タイムフィールド家の一人娘であり、『怪啖屋』の一員であるアリス。
そんな彼女は、インターノットの専用掲示板のフォーラムにてとある投稿を目にした。
『夜の泅瓏囲で、海辺の方から不気味なうめき声が聞こえる』
怪談や怪奇現象としてはありきたりな話だが……こうした投稿はほぼすべて『創作』ではなく『実体験』なのが怪啖屋の掲示板である。
そしてそれが本当かどうかを確かめるのが、柚葉たち怪啖屋のメンバーの役目なのである。
ただ、アリスはホラー関連は大の苦手で、この手の話にはどうしても及び腰になってしまう。
それでも彼女は勇気を出し、この怪奇現象の真相に迫るべく行動を開始したのだった。
「──それで俺に、協力して欲しいってことか」
タクミの言葉に、アリスはぶんぶんと首を縦に振る。
アリスは適当観を訪れ、彼に同行をお願いすることにした。
「同じ怪啖屋のメンバーとして、貴方の力を貸してほしいのだわ! 本当は一人で調査しようと思ったのだけれど……す、少し怖くて」
「……頼ってくれるのは嬉しいけど、なんで俺なんだ? 柚葉と真斗の方が詳しいだろ?」
タクミは柚葉に誘われて怪啖屋のメンバーに入ったとは言え、まだ怪奇現象の調査等は片手で数えるほどしかしていない。
せいぜいファンタジィ・リゾートに起きた幽霊の調査を一緒にしたくらいだ。
卑下するつもりはないが、自分がアリスの力になれるとは思えなかったのだ。
「初めて会ったとき、私の身に起きた怪奇現象の調査をお願いした事は覚えているかしら?」
「ああ……もちろん」
アリスが調査監督チームに入ったばかりの頃、彼女が泊まっていた部屋の窓に謎の大きく黒い物体が現れたことがあった。
それを調査ないし解決して貰いたく、アリスは適当観に押しかけたことがあったのだ。
結局それは、柚葉とかまちーによる悪戯だった訳なのだが。
「あの時、貴方と私は協力して真相にたどり着いた。だから今回も、貴方となら怪奇現象の真実を確かめられると思うのだわ!」
「なるほど……分かった。それなら喜んで協力するよ」
「……っ、ありがとう、タクミ!」
アリスはタクミの両手を握ってぶんぶんと上下に振る。
正直怖いが……まあ一人での調査ではないのだから大丈夫だろうとタクミは腹をくくった。
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そして夜。
懐中電灯を片手に、二人は泅瓏囲へとやってきた。
時刻は夜の十一時。
スレッドによれば、毎日この時間帯に海辺の方からうめき声が聞こえてくるらしい。
人の声がしない真夜中の泅瓏囲。
早くも帰りたくなってきた。
「く、暗い……けどここで、うめき声の正体を暴いて見せるのだわ……!」
「アリスは凄いな……怖くないのか?」
「も、勿論怖いけれど……タイムフィールド家の人間として、引き下がりたくはないのだわ。何より怪啖屋として、柚葉達の役に立ちたい!」
「アリス……」
「それに……今は貴方といるもの。同じ"恐怖"をシェアするだけでも、かなり怖くなくなるのだわ」
『ホラー嫌い』という共通した特徴がある二人。
その苦しみが理解できる分、心強さも段違いという事だろう。
「……それなら、さっさとやろうぜ。二人ならすぐに終わる」
「ええ!」
タクミとアリスは、海辺の近くで張り込みを開始した。
「…………」
「…………っ」
人の声は聞こえず、ただ波の音が聞こえるのみ。
どれだけ小さい声でも聞き逃すまいと、二人は耳を澄ませた。
その瞬間。
二人の耳に、
「……!! 今のは……」
「あ、あっちの方から聞こえたのだわ……! 行きましょう!」
まだ異音がうめき声かどうかは判断がつかない。
二人は移動し、さらに深く耳を凝らす。
「────ナ」
「! タクミ、今の聞こえたかしら!?」
「ああ、聞こえた……空耳じゃなかったみたいだな」
例のうめき声で間違いはないだろう。
ただ、誰の声なのだろうか。
「…………」
タクミは辺りを見回し、声の正体を探す。
「────ナ……、ンナ……」
「…………え?」
そこで二人は目にした。
