ラマニアンホロウを脱出した後、衛非地区の海覧通りにある駐屯地に戻ってきたリン達。
鬼火はイゾルデに成果を報告する。
『偵察任務は問題なく完了した。讃頌会の連中……我らオボルスの前では話にならなかったな。なぜ対ホロウ行動部や治安局が手を焼いているのか、見当もつかん』
「全てはイゾルデ大佐の機密な戦略と、プロキシ殿のご活躍のおかけであります! パエトーンとファイズに関するインターノットの噂は、本当だったんでありますねぇ……」
『……ん? ちょっと待て、オルペウスお前! 私に隠れてインターノットなどという違法サイトを閲覧してたな!?』
「はっ!!」
やらかした、と言った表情を浮かべるオルペウス。鬼火は呆れた様子でため息を吐く。
『……讃頌会の本拠地がある場所の座標は既に確保しているとは言え、道中で発見したオブスキュラやサクリファイスとやらは依然厄介だな』
「鬼火隊長、慢心はするな。今回遭遇した讃頌会の人間は、奴らの本当の目的を隠すための……言わば"おとり"に過ぎないかもしれないからな」
「讃頌会の捕虜が言ってた『最後の牲祭』ってのも気になるしね……」
「うむ……それはそうと二人とも、ホロウでのオボルスとの共同作戦……どうだったかな? 鬼火隊長が無礼を働いていないといいのだが」
『…………』
「「…………」」
イゾルデの質問に、リンとタクミは顔を見合わせる。
「……まあ、ちょーっと毒舌なとこはあったけど……皆しっかりサポートしてくれたよ! サクリファイスが出た時だってすごく心強かったし!」
「そうか。その様子だと『対パエトーン用臨時言語規範』はあまり意味を成さなかったようだが……まあ、良いだろう」
『ま……まあ、プロキシ君のサポートが無ければ、この作戦もここまで順調には進まなかったかもしれないな』
「おお……ついにいがみ合いが終わり、和解の瞬間でありますね!」
厳かな雰囲気が柔らかくなり、朗らかな感じになろうとしていたが……鬼火は『だが、』と言葉を続ける。
『それ程の腕がありながら、なぜ『プロキシ』などという不名誉に甘んじている? 軍に入って階級を貰い、新エリー都を守るために身を尽くした方がいいだろうに』
「! 不名誉って、そんな事ないよ。確かに日陰者かもしんないけど……他の悪党よりは、正しい事してるって自覚はあるから」
『どうだかな……お前達プロキシは、合法的な市民を、どれだけホロウという地獄に引きずり込んできた? お前達アンダーグラウンドの人間がどれだけ信用ならないか──』
「隊長」
『!』
鬼火の言葉を遮る、一人の声。
その声の主は……先程まで黙って会話を聞いていたタクミだった。
『…………なんだ』
「さっきの言葉、訂正してください」
「……タクミ」
『フン、異論があるのか? 事実だろう』
「事実じゃない。姉ちゃんは……そんなプロキシじゃない」
タクミは鬼火を見つめる。
彼の言葉は決して語気の強いものではなかったが……その眼には、確かな怒りが込められていた。
『…………』
「……すみません、ちょっと休憩してきます」
「あっ、た……タクミ殿!」
タクミは覇気のない声でそう言ったあと、静かにその場を離れていった。
「はぁ……やれやれ、言語規範には新たに書き加えておく必要があるか」
「鬼火隊長……お言葉ですが、先程の発言は思慮に欠けたものであったかと……」
『……』
「それにしても隊長、言い返さなかったなんて珍しいね〜」
『…………フン。年端もいかん子供と言い争う趣味など、私にはない』
「隊長……」
『…………』
(あーやばい……久しぶりにやらかした)
タクミは一人離れた場所で、夕日に照らされる海を眺めながら、自己嫌悪に陥っていた。
今のタクミの中に、鬼火に対する怒りは既にない。
あるのはあの状況でカッとなってしまった自身への嫌悪感のみ。
(疲れてたのか……? なんで言い返したんだ俺は……)
彼女らのいがみ合いは今に始まったことでは無い。
