邪兎屋の従業員、猫又が暇な時にやること。
それはいくつかある。
一つはビデオ屋に遊びに行く事。ビデオを借りる目的もあるが……大体はタクミと遊ぶためだ。
ただ、今タクミはリン達と共に衛非地区で暮らしている。
たまに帰ってくることもあるが、すぐにまた衛非地区に帰ってしまう。
自分から衛非地区に行くという手もあるが、交通費等でまあまあ金がかかる。
基本的に……言葉を選ばずに言えば貧乏な邪兎屋は、仕事でもない限りそこまで気軽に行けるわけではないのだ。
そんな訳で……今日は猫又は昼飯を食べた後、ルミナスクエアのベンチで日向ぼっこをする事にした。
なぜルミナスクエアなのか。タクミもよくここに来るから、もしかしたら会えるかも、という理由ではない。決して。
「あれ? 猫又ちゃんじゃないですか?」
「にゃ?」
お日様に当たっていると、猫又の元に福福がやってきた。
「あれ、福福ちゃんじゃん! 偶然〜」
「何してるんですか?」
「見ての通り、日向ぼっこしてるんだぞ」
他愛のない会話を交わす二人。
猫又と福福。二人は実は友人同士なのだ。
いつ知り合ったかは忘れた。ただ、それなりに長い付き合いではある。
「お昼ご飯を食べた後は、お日様に当たりながらのんびりするって相場が決まってるんだぞ。福福ちゃんもどう?」
「そうですね〜……あたしもお昼ご飯食べたばっかりですし、日向ぼっこもいいですねっ」
福福は猫又の隣に座り、一緒にのんびりとする。
「……? 何を見てるんですか?」
「何って……通行人のどこにお財布がしまってあるか見てるだけだけど?」
「ええ!? だ、駄目ですよそんな事しちゃっ! 人のお財布を取るなんて……」
「にゃはは、誰も取るなんて言ってないって! これはね、動体視力を鍛えてるだけだから」
「動体視力?」
「そうそう、どこにお財布がしまってあるかを見極めた上で、それがどんな大きさなのか、どんな色なのかを通行人が行っちゃう前に素早く確かめる。それでトレーニングをしてるってワケ」
勿論嘘である。
確かに取るつもりはないが、取ること自体に抵抗は無い。
「……うん?」
ちょうどその時。
向こうにあるグラビティシアターの近くで、見慣れた姿を目にした。
「アレって……」
「タクミくんですっ! おーい──むぐっ!?」
タクミを呼ぼうとした福福の口を、猫又は手で塞いで止める。
「ぷはっ……な、何するんですかっ!」
「ごめんごめん、ちょっと気になる事があって」
「気になる事……?」
「うん、普段タクミが一人の時何してるのか……知りたくない?」
「!!」
はっとした福福は、もう一度タクミを見る。
タクミはグラビティシアターの外にある看板のポスターを見て、何やら悩んでいた。
きっと彼は今から映画を観るのだろう。
猫又はこっそり後を尾けてみないかと、福福に提案した。
「で……でも、悪いですよ……プライバシーを探るなんて……」
「別に探るつもりはないって。あたし達
「わざわざそうしてまで、意味は……? ま、まさか猫又ちゃんも、タクミくんの事が──」
「そっそういうつもりじゃないけどっ? たまたま会った友達が何してるのか気になるのは、なんて言うか人の性ってやつなの!」
「本当ですか……?」
「本当だぞ! ていうか福福ちゃん、さっき『猫又ちゃんも』って……」
「うええ!? あっ、あたしは別に……!! 大事な弟弟子と言うだけで……」
お互いに思わぬダメージを喰らい、顔を赤くしながら弁明をする。
そんな事をしているうちに、タクミは観る映画を決めたようで、グラビティシアターに入って行った。
「あ……! タクミが映画館に入ってく! あたし達も行くぞ!」
「えっ、あちょ……待ってくださいっ!」
バレないように、猫又と福福もグラビティシアターへと入って行った。
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タクミが観る映画と同じのを選び、こっそりタクミの後ろの方の席へと座る。
(…………なんか、意外ですねっ)
(うん……まさかタクミがこの映画を観るなんて……)
タクミが選んだ映画。
それは……なんとホラー映画だった。
猫又と福福……というかタクミの知り合い全員、『タクミはホラーものが苦手』という共通認識がある。
そんな彼が自分からホラー映画を観るなど、きっと誰も予想はつかなかっただろう。
(知らないうちに克服しちゃったんですかね……?)
