「…………」
ちょうど正午に差し掛かり、お昼ご飯時となった昼の澄輝坪。
この街へと訪れたアンビーは、無表情で何かを見つめていた。
「ワンッ!」
アンビーが見つめていたのは、一匹の犬。お行儀よく、尻尾を揺らしながら彼女を見つめ返していた。
「貴方、迷子なの?」
「ワンワンッ!」
当然だが言葉は伝わらず、依然元気な声で返事をする犬。
この犬には首輪とリードが付いており、散歩中に飼い主とはぐれてしまったのだろうと推測できる。
出来れば飼い主を探してあげたいが……アンビーは衛非地区の事をよく知らない。
(……そういえば、近くにペットショップがあるって聞いたような)
ひとまずそこに行けば何か情報が得られるかもしれない。そう考えたアンビーは早速そこへと向かおうとする。
すると──
「ワンッ! ワンワンッ!」
「わっ……」
突然犬がアンビーへと抱きつき、顔をペロペロと舐め始めた。
この犬はかなり人懐っこいようだ。
さらにその犬をよく見てみると……
「……貴方、なんだかタクミに似てる気がするわ」
「ワフ?」
具体的にどこが? と聞かれたら言語化するのは難しいが……とにかく色々と似ていた。
…………アンビーはなぜか、無性に目の前の犬に抱きつきたくなった。
「…………モフモフね」
「ワン!」
少しくらいなら良いだろう、とアンビーは犬に抱きつき、モフモフを堪能する。
抱きつかれた犬の方も、特に逃げることもせず元気よく鳴くだけだった。
「……? 何やってんだ、アンビー」
「あ、本物のタクミ」
「なんだその呼び方」
たまたま通りがかったところに、変な呼び方をされ困惑するタクミだった。
「──なるほどな。確かにケアンさんとこの店なら、飼い主もすぐに見つかるかもな」
タクミは犬を撫でながらそう言う。撫でられている犬は、とても心地良さそうにしている。
「……それよりもさ、アンビー」
「?」
「お前、俺とコイツが似てるって言うけど……言うほど似てないだろ」
「そんな事はないわ、とても似てると思う。他の人に聞いても、きっと同じことを言うはず」
「……えぇ、ええ〜?」
タクミは大人しくお座りしている犬を撮り、リンにノックノックで写真を送る。
数秒後、返信が届いた。
[だれ、その子!]
[めっちゃタクミにそっくりじゃん!]
[(犬の絵文字)]
[(サムズアップの絵文字)]
「…………」
「…………」
「いや、そんなドヤ顔でみんなよ! たまたまだろ、姉ちゃんの感性が──」
「すみませーん!」
「!」
声がした方を見ると、飼い主と思しき女性がこちらへ走ってきていた。
「ワンワンッ! ワン!」
犬も女性の姿を目にすると、一目散に彼女の元へと駆け出した。
「すみません! うっかりリードを離してしまって、その隙にこの子が逃げ出しちゃって……! お二人がいなければどうなってた事か……」
「気にしないでください。無事で何よりです」
飼い主は頭を深く下げたあと、犬とともにその場を後にした。
……立ち去る前、飼い主はなぜか犬とタクミを交互に見ていたが、きっとタクミが気にする事ではないはずだ。
「……今、あの人──」
「やめろ! 言うな、言わなくていい……きっと気のせいだ───てか聞きそびれてたけど、今日はなんで衛非地区に来たんだ?」
「今日は衛非地区限定のハンバーガーを食べに来たの」
「ハンバーガー? 澄輝坪にあったっけ、ハンバーガーショップ」
「ここから少し離れた場所にあるわ。ここから歩いて十数分くらい」
そのメニューはどうやら期間限定らしく、邪兎屋の仕事がない日を狙い、衛非地区へと訪れたらしい。
「なるほど……それで一緒に食べようって?」
「勿論それもあるけど……貴方を誘ったのは、協力して欲しい事があるからなの」
「協力?」
「うん、今そのハンバーガー店では姉弟専用の割引キャンペーンがあって。二人で来ると、セットメニューが安くなるらしいわ」
「なんだそれ……」
『兄弟』でも『兄妹』でも『姉妹』でもなく『姉弟』。