勿論鬼火の偏見に何も思わなかった訳では無い。姉の事を悪く言われ、ムッとした事は確かだが、スルーすることだって出来たはずだ。
タクミが口を挟まなくても、自然に終わっていたはず。
(俺が口を挟んだせいで余計に……早く謝りにいかないと──)
「タクミ殿?」
「おわあっ!?」
すぐに戻ろうとした矢先、オルペウスの顔が眼前に写り悲鳴を上げてしまう。
「だ、大丈夫でありますか……?」
『フン、随分とビビりなんだな。変身してる時とはえらい違いじゃないか、タクミ』
「す……すみません、昔からこうで──ってえ?」
『…………なんだ、その眼は。お望み通り、名前で呼んでやっているだけだぞ』
「…………」
『……言いたい事があるなら言ったらどうだ』
「いや、その……すみません隊長。さっきは、カッとなってあんな事を……」
「えっ? ど……どうして貴方が謝るのでありますか?」
オルペウスは素っ頓狂な声をあげる。てっきりタクミはまだ怒っているのだと思っていたからだ。
「第三者が感情に身を任せて余計な口を挟んだせいで、余計拗れて……でも、姉ちゃんは本当に悪い方のプロキシじゃないんです。それだけは信じて欲しくて……本当にすみません」
「だ、大丈夫でありますよ! 言うほど拗れてはいませんから! リン殿も、貴方のことを心配されていたでありますよ!」
『ま、まあ……私も少しは、冷静でなかった部分もあったかもしれん。私は特に、お前の言ったことを気に留めては──お、おい! やめろタクミ、頭を上げろ!』
深々と頭を下げるタクミ。オルペウスは慌てて彼を止める。
『コホン! とにかく、お互い先程の事は水に流すぞ! これから長い付き合いになるかもしれないんだ、いつまでも引きずっていては作戦の成否に関わる。いいな!』
「は……はい」
『ほら、いい加減シャキッとしろ! 男がそんなんでどうする!』
「えへへ、これで仲直りでありますね……あっ」
『? どうした、オルペウス』
「鬼火隊長の言う通り、確かにこれから長い付き合いになるわけですから……かしこまった呼び方や喋り方は不要、でありますよね?」
タクミはオルペウスやシード相手に、一応防衛軍だからと敬語で接していたが……オルペウスはそれは不要だと伝えた。
「それじゃあ……オルペウス、これでいいか?」
「はい! それにしてもタクミ殿は、自分が思ったよりもずっと繊細で可愛げのある方でありますね!」
「!!!!!!」
『お、おいオルペウス……今のお前の言葉でタクミが今日一のダメージを受けているぞ』
「えっ!?」
しばらくした後。
タクミは鬼火達と一緒に、ロレンツ少将と面会しに行ったリンを待っていた。
なぜか、鬼火達は非常に緊張した面持ちだった。ただ会うだけなのだが、何をそんなに気負っているのだろうか。
「……なあ、オルペウス。ロレンツ少将ってどんな人なんだ? ある程度はここに来る前に聞いてるけど」
「じ……自分の口から言うのは憚られるであります……」
「まあ少なくとも、あのおじさんと君の波長が会わないってことは確かかな〜」
「それに関しては、違いないわね」
「そんなに……」
……と、その時。面会を終えたリンがイゾルデと共に戻ってきた。
「鬼火隊長! 甘んじて拷問を受けに行ったプロキシ殿が、無事帰還したのであります!」
(拷問……)
『脈拍、顔色ともに異常なし。あの試練を無事に乗り越えるとは、やるじゃないか』
「まあ、拷問なんてプロキシの手にかかればするりと抜け出しちゃうからね」
「ゴホッ……まあ、少将が一筋縄ではいかない人物とは言え、オブシディアン大隊で市長の特使が拷問されるなどという事態があってはならない。それと今回の作戦について、諸君らに伝えておかなければならない事がある」
「ロレンツ少将からの命令だ。これから作戦完了まで、リンくんとタクミくんの澄輝坪への外出及び対外的な連絡を、一時的に『制限』する」
「…………!?」