(だとしたら寂しいぞ……もうからかえなくなっちゃうなんて)
話をしているうちに、ホラー映画の上映が始まった。
映画序盤の、恐怖心を煽る演出。
「…………」
スクリーンから響き渡る迫真の悲鳴。
「っ……!! っ!!」
(…………うん?)
スクリーン全体に飛び出す怪物の顔。
「っっっ!!!」
(…………あれ?)
猫又と福福の前の席に座っているタクミは、悲鳴こそ出さないが明らかにビビっているリアクションを見せていた。
顔は見えないが、分かりやすく目を逸らしたりもしていた。
そんなこんなで上映終了。
建物を出るタクミの後ろ姿は、明らかに疲弊している様子だった。
「猫又ちゃん、これ……」
「うん。全然苦手なままだったぞ」
タクミは克服したのではない。克服をしている真っ最中なのだ。
猫又と福福は、途中からタクミのリアクションにしか目が行ってなかった。
「こんな事言ったら、タクミくん怒っちゃうでしょうけど……ちょっと安心しちゃいました」
「うんうん、分かるぞ。やっぱビビりでこそのタクミだからにゃ〜」
これからもタクミはホラーにビビってはからかわれ続けるのだろう。
彼にとってはたまったものではない。
タクミは次にどこに行くのか、再び一緒に尾行する事にする。
「ん〜……?」
「あの子、誰でしょう……?」
タクミにバレないよう、付かず離れずの距離で後をつけていると……彼は見知らぬ少女と出会い、何かを話していた。
「何を話してるんでしょう……?」
「うーん……ここからじゃ聞こえないぞ」
タクミとその少女は何か話し終えたあと……そのまま一緒に歩き出した。
再び後をつける猫又と福福。
ルミナスクエアから離れ、タクミと少女は人気のない路地裏へと入っていく。
すると。
「んな〜〜〜〜お!」
「……っ!? えっ、えっ!?」
突然、タクミが猫の鳴き真似をし始めた。
「なお〜〜〜〜ん!」
そうし始めたのは、彼の気が狂ったからではない。
「あー……にゃるほど。タクミ、きっと女の子が飼ってた猫を探してるんだ」
「そ、そうだったんですね……いやそれより! タクミくんってもしかして猫ちゃんのシリオンだったんですかっ!?」
「いやいや違うぞ。タクミは何故か犬とか猫の鳴き真似がすっごく上手なの」
猫又は何度かこの鳴き真似を見てきたが……正直金を取れるくらいは上手いと思っている。
というか前見た時よりクオリティが上がっているのは気の所為だろうか。
そんなこんなで、タクミの鳴き真似に寄ってきた飼い猫。
無事に保護する事に成功したのだった。
「タクミくんにまさかこんな特技があったなんて……」
「あたしも見た時は最初驚いたぞ。なんたって───あれ?」
「?」
猫又は辺りを見回す。
……いつの間にかタクミがいなくなっている。
「あ、あれ? どこ行ったんでしょう……? ちょっと目を離した隙に……」
「もしかしてルミナスクエアに戻った……? いやでもこの一瞬で──」
「何やってんだよ」
「「にゃあああああああ!?」」
突然のタクミの声に仲良く悲鳴を上げる二人。
「たっ……タクミ! 驚かさないでよ! ていうかいつの間に後ろに!?」
「"いつの間に"は俺のセリフだよ。なんで声もかけずにずっと後ろから着いてきてんだ……」
「えっ!? き、気づいてたんですか!?」
「気づいてたよ……てっきり話しかけてくるかと思ってたぞ」
「にゃはは……ごめんごめん───ってあれ? タクミ、その後ろの猫ちゃん達は?」
タクミの後ろには、丸々とした猫が数匹、足元でくつろいでいた。
一匹はタクミに頬ずりしている。
「コイツら……なんでか着いてくるんだよな。餌付けした訳でもねぇのに……」
「「…………」」
タクミには人たらしと動物たらし、二つの才能があるのだと猫又と福福は気付いた。
福福の猫又への呼び方
「猫又さん」にするか「猫又ちゃん」にするかで半世紀くらい悩みました