タクミは衛非地区で暮らすようになってからも、ちょくちょく郊外に行く事がある。
衛非地区から郊外はかなり遠いが、それでも行く時は行く。
何故なら郊外にも、タクミの友人達がいるからだ。
シーザー達『カリュドーンの子』のメンバーと郊外でやる事と言えば……色々ある。
一緒にツーリングしたり、ニトロフューエルを飲んだり、吐きそうになるのを必死に抑えながら爆走するアイアンタスクの助手席に乗ったり。
毎回、特に『これをやりたい!』と決まっている訳ではない。
大体はブレイズウッドに来てから、何をするかを決めると言った感じだ。
ただ今回は違う。今日はお昼を食べるために郊外へとやって来たのだ。
現在、ちょうど昼の十二時。
日も高く昇ったブレイズウッドで、タクミはとある光景を目にする。
「い、いや……でもオレ様は──」
「覇者たる者がそんなザマでどうするんですの。ここはもうキッパリと断言しなさいな」
「……バーニス〜? ちゃんと話聞いてるか〜?」
「んー? もちろん聞いてるよ!」
「聞いてないでしょ。アンタずっと私の尻尾触ってるじゃないか」
「……?」
『カリュドーンの子』の女性陣が、昼食を食べながら何かを話していた。
全員、話に夢中でタクミが来た事には気づいていない。
何を話しているのだろう。ここからはよく聞こえなかった。
そしてその女性陣の輪から外れ、少し離れた場所でサンドイッチを食べる男が一人。
「……ん? おっ」
その男──ライトはタクミを見ると心底『助かった』と言った面持ちでこちらに近づいてきた。
「今日はラッキーだな……まさかこのタイミングでアンタに会えるとは。ちょうど気軽に駄弁れる相手が欲しかったんだ」
「? 駄弁るって……シーザー達と話をすればいいんじゃないのか」
「……輪に入れるような話の内容だったら良かったんだがな」
「……シーザー達はなんの話をしてるんだ?」
「…………」
ライトはサングラスをかけ直し、答える。
「───恋バナだとよ」
「…………恋バナ」
タクミは一瞬ピンと来なかったが、すぐに何のことか分かった。
要するにアレだろう。
恋愛映画か何かで、そういうシーンを観たことがある。
「昼前からずっとその話をしてるんだ、アイツら。お陰でこっちは寂しく一人飯さ」
「ライトさんは話に加わらないのか?」
「バカ言え。こちとらそういう話には疎いんだ……そもそも、恋バナってのは同性同士でするもんだろ」
「……そういうもんか」
「んで、そういうアンタは? この手の話は得意だったりするのか」
「…………俺は」
タクミは言葉に詰まる。
恋バナはした事はない。恋愛の知識も……当然ない。
「……その様子だと恋愛の『れ』の字も知らない感じか?」
「いや……流石にそれはない。恋愛がなんたるかぐらい俺にも分かる」
「ほう」
「恋愛ってのは特定の相手に特別な感情を──」
「単語の意味を知りたい訳じゃないぞ」
違かったようだ。
「気を落とすな。俺も色恋とは無縁の人生を送ってきた。恋愛がどうとか説明できる気はしない……ただ、そんな『恋愛にわか』同士の恋バナってのは、結構面白そうじゃないか?」
「言われてみればそうかもだけど……恋バナって何話せば良いんだ?」
「そりゃ好きな女のタイプとかだろ。どういうのが好みなんだ」
「好きなタイプの人か……」
「…………」
天を仰ぐ。
地を見つめる。
言葉も発さず、数十秒が経った。
「…………どうした」
「……ライトさん。『好きなタイプ』ってどうやって作るんだっけ」
「…………!?」
普段感情を表に出さないライトが、明確な驚愕の色をその顔に表している。
やはりこの質問は非常識が過ぎたようだ。
「……本気で言ってんのか? まずそこからなのか」
「ま、待って。多分頭から抜け落ちてただけで、好きなタイプぐらいはいる」
「抜け落ちる事はないだろ……」
『好きな人』はいなくとも『好きなタイプ』くらいは誰だっているだろう。
タクミは再び頭をひねり、考える。
(────あ、あれ?)
