになった。
そしてその戦いの末、彼女は──
「…………ん?」
「あ……た、タクミくん」
どういうメカニズムでそうなったかは分からないが、朱鳶はベンチの上でタクミを押し倒すような形となっていた。
そして不運なことにタクミはこのタイミングで目覚めてしまい、至近距離の朱鳶と目が合った。
「あ、あ……」
「……え、なんで朱鳶さんがここに? つーかなんでこの体勢───」
そこから先は記憶がなかった。
突如首に強い衝撃が走ったと思ったら、タクミはいつの間にかビデオ屋にいたのだ。
ビデオ屋には、申し訳なさと恥ずかしさが入り交じったような表情をする朱鳶の姿があった。