今日は何かを買いに行こう。そう思ったタクミはいつもの様にルミナスクエアへと訪れていた。
とは言え、何を買うかは実は決めていない。普通は決めておくべきだろうと思うだろう。
ただ、そんな日があってもいいじゃないかと、タクミは誰に言うのかも分からない言い訳を頭に浮かべた。
グラビティシアターの前を通りがかり、ふと映画のポスターが目に入る。
それを見て『映画を見るのもいいかもしれない』と言う半ば優柔不断な考えが浮かんでいた、その時──
「やっっっと見つけましたわっ!!」
「?」
聞き覚えのある声が後ろから聞こえ、振り返ってみると、ルーシーがこちらへツカツカと歩いて来ていた。
……ただし、ものすごい形相で。
「……えっ、ルーシー──」
「こんの○◇☆野郎! 今度という今度は絶対に許しませんわ!!」
「!?!?!?」
胸ぐらを掴まれ、路地裏に連れていかれ、壁に思い切り背中を叩きつけられる。
挙句の果てには物凄い罵倒を食らった。
何故ルーシーはここまで怒っているのか。ここまで怒らせるようなことをした覚えは無い。
精々火鍋屋でルーシーよりも十秒早く鍋を完食したぐらいだ。
必死で心当たりのある出来事がないかを思い返していると……ルーシーが胸ぐらを掴んだまま、こちらに小声で話しかけてきた。
「タクミ、いきなりでごめんあそばせ……少し協力してくださいまし」
「きょ、協力?」
「訳は後で話しますわ……! とりあえず、ここで派手に喧嘩しますわよ!」
「喧嘩って何を……!」
「何でもいいですわよ! 罵倒し返すとか、色々あるでしょう!」
急に難題を吹っかけられるタクミ。そんな事はお構いなしに、ルーシーはさらなる罵倒(演技)をタクミに浴びせかける。
「聞いてますの!? このヘタレ▽△☆!! 立ち振る舞いの所々にビビりな性格が見え隠れしてるのが丸わかりですの!! △◇○!! □◇△!!」
R-15タグすら付けていない本作では到底お流しできないレベルの罵倒の嵐を浴びせるルーシー。
それに対しタクミは──
「…………」
「……な、なんですの」
沈黙。ただひたすら何も抵抗せず、無表情でルーシーを見下ろしていた。
それに対しルーシーは少し怯むものの、臆せず罵倒を続ける。
「黙ってないでなんとか言いやがれってんですの!! ☆▽□!! △◇□ の ◇☆○野郎ですわ!!」
「…………」
何を言われようとも、タクミの表情は変わることは無い。
怒っているわけでも、泣いているわけでもない。何を考えているのかが、全く分からなかった。
……と、そんな時。
突如スーツ姿の男が現れ、タクミに詰め寄る。
「おいお前!! ルーシーお嬢様になんて顔をしやが……ひぃい!! お、お嬢様!!」
「出やがりましたわね!! この◇☆○!! お嬢様と呼ぶなと、何度言ったら分かるんですの!!」
ルーシーは標的をタクミからスーツ男に変え、先程よりもブチギレた様子で鞭をふるい、男を速攻で追い返していった。
「二度と来るんじゃねぇですわ!! …………本当に、あの男は……」
「…………」
「タクミ、もういいですことよ。ご協力感謝しますわ。ご迷惑をおかけしましたわね」
「…………」
「……タクミ?」
ルーシーの言葉に、何故かタクミは答えない。
「…………タクミ? もう演技はしなくてもよろしくてよ?」
「…………」
いくら呼びかけても、答えない。先程までと同じ表情のままのタクミに、ルーシーは焦りを見せる。
タクミの表情は、てっきり『罵倒に対し無言で睨み返す』と言った類の演技かと思っていたが……
まさか本心から、その表情をしていたのだろうか。
「……た、タクミ。その……先程は演技とは言え、少し言い過ぎましたの。どうか気を悪くされないで」
「…………ルーシー」
「?」
「ごめん、ずっと考えてたけど全然罵倒文句が浮かばない──」
「せぃやあああああ!!!」
「ああああああああああ」