変なキャンペーンだ。
「……まあ、事情は分かったよ。俺に……弟のフリをしろって言いたいんだな?」
「うん」
「でも、大丈夫か? 俺ら全然似てないけど」
「問題ないわ。『義姉弟』でも割引は適用されるみたいだから」
「マジでどういうキャンペーンなんだ……」
アンビーが大丈夫だと言うなら大丈夫なのだろう。弟のフリをしろと言っても、いつも通りにしておけば問題はないはずだ。
時刻を見ればちょうど昼食の時間。二人はそのハンバーガー店へと向かう事にした。
───────────────────────
「いらっしゃいませ〜!」
澄輝坪からしばらく歩いた後、目的のハンバーガー店に着いた二人。
いつも行っているルミナスクエアのチェーン店ではなく、個人経営のハンバーガー店だった。
「ご注文をどうぞ!」
「このハンバーガーのセットを二つ。サイドメニューは──」
いつも通り注文していく。個人経営だからか人は少ないが、店内は中々良さげな雰囲気だった。
すると注文を聞いていた店主が尋ねる。
「お二人はご姉弟でしょうか?」
「ええ、義理の姉弟よ。姉弟割があると聞いたのだけど」
「了解しました! それでは身分証明のため──」
「そちらの男性の方、隣の方に『お姉ちゃん』と言って頂けますでしょうか!」
「!?!?」
衝撃の要求にタクミは動揺を隠せない。
弟のフリをしろとは言われたが、まさかロールプレイまでするとは聞いていない。
というか身分証明でなぜそんなことをする必要があるのか。
(え……やらないとダメな感じ?)
「…………」
アンビーは期待の眼差しでこちらを見つめている。
割引のためだ、こうなっては仕方がない。タクミはアンビーの方を向いて、口を開いた。
「…………姉ちゃん」
「…………」
「おねえちゃん!!」
「はいありがとうございました〜! それでは姉弟割、適用させていただきますね!」
店主は満足そうな顔で奥の厨房へと向かっていった。
「……マジでなんなんだよこの店は」
「ここの店主、『姉弟萌え』らしいの」
「だから姉弟割とかやってんの? 自由過ぎるだろこの店……」
───────────────────────
ハンバーガーを食べたあと、再び澄輝坪に戻ってきた二人。
期間限定のハンバーガーだが……味はかなり良かった。姉弟萌えであることを除けば、かなり良質なハンバーガー店と言えるだろう。
「美味しかった?」
「ああ、美味かった」
「…………」
「……美味しかったよ、お姉ちゃん」
「そう、喜んでくれてよかった。お姉ちゃんも嬉しいわ」
「撫でなくていいよ……」
タクミを撫でようとするアンビーの手をペシッと振り払う。
「てかそれよりも、ホントに良かったのか? 俺の分まで払って」
「大丈夫。お金にはかなり余裕があったから」
「余裕があったのに姉弟割とか使おうとしたのか?」
「…………」
「……なあ、お前俺にあんな事言わせたいから、姉弟割とかいうのを使ったんじゃないだろうな」
「……そんな事はないわ」
「こっちを見て言えこっちを」
前持ってホームページの内容を見ておくべきだったと後悔していると、突如聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あれ? タクミー!」
「ん? ……おお、柚葉か」
「って、アンビーもいるじゃん! ぐうぜーん!」
「柚葉……ここで会えるなんて」
「? 二人、知り合いだったのか?」
「ええ。映画館で知り合ったの」
「もうすっかり映画友達だからね〜柚葉達は! でもまさかタクミとも知り合いだったとはね〜」
同じ映画で泣いたり、笑ったり、感情を共有できる友達はかけがえのないものだろう。
「今度三人で映画を観ましょう。タクミも、映画にはかなり詳しいの」
「買い被りすぎだよ。お姉ちゃん程じゃないから」
「───えっ、今アンビーの事『お姉ちゃん』って言った?」
「あっ」
向こう一週間は柚葉にからかわれることが確定したタクミだった。