逃走したサラを追おうとした、その時。
アキラから連絡が入った。
『リン、緊急事態だ!』
「お兄ちゃん、どうしたの?」
『讃頌会の導師が衛非地区に現れて、オブスキュラから大量のサクリファイスが出てきている!』
「ええ!?」
「サクリファイスが……まさか、サラの仕業……? 衛非地区を大混乱に陥らせて、その隙に逃げようって魂胆じゃ……」
『一応師匠たち雲嶽山が総出で防衛軍の人たちと一緒にサクリファイスを抑えてくれている……けど、上層にある山道の方までは手が回っていないみたいだ』
『山道だと……? 配置図を見る限り、あの場所にオブスキュラはなかったはずだが……』
少なくとも、配置図を見る限りはそうだった。
そのため、防衛軍は上層より下層の住宅街の方に警備の数を割いていたのだ。
もし山道にもオブスキュラがあると言うなら、あそこにある少なくない数の民家が危険に晒されることになる。
「それなら、今すぐホロウを出よう……! 手遅れになる前に!」
一行は算出した脱出ルートに従い、ホロウの出口へと向かった。
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ホロウを出た後、駐屯地へと戻ってきたオボルス小隊。
改めて状況を確認する。
澄輝坪にサクリファイスが現れる事は予め予測していた。だからこそ、オブシディアンは町の方に防衛のための戦力を多めに割いた。
だが……警戒の意識の外にあった上層の山道の方にも、サクリファイスが現れてしまった。
『……配置図によれば、山道にはオブスキュラは一つも設置されていなかったはずだ。見間違いでもない』
「鬼火隊長、オブスキュラの配置図ってイゾルデ大佐が提供してくれたやつですよね?」
『ああ。まさか山道にオブスキュラがある事を、イゾルデは見落としていたのか……? アイツに限って、そんな間違いをするはずが……』
何はともあれ、雲嶽山と防衛軍の主力部隊の手が届かないところにサクリファイスが現れた以上、黙ってみておくわけにもいかない。
「次の任務は山道のサクリファイスと讃頌会の掃討……並びに"VIP"二名の護衛、でありますね?」
『そうなるな……はぁ……』
『VIP二名』という言葉を聞いた瞬間、鬼火の顔が分かりやすく不機嫌になる。
VIPと言うのはルクローとロレンツ少将のことだ。
「良い知らせはルクロー氏との連絡が途絶えていること、悪い知らせは少将が無事に山道下にある避難所に向かっていることでありますね……」
「おいオルペウス逆! "良い"と"悪い"が逆!!」
「はっ!!」
『いや、一概に逆とも言い切れな──コホン、忘れてくれ。とにかく、これ以上うかうかしてられん。総員行動開始だ!』
サクリファイス掃討のため、一行は山道の方へと向かっていった。
[5・2・7・6][Faiz Shot 2, Put in to Motion]
「はあっ!!」
「ガアアアアアア!!」
新型ファイズショットで、道中に現れたサクリファイスを殴り飛ばしていく。
トンネル付近では……恐らくポーセルメックスの社員であろう人たちの死体がいくつか転がっていた。
恐らく避難途中、運悪くサクリファイスに襲われてしまったのだろう。
「隊長! こちらに生存者が……!」
『!』
サクリファイスを殲滅したあと、トリガーが物陰でうずくまっているスーツ姿の女性を発見。
女性は泣きながらひどく怯え、ガタガタと震えている様子だった。
「か、怪物……ホロウの外に……あいつら、エーテリアスじゃ……!」
「大丈夫です、もう安全でありますよ! ここら一帯のサクリファイスは全て掃討いたしました!」
「み、みんな……みんな死んでしまったのっ……!!」
「落ち着いてください、俺たちは貴方を──」
「……!! いや! 来ないでっ、
「……っ」
ファイズの姿を見た途端、女性は悲鳴に近い声をあげ、その場で蹲ってしまった。
「かなり大きなショックを受けていられるようであります……恐らくサクリファイスの襲撃で、同行者を亡くされたのかと」
『こいつらはポーセルメックスの人間か……気に食わない連中であるが、こうして野垂れ死ぬべきかと言われれば──』
鬼火がそう言った直後だった。
突如オルペウスの無線機から、聞きなれた声が聞こえてきた。
『鬼火……』
『イゾルデ……? どうしたんだ、こんな時に』
『……君に、教えるときが来たんだ』
『
『……!!』
(……え?)
ファイズはイゾルデの言葉に困惑する。
なぜこのタイミングなのか。恐らくこの場にいる全員がそう思ったことだろう。
そんな疑問をよそに、イゾルデ本人は話を続ける。
『……流れるべき血は二つ。一つは賄賂をちらつかせたポーセルメックスのもの。もう一つは、それを受け取った指揮官のものだ』
ゆっくりと彼女は話し続ける。
鬼火の感情に、直接語り掛けるかのように。
『指揮官を買収し、賄賂を渡した張本人は……ポーセルメックスのCEO、ルクローだ。彼と、彼の傍で恩恵を受けた者たちは……たった今、然るべき報いを受けた』
「! 然るべき報いって……仮に片棒を担いでたとしても、公正な裁判を受けさせるべきだったはずじゃ──」
『果たしてそうと言えるかな。罪を着せられ、正義は叶わず……ただ闇雲に、終わりのない道を歩き続ける……リン君も、同じ経験をしたはずだ』
「…………!」
『巨大な権力をもつ存在を前に、君はどれだけの"正義"をその手に掴んできた?』
『だが、イゾルデ……お前はいつも"正義はやがて訪れる"と……そう言っていたはずだ』
『その通りだ、鬼火。だが……それは他人の同情や憐憫にすがっている限り、決して訪れることはない。"正義"は……自ら、この手で手繰り寄せなければならない!』
イゾルデの声色には、怒り、憎しみ、そして無念。
様々な感情が入り混ざっていた。
「……イゾルデ大佐。話を遮って申し訳ないんですけど……なんでその話を、このタイミングで?」
『先程も言っただろう、タクミ君。
『決断……?』
『ああ。ルクローと共謀した、指揮官の名前も教えよう。収賄の事実が漏れる事を恐れ、他部隊からの支援を拒み、戦友の命をやすやすと切り捨てた指揮官──』
『──ロレンツ、少将かっ……!!』
鬼火は忌々し気にその名をつぶやく。
ポーセルメックスからの報酬に目が眩み、何も知らなかったイゾルデ達に汚れ仕事をやらせた、かつて大佐だった男の名だ。
『……すべて、奴のせいだと?』
『ああ』
『戦友たちの死も、残された私に与えられたこの滑稽な体も……全て、ロレンツの……!!』
『その通りだ』
イゾルデは淡々と肯定する。
鬼火の憎しみの炎に、油を注ぐかのように。
『ルクローは死んだ。そして私達の憎むロレンツは、君の道の先にいる』
『…………!!』
『決断の時だ、鬼火。お互い、同じ道を歩む同志……君ならば、私を失望させる事はないと……そう信じているよ』
『イゾルデ? おい、イゾルデ!』
鬼火の呼び止める声も届かず、イゾルデは通信を切った。
『…………ロレンツ』
イゾルデの声が聞こえなくなった後、鬼火はもう一度その名をつぶやいた。