罵倒のボキャブラリーが皆無に等しいタクミ。
ルーシーの罵倒も聞こえないほどにひたすら罵倒文句を考え込んでいたせいで、彼は今の今までずっと無表情だったのだ。
そんな彼に、ルーシーは協力の礼として卍固めをお見舞いしてあげた。
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「全く……こっちの心配を返しやがれってんですの」
「ごめん……」
「はぁ……まあいいですわ。ただし罰として、今日は一日私の買い物に付き合う事!」
「わ、分かった」
どの道今日は暇だったのでやる事ができるのはありがたい。
「ところでさ、なんで急に喧嘩しようってなったんだ?」
「あ、貴方……本当に周りが見えない程考え込んでいましたのね───別に、どうって事ありませんわ。私のお父様が、凝りもせずに同じ愚行を繰り返している……それだけですわ」
「凝りもせず……か。今までも何度もあったのか、こういう事」
「ええ、ウンザリする程には。前回はプロキシさんと一緒にいた時に起こりましたわね。毎回色々な方法で乗り切って来ましたけど……本当に凝りもせずにあの男は……」
再びイライラした様子でそう言うルーシー。
彼女の様子を見るに、恐らく今の彼女の一番の悩みの種なのだろう。
「まあ、どうせ何度来ようとも気が変わる事など有り得ませんわ。私の生き方を決められるのは、私自身を置いて他に存在しませんもの」
「…………」
「……この話はもう終わりですわ。今日はお洋服を買う予定ですの、荷物持ちは任せましたわよ!」
「あ、ああ……」
そしてルミナモール内の服屋へとやって来た二人。
この服屋は様々な種類の服を取り揃えている。
「タクミ、先程協力してくれたお礼に貴方のお洋服を買って差し上げますわ。どれがよろしくて?」
「え、いいの? じゃあこれ」
「ちょっと、いくらなんでも早すぎますわよ……ちゃんと選びなさいな」
「いや、俺こういう無地のパーカーが良いんだって。適当じゃないよ」
「随分と保守派ですわね……貴方ならもう少し派手なのも似合いますことよ。この私が直々に選んで差し上げますわ!」
タクミとしては無難な服が良いと考えているが、ルーシーはそうでもないようだ。
確かに、他の知り合いと比べタクミの服装は少し地味に見えるだろう。
もしかしたら、ルーシーのチョイスに任せると幾分かマシになるかもしれない。
そう考えたタクミは、彼女に任せる事にした。
…………任せた結果、数時間を溶かす羽目になったが。
「────これですわ! 今の貴方には、これが一番お似合いですの!」
「…………」
長きに渡るファッションショーの末、ルーシーが決めたのは……タクミが着るにはあまりに派手すぎるコーデだった。
「る、ルーシー……コレは……」
「言わなくてもよろしくってよ。この外見なら、どこへ出しても恥ずかしくない完璧なコーデ!」
「まあ、そうだな……
タクミが着ているのは、カリュドーンの子のメンバーが着ているような刺々しい服装。
この服を着て出歩けば、間違いなく走り屋と間違われるだろう。
タクミ自身、これをダサいと思っているわけではない。むしろかっこいいと思っている。
ただ、今は衛非地区をメインに活動しているため、この服だと少し目立つかもしれない。
…………そんなことを、数時間かけて服を選んでくれた彼女に言う訳にはいかない。
「…………ありがとなルーシー。ありがたく貰っておくよ」
「礼には及びません事よ──ってあら? もうこんな時間ですのね……」
ルーシーは時計を見てそんな事を言う。
確かにタクミも、数時間試着室で立ちっぱなしだったおかげでかなり疲れた。
もう日も暮れるし、そろそろ解散の時間だろう──
「次は……私の服ですわね!」
「!!」
「タクミ……貴方の感想、期待してますわよ?」
「…………ああ」
タクミは