先週ゴキブリが出ました
深夜二時。
タクミがベッドで夢の世界の中に入り浸っていると突然、部屋の扉が勢い良く開かれる。
「タクミタクミタクミタクミ!!!!」
「んんんんんん何何何何何!!!!」
──タクミは大きく取り乱した姉により、強引に夢の世界から引きずり出される事となった。
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「……何が出たって?」
「だからアレだって!その……黒くて、小さくて、速くて──」
「あー……ゴキ──例の虫か。今年も出たんだなぁ」
「ささささっき私の顔に飛んできて……!ああもう思い出しただけで寒気がぁ……!」
リンは今にも泣きそうな顔をしている。
他人事みたいな反応をするタクミだが、彼も別にGが平気とかそういう訳では無い。普通に苦手だし、もし自分の部屋に出没したら対処に困ってしまう事だろう。
今まさにリンがその状況に直面している。
「ま、まだアイツが部屋にいるの……お願いタクミ!退治して!」
「……」
よりによって何故兄ではなく自分を頼るのか。
しかし、ここでGを仕留めておかなければ次は自分の部屋に現れるかもしれない。
「……よし分かった。とりあえず、下に殺虫剤あったはずだから取りに行こう」
「う、うん……!」
Gを撃退する武器を取りに、姉弟は一階へと向かった。
しかし。
「……」
「さ、殺虫剤が……」
ここでアクシデント発生。取りに行った殺虫剤の中身がもう無くなっていた事が発覚。
「ど、どうするの?」
「……『141』なら殺虫剤を売ってるかもしれねぇ」
24時間営業の『141』なら、今の時間でも開いているはすだ。
「確かに、あそこなら売ってるかも……!早速買ってくるね!」
「俺も行──」
「タクミは部屋でGを見張ってて!」
「は!?」
「じゃあ行ってきます!」
そう言うとリンはさっさと行ってしまった。
おそらくGが隠れた際に見失わないようにして欲しいのだろう。
「……自分で見張れよ……」
そうぼやきながら、タクミはリンの部屋へ向かうため階段を昇った。
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2階、リンの部屋。
タクミは恐る恐る扉を開ける。すると部屋のベッドの近くの壁に、Gが止まっているのが見えた。
(……このまま動かないでくれよ)
タクミは切にそう祈る。リンが帰れば、後は殺虫剤をばら撒くだけで全て解決だ。
すると扉の向こうから足音が聞こえ、そして扉が開かれる。
「姉ちゃん、お帰り。早速だけど殺虫剤くれない?」
「……」
「姉ちゃん?」
リンは返事をしない。よく見るとリンの手には何も持っていない。
「……まさか」
「──殺虫剤、売り切れてた……!」
「……!」
なんという不運だろう。今朝コーヒーを服の上にこぼした時と同じような絶望感がタクミを襲う。
別の店なら売ってるかもしれないが、流石に深夜にそこまで遠出させる訳にはいかない。
「……新聞で叩くのは──いやダメだな」
そんな事をしたら悲惨な事態になるのは目に見えている。かくなる上は……
「……手掴みで捕まえる」
「!? 大丈夫なの?」
「全然大丈夫じゃない。メッチャ怖い」
殺虫剤がこの場にあるなら迷いなくそれを使う。だが今そんなものは無い。
上手くいく保証はどこにもないが、それでもやるしかない。
「……アイツをトイレットペーパーで捕まえて、トイレに流す。姉ちゃん、トイレのドア開けといてくれ」
「と、飛んできた時はどうするの?」
「……」
そうだ、アイツ飛ぶんだった。
その事実に気づいたタクミは更なる絶望感に襲われる。もはや為す術はないのか……。
「……防護服かなんかあればなぁ」
たかがG一匹相手にそんな臆病なことを考えていると──
「提案。ファイズに変身するのはいかがでしょうか」
リンのスマホから声がした。Fairyの声だ。
「それだよFairy!変身すればGが飛んできた時も落ち着いて対処できるかも!」
「ちょっと待て!そんな保証ねぇし、ここで変身すんのか?」
「大丈夫だって!音を立てなければお兄ちゃんだって起きないよ!」
早速リンはタクミの部屋に行き、アタッシュケースを持ってくる。その後トイレットペーパーを1ロール丸ごと手渡してきた。
「それじゃあお願いね!」
「……っ」
……やはりやるしかない。タクミはベルトを装着する。
[5・5・5][Standing by…]
「変身」
[Complete]
タクミは部屋で寝ているアキラを起こさないように小さく変身と言い、バックルにフォンをセットする。ファイズに変身した。
そしてトイレットペーパーをちぎって手に持ち、小さな黒い悪魔と対峙する。
リンはドアの後ろでファイズを見守る。
「……」
壁のGはまだ動いていない。そのままゆっくりと近付く。上級エーテリアスと対面した時以上の緊張感がそこにはあった。
そのままトイレットペーパーをGに近付ける。
すると──。
「!!!!」
羽を広げたGが不快な羽音と共にこちらに向かって飛行してきた。後ろにいたリンは思わず避難する。
本来なら絶叫モノのアクシデントになるだろう。しかしファイズにとって、これはある種の幸運になった。
ファイズは持ち前の反射神経と機転を活かし、飛んでくるGを避けず、むしろキャッチャーフライの様にトイレットペーパーでそれを捕まえた。
「ねねね姉ちゃん!!ゴキ〇リ捕まえた!!ゴ〇ブリ捕まえた!!!」
「は、早く!!早くトイレに捨てて!!!」
光の速さでトイレへ向かい、トイレットペーパーごとGを中へ捨てる。そして間髪入れず水を流した。
「「……」」
水が流れるのを静かに見つめる二人。
長い闘いが終わった。勝利した喜びを深く噛みしめ、姉弟は無言のハイタッチを交わした。
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「それじゃあ僕は今から買い出しに出掛けてくるけど、二人は何か買ってきて欲しいものは」
「「殺虫剤!」」
「え、う、うん。息ピッタリだね二人とも」
殺虫剤が家にある安心感は何にも代え難いものなのだと知った二人でなのであった。