デッドエンドブッチャー戦での頭の怪我による外出禁止令を受けてから、約二週間になる。
今日も今日とて暇なタクミである。
一応店の掃除はちょくちょくやっている……が、その掃除は朝の内に終わらせてしまった。
ぶっちゃけ怪我の痛みはもう無いし、もう一人で遠出しても問題ないとタクミは思っているのだが、それでもアキラとリンは「頭の包帯が取れるまで遠出はダメ」と言う。
(退屈って辛いなぁ)
そんな事を思いながらタクミは今日は何をしようかと悩んでいると、スマホから通知音が鳴った。
ノックノックからの通知だ。アプリを開くと、
『遊びに行きましょう』
と、アンビーからメッセージが送られていた。
遊びに行く……どこに行くのだろう。とりあえずタクミはメッセージを返す。
『どこに行くんだ?』
『新作の映画を見に行きたくて』
『ルミナスクエアのグラビティシアターで?ごめんけど、俺まだ一人での遠出は禁止されてて』
『それなら大丈夫よ』
『店に行くから、待ってて』
「……?」
メッセージが途絶える。『大丈夫』とはどういう事だろうと考えていると、ドアが開く音がした。
一階へ降りると、そこにはアンビーがいた。
「おはよう、タクミ」
「……早くね?さっきDMで話したばっかりじゃん」
「……少し用事があって六分街に来ていたの。それが終わったら、タクミと遊びに行こうと思って」
「邪兎屋の仕事はないのか?」
「今日は特に何も。一応ニコには連絡してある」
タクミはうーんと唸る。遊びに行きたいのは山々、というか是非遊びに行きたいが……
「……映画を見に行くんだろ?さっきもDMで言ってたけど、俺まだ遠出はできなくて」
「大丈夫よ。もう手は打ってある」
そう言うとアンビーはスマホを取り出し、ノックノックのメッセージ画面を見せる。メッセージの相手はアキラだ。
どうやらアンビーはタクミを遠出させる許可を取っていたらしい。ただし、必ずアンビーを同行させる、という条件のもとでだ。
メッセージには『タクミがはぐれないように気をつけて欲しい』と書かれていた。
自分の扱いが小学生レベルになっている。
「……」
「安心して。こうしてプロキシ先生と約束した以上、タクミには傷一つつけさせない」
「俺ら今から戦地に行くの?」
アンビーの覚悟に気圧されるタクミ。ただ映画を見に行くはずだったのではないのか。
「まあでも、アンビーのおかげで遠出出来るようになったのは嬉しいぜ。ありがとよ」
「例には及ばないわ。それじゃあ私は外で待ってるから」
「ああ」
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ルミナスクエア、グラビティシアター前。
タクミはとある映画ポスターが目に入り、思わず立ち止まってしまう。
「あ……アンビー」
「……どうしたの、タクミ」
「そういや、今日ずっと聞くの忘れてたけどよ……今日見る映画って」
「ホラー映画よ」
踵を返し帰ろうとするタクミ。その手を即座に掴むアンビー。
「どこへ行くの?」
「おおお俺がホラー映画苦手なの知ってるだろ……!? なんで言わなかったんだよ!」
おかしいとは思っていた。今日一日ずっとアンビーはこれから見る映画の詳細を話さなかった。
「……もしホラー映画を見るって教えてたら、貴方はきっと来なかったわ」
「来なかったよ!よく分かってるじゃん!」
「大丈夫よ。今日見るホラー映画は演出、ストーリー共に高評価なの」
「クオリティの心配はしてねぇ!」
それならむしろB級ホラー映画の方が安心感がある。見たくないのに変わりは無いが。
「今日は貴方と映画を見るのを楽しみにしていたの。ダメかしら……?」
「──っ、わ……分かったよ……」
「ありがとう」
タクミはなんだかんだ言って押しに弱いのをアンビーは知っている。
「早く行きましょう。上映時間に間に合わなくなるわ」
「あ、ちょ、引っ張んなって──」
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映画が終わり、入口から出てきた二人。
「……タクミ、大丈夫?」
「……だ、大丈夫──ごめんやっぱ大丈夫じゃない」
今話題のホラー映画なだけあって、その怖さは並大抵のものではなかった。
特に画面いっぱいに化け物の顔が飛び出してきた時は柄にもなく隣の席のアンビーにしがみついてしまった。
「その、さっきは悪かったな……鬱陶しかっただろ?」
「大丈夫よ。むしろありがとう」
「えっ何が」
「何でもないわ」
感謝されるようなことをした覚えは無い。そしてアンビーは何事も無かったかのように話を続ける。
「それで……貴方はあの映画、どうだった?」
「まあめちゃくちゃ怖かったけど……ストーリーとかは普通に面白かったな」
てっきり観る人を怖がらせる為に作られたパニックホラーとばかり思っていたが、緻密なストーリーと怒涛の伏線回収、そして予想を裏切る結末。
「まさか主人公は既に死んでいて、怪異に成り果てていたとはなぁ……」
「序盤から伏線が張られていて、所々で彼が人間じゃない事が示唆されていたわね」
「不本意だけど観返したいって思ったな……」
「……なら、今度もう一度観に行きましょう」
「そうだな……うん……」
何回観ても怖いものは怖いので、今度は無様を晒さないよう密かに決意するタクミだった。
「それじゃあビデオ屋まで送るわ。ビデオも返却しに行きたいし」
「ちょ、だから手引っ張んなって──」
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「あ、アンビー? えっと、何しに来たの?」
店に戻ると、工房にはアキラとリン、それと猫又がいた。
猫又はアンビーを見て『何故ここにいるのか』という顔をしている。
「タクミと映画を見に行ったついでに、ビデオを返しに来たの」
「え!? た、タクミと!?」
「俺がどうした?」
アンビーの後ろからタクミが出てきた。
「あ、お帰りタクミ」
「ただいま。猫又も来てたのか」
発砲スチロールの箱の中には大きな魚が数匹入っていた。
「やっほータクミ──って違う!アンビー、タクミと映画って、二人で行ったの!?」
「そうだけど……何か?」
「い……いやだって、二人でお出かけって……それもうデートじゃん……」
「? 何か言った?」
「な、何でもないぞ!」
顔を赤くする猫又。ちなみに当の本人は発泡スチロールの中の魚に目を奪われている。
「デケぇなこの魚……どこで買ったんだ?」
「猫又が友達から貰ったらしいんだ」
「へぇ……」
猫又はふふん、と得意気に胸を張る。
「どうアンビー?この人望だけでも、あたしが邪兎屋のモハンである事に疑いの余地はないでしょ?」
「ええ。貴女は邪兎屋の模範的従業員ね」
「ふぇっ?そ、そんなあっさり認めちゃう……?」
「猫又。私はこれから邪兎屋に戻るけど、貴女も一緒に来る?お魚が重いなら、持ってあげるわ」
そう言ってアンビーはもう一つの発砲スチロールの箱を持ち上げる。
「タクミ、今日はありがとう。機会があったらまた一緒に行きましょう」
「おう、こっちもありがとなアンビー」
「……た、タクミ!」
猫又が間に入り込む。
「猫又?」
「あ、あたしとも一緒に……お出かけして欲しいんだけど……!」
「え?ああ、別に良いぜ。どこ行くんだ?」
「えと……まだ決めてない!決まったら連絡する!」
「お、おう……」
「それじゃまた!パエトーンも、バイバイ!」
「また明日」
「うん、またね〜!」
アンビーと猫又が一緒に帰る。その様子はまるで姉妹のようでとても微笑ましかった。