何故だろう。
何一つ思い浮かばない。
いや、そもそも思い浮かべるものなのだろうか。
「…………タクミ。アンタまさか」
ライトが言った恋愛の『れ』の字も知らないは、まさか誇張ではなかったと言うのか。
残念ながら、その通りである。
(……俺ってまさか……恋愛に関しては幼稚園児レベルだったりするのか?)
幼稚園児どころではない。
新生児レベルである。
まだ二足歩行もできない、産まれたての赤ん坊。
タクミは旧都陥落前も旧都陥落後も、人と関わる機会がほとんどなかった。
人見知りのため、姉以外の女性とあれこれ話す事もしなかった。
環境のせいだけではない。本人の無関心な性格も要因としてある。
タクミが小さい頃観ていた映画も『スターライトナイト』などの特撮やアクション映画ばかり。
今はちょくちょく観る恋愛映画も、昔は毛ほども興味を示さなかった。
そんな暮らしを続けていたタクミに、『恋愛』を学ぶ機会など訪れるはずがなく。
『好きなタイプ』の『作り方』すら分からない、前代未聞の悲しいモンスターが生まれてしまったのである。
近年から、女性との関わりも増えてはいったが……『恋』を学ぶには、あまりにも遅すぎた。
そんな彼に好意を寄せている女性が何人かいる。
だが悲しいかな、『クソボケ』や『朴念仁』の概念を超越したこの少年に。
恋愛のなんたるかを一ミリも知らないこの少年に。
その好意を察する術などあるはずもないのだ。
「ガラにもなく涙が出そうだ」
「そんな哀れんだ目で見ないでくれ……」
「アンタの周りにはいないのか? そういうのを教えてくれる人間は」
「…………」
恋愛マスターたる人物は、残念ながらタクミの周りにはいない。
ならば恋愛映画をたくさん観るべきなのか。
実のところ十六歳となった今でも、恋愛映画を観てもあまりピンと来ない事が多い。
直接的な心情描写は流石に分かるが、少しでもぼかされると分からなくなってしまう。
ネットならそういう記事がいくらでも転がっているだろうが……参考にはならないだろう。
(!)
ただ彼は気づく。
教えてもらう人がいないなら、実際に見て学べば良いではないかと。
現在進行形で『恋』をしているタクミの知り合い。
彼女達の行動から、『一体恋とはどういう物なのか』を学べばいい。
タクミは最近あった彼女達とのやり取りを思い出す。
トリガー。
『二百メートル先、北西、十時方向にアキラさんを発見。同行者はなし。たしか本日の彼の予定は……話しかけるなら今でしょうか──た、タクミくん!? いつの間に背後に……』
ビビアン。
『こ、これは……!! パエトーン様の上着……!! なんて素晴らしい……額縁に飾っておきたい……! 不肖このビビアン、この極上の香りを堪能させて──うああああああ!! た、タクミ! いつからそこにいたのですか!!』
「…………」
「いなさそうだな」
あの二人から学ぶのはやめた方が良さそうだ。
「ライトさん、さすがにこのままじゃヤバい……どうしよう」
恋愛に疎いとか、そういうレベルでは無い。
無知を極めているこの現状に、タクミは焦りを見せる。
「心配すんな、焦る事もないだろ。学ぶに遅いも早いもない。少しずつ知ってけばいい……俺が言っても説得力はないだろうが」
「ライトさん……」
「………………ところで」
「お前らはいつまでそうやって見てるつもりだ」
「はっ!!」
『恋バナ』が終わったシーザー達が、いつの間にかこちらをこっそりと見ていた。
「シーザー……? どうしたんだ?」
「い……いや、その……今日暇なら、オレ様と一緒に映画でも観ようぜ。ふっ……ふふ──」
「ふ?」
「シーザーバシッと! バシッと言ってやりなさい!!」
「ふっ、二人きりでっ……!!」
「え? あ、ああ……勿論」
「へ、へへ……」
顔を赤くするシーザー。
タクミは何の気なしにシーザーの誘いを快諾した。
きっとタクミは、彼女から好意を持たれているなどとは考えすらしていないのだろう。
それはタクミが卑屈な人間だからではない。好意を寄せられているという発想自体がないからだ。
「…………」
これが無知の極み故のクソボケなのかと、ライトはタクミの恐ろしさに密かに戦慄した。