すぐ近くの砂浜、岩の陰に、ボンプが一匹倒れているのを。
うめき声は、そのボンプから発せられていた。
「ぼ……ボンプ? どうしてこんな所に……」
タクミとアリスはすぐさまボンプの方へと駆け寄る。
「この子が抱えてるのは……お人形?」
気絶しているボンプは、女の子の人形を抱えていた。
あくまでタクミ主観ではあるが……非常に不気味な
「タクミ、この子は……」
「壊れてはいない。防水だからか、海水にやられたわけじゃないみたいだ。ただ何かしらの衝撃が加わったせいで、回路に異常が起きてる」
タクミはボンプを安全な場所に運び、地面に寝かせる。
「という事は……まだ直せるという事?」
「ああ。内部の回路を直せば、上手くいくはずだ」
タクミは昔、アキラとリンに故障したボンプの直し方を教わった事がある。
その知識は長らく活かされることは無かったが……今日、役に立つときがきた。
そして数分後、何事もなく回路の修理が完了。
ボンプは無事起き上がり、辺りを見回す。
「ンナ……(あれ……ここは……)」
「良かった……目を覚ましたのだわ!」
「ンナ、ンナナ……!?(あれ……? お人形がない、どこ……!?)」
「これの事か?」
「!」
タクミはボンプに女の子の人形を手渡す。
それを見たボンプは安堵の表情でそれを受け取った。
「ボンプ君、どうしてあそこで倒れていたの?」
「ンナ……(実は……)」
ご主人である青年と一緒に澄輝坪に住んでいたボンプ、ノリマキ。
青年は亡くなった祖母の遺品整理の際に、例の人形を見つけた。
青年は人形のその
ただ人形を捨てた翌日から、青年は悪夢にうなされるようになってしまった。
ノリマキは捨てた人形による呪いだと考え、なんとかしてあの人形をご主人の元に戻そうと考えた。
その時、『謎の人形が泅瓏囲にある』という噂を聞き、そしてついにノリマキは人形を発見した。
その後『これでご主人を助けられる』と喜んだノリマキは、その拍子にうっかり足を滑らせて派手にすっ転び、気絶してしまったのだと言う。
「ンナ、ンナナ! ワタンナ!(とにかく、これでご主人様が悪い夢に苦しむ事はない! お兄さんお姉さん、助けてくれてありがとう!)」
「ま、待て。その人形、呪いの人形なんだろ? まさかまた家に──」
「タクミ」
「!」
アリスはノリマキを引き留めようとしたタクミを静かに止める。
そして
「アリス……」
「……あのお人形さんは、ただ……家に帰りたかっただけだったと思うのだわ」
「……!」
「ノリマキちゃんのご主人のお婆様は、きっとあの人形を大切にしていた……だから捨てられて、とっても悲しい思いをしたのだと思うのだわ」
だが無事に家に帰り着いた以上、あの人形が青年を苦しめる事はないだろう。
「……アリスは優しいな。こんな事言ったらアレだけどあの人形……ちょっと不気味に感じたんだよ」
「そ、そうかしら? とてもシンメトリーで綺麗なお人形さんだったのだわ」
「評価点そこかよ」
実にアリスらしい理由だ。
「ま、何はともあれ……無事に解決したわけだな。うめき声の正体もボンプだったって分かったし」
「ええ、そう…………ね……」
「? アリス、どうした」
『怪啖屋』の掲示板を確認するためにスマホを開いたアリスが突然震えだした。
「…………」
何も言わず、タクミにスマホの画面を見せる。
ア り ガ と う
「…………」
真っ黒の画面に、赤い文字。
でかでかとお礼の言葉が、アリスのスマホの画面に映し出されていた。
あえて目を背けていた、偶然で片づけていた人形の不審な点。
なぜ先ほど人形の表情が変わったのか。
なぜ澄輝坪で捨てられたはずの人形が泅瓏囲にあったのか。
……そもそも『うめき声』は、本当にボンプのものだったのか。
「…………タクミ」
「……」
「きょっ、今日……あ、貴方の部屋に泊まっても、いいかしら……」
「…………」
怯え切った声でそう言うアリス。
タクミもその頼みにNOと言い切れないほどに、ビビり散らかしていた。
アリスはリンの部屋に泊まることになりました
タクミはアキラの部屋で寝る事にしました