タクミの視線の先には、一人こっそりスナック菓子を食べるオルペウスの後ろ姿が。
叱る役割である鬼火は現在スリープモード。
トリガーの言う『特別夜間作戦』と言うのは、オルペウスを脅かし物資を略奪するという恐るべき作戦だったのだ。
「語弊がありますよ。あくまで皆でお菓子を分け合うというだけです」
「オルペちゃんは隊長に内緒で『禁制品』を食べてるからね〜。身も蓋もない言い方をしちゃえば、僕達はそれにつけ込んであやかろうって話だね」
「結局脅かしてんじゃん」
作戦の内容は、オルペウスにバレないよう後ろから近づき、びっくりさせちゃおうというもの。
シードかトリガーがやれば良かったものの、よりによってこの二人はタクミを脅かす役に指名してきた。
正直、どうすればいいのかが分からない。
タクミと言う少年は面白い程にビビりな性格のおかけで、よく一部の友人に脅かされてきた。
……故に、自分が脅かす側には今まで一度もなった事がなかったのだ。
「トリガーさん……びっくりさせるってどうやればいいんだ……?」
「大丈夫ですよ。狙撃手のように息を殺して、そっと近づき……後は貴方の好きなような脅かし方で」
「好きな脅かし方とか無いんですけど……まあ、分かりました」
というわけで作戦開始。
タクミは息を殺し、オルペウスの背後まで近づく。彼女はレモン味のスナック菓子を音を立てずに食べるのに夢中で、背後には気がついていなかった。
無事、至近距離まで近づく事に成功。
ここまではいい。ここからが問題だ。
(脅かす……どうやって?)
仕方ないので、最近やられた脅かし方を実践してみる。
一週間ほど前に、柚葉にやられた方法だ。
タクミは未だこちらに気づかないオルペウスにそっと両手を伸ばし──
「…………ふっ!!」
「きゃぁあああああっ!?」
「「おお〜」」
──そのまま後ろから、両手でオルペウスの顔を挟んだ。
夜風で冷えた手は、オルペウスをビビらせるのに十分な温度だった。
飛び上がったオルペウスは振り返る。
「た、た、タクミ殿!? ど……どうしてこんな所に……!?」
「中々いい奇襲だったわ、タクミ」
「随分可愛い脅かし方だったけどね〜」
「貴方たちまで……あっ! という事は、まさかまた……!」
「ふふ……」
シードはニヤリとしながらオルペウスを見る。
「オルペちゃーん? 隊長に『禁制品』を食べてる事、バラしちゃっても良いのかな〜?」
「き、禁制品ではないのであります! 第一それは、鬼火姉さんが勝手にそう指定しただけで……!」
「ふーん……?」
「と……とにかく! 今回こそは諦めてください! この物資は自分のものです!」
「まあまあ、そう言わず。一緒に共犯者になりましょう? タクミくんも一緒に」
「マジすか……」
まあやらされたとは言え、脅かした本人であるタクミが我関せずなどという訳にはいかないだろう。
と、そんな時。
「あれ? 皆どうしたの?」
「プロキシさん! ちょうどいいところに」
「! 見られてしまっては仕方ありません……プロキシ殿にも、罪を背負ってもらうであります!」
「えっ、罪? 何の話?」
ちょうど帰ってきたリンも巻き込み、オボルス小隊の『夜間作戦会議』が始まった。
タクミは鬼火が起きないよう祈りながら、オルペウス達と共にスナック菓子を食べるのだった。
夜も更け、『夜間作戦会議』がお開きとなった頃。
トリガー達がテントへと戻る中、タクミは未だスリープモード中の鬼火を見て胸を撫で下ろした。
「……隊長が起きないでいてくれて良かったな」
「本当であります……はぁ、隊長がスナック菓子を許可してくれれば、こんなにハラハラする事もないのでありますけど……」
「それにしても、隊長とオルペウスって……なんつーか、ユニークだよな。兵士と銃の形をした知能構造体ってのは、初めて見た」
「…………」
タクミの言葉に、オルペウスは押し黙る。
「……あ、ご……ごめん。気を悪くしたか?」
「あっいえ、そう言う訳ではないのであります! ただ……知能構造体と一言で現すには、鬼火隊長はあまりにも……」
「…………」
「……タクミ殿。その、自分は……貴方の事を、信頼してもいいのでしょうか……?」
「……ああ、勿論だ。裏切るような事は絶対しない」
ほんの、ほんの少しだけ言葉に詰まったあと、タクミはそう答える。
その言葉にオルペウスは安心した表情を浮かべ……自身の生い立ちを話し始めた。
「自分は……あくまで鬼火隊長の補佐をするのみの"ガンナー"に過ぎないのであります。ただ、そんなことを口にしたら、隊長を含めた隊の皆さんからお叱りを受けますけど」
───お前は特別だ。他の誰とも違う、唯一無二の、特別な存在だ
鬼火はオルペウスに、度々そんな言葉をかけていたと言う。
「何度も、その言葉に元気づけられてきました。けど、それでも……自分が"ガンナー"として生まれてきたという事実に変わりはありません」
「……」
十一年前の旧都陥落では、市民のみならず、防衛軍も甚大な被害を被った。
オブシディアン大隊も、例外ではない。
「その頃、防衛軍では様々な計画が進められていました。強化兵士、改造兵士……そしてクローン」
「……! クローン……」
「残酷に聞こえると思いますが……その技術の発展がなければ、オブシディアン大隊は今日まで存続しては来られませんでした」
そしてオルペウスは……とある伝説の兵士の補佐を務めるため、その兵士そっくりの『クローン体』として生を受けた。
そう、その伝説の兵士とは……『鬼火』の事だ。
「彼女も、生まれた時から知能構造体だった訳ではなかったのであります。既に壊れた肉体から、意識をその銃器に宿し……今日まで、防衛軍の兵士としてその命を捧げ続けました」
オルペウスは過去、何度も自分に問いかけた事がある。
何者でもなかった自分が、彼女の名前を、肉体を、人生を、引き継いでまで生きる必要はあったのか。
───お前が私になる必要はない。お前にはお前の人生がある
「自分は……生まれた時から、とても幸運だったのであります。こうして生きてきたおかげで、鬼火隊長やオボルス小隊のメンバー、パエトーンのお二人……そして、貴方に出会えたんですから」
「オルペウス……」
「周りから嘲られようと、哀れまれようと、否定されようと……皆さんだけは、『唯一無二の存在』だと、そう言ってくれたのであります」
人生のスタートが予め決まっていたとしても、レールを定めるのは自分自身。
そしてそのレールの上を行くのも、自分自身。
オルペウスは彼女達の言葉を胸に、今日まで生きてきた。
「自分は、貴方を……それぞれ違う人生の上で、共に支え合える仲間だと……信じているであります」
「……俺も信じてるよ、オルペウスの事。お前の信頼にも、ちゃんと応えなくちゃな」
「はいであります!」
その後。
別れの挨拶をした後、テントの方へと歩き出すオルペウス。
それを見送ったあと、タクミもテントに戻るために歩き出す。
すると……
「──タクミ殿!」
「ん? どうしたオルペ──うわっ!!」
後ろからオルペウスの声が聞こえ、振り返ろうしたら……突然後ろから伸びた両手が、タクミの顔をぎゅっと挟み込む。
グローブ越しではあるが、その両手の暖かさが頬に伝わる。
「…………おりゅへうす」
「えへへ……さっきの仕返し、であります!」
そう言って笑うオルペウスを見て、タクミも自然と笑みがこぼれた。
「……あっ、タクミ殿のほっぺた、意外とモチモチでありますねぇ……」
「はなひて……」