タクミは洗面所の鏡の前で、自身の頭部を確認する。
「──うん。怪我はもう治ってるな」
包帯を取ってもいいと許可が出て、タクミは早速邪魔な頭の包帯を取り外した。
自分を縛り付けていたにっくき包帯とようやくおさらばだ。これでやっとファイズとして復帰できる。
とは言えこの期間、ずっと暇だった訳では無い。友人達のおかげで割と退屈しない時間を過ごすことが出来た。
「あ、いたいた」
後ろから姉のリンが声をかけてきた。
「お、姉ちゃん。どうしたんだ?」
「今日はある仕事を手伝って貰おうと思って。復帰早々ごめんね?」
「全然良いよ、むしろバリバリ働きたいぐらいだ。それで、なんの仕事なんだ?」
「今回はビデオ屋の仕事だよ。新しいビデオを仕入れに行くの。だからタクミには荷物とか色々持ってもらいたいなって」
荷物持ち。思ったより簡単な仕事ではあるが、復帰がてらのリハビリとしておあつらえ向きだろう。それに三人の中で一番体力があるのはタクミだ。
まあ最近運動不足だったので、タクミとしては丁度いい機会だ。
「それじゃあ一緒に行こう。お兄ちゃんが外で待ってる」
「ああ」
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「うーん……こんなに仕入れるならやっぱり車の方が良かったかなぁ」
思ったより仕入れるビデオの数が多くなりそうだったので、ひとまずビデオ屋に帰ることにした三人。
色々な物が入っている荷物を持ち歩くタクミ。極めて重い、というわけではないが、これを持ちながら長距離を歩くのは体にこたえる事だろう。
「『もう一つの仕事』も振り出しに戻ってしまったし、収入はかなり減るだろう……ビデオ屋の方も本腰を入れないと」
「それもそうか──でも、なんでスローな映画ばっかりなの?スリリングな方が良くない……?タクミもそう思うよね?」
「えっ」
「リン、あのね……僕は万人受けする映画を選んでるんだ」
「ホントに『万人受け』? ほとんどアートとドキュメンタリー映画ばっかりなのに……?」
「それは……こ、こういう映画を求める人は多いんだよ。新エリー都での生活は大変だからね。タクミもそう思うだろう?」
「えっ」
リンは兄に反論する。
「……ていうか、前回はお兄ちゃんが選んだんだし、次は私だよね?」
「あれは『三人で』選んだんだ」
「あれはお兄ちゃんに乗せられたの!結局はお兄ちゃん一人で選んだんじゃん!タクミだってそう思うでしょ?」
「なんでさっきから俺に同意を求めてくるんだよ。どっちの味方もしねぇからな?」
「むー……いいもん、次は私がビデオを選ぶ!」
「すみません!ホロウ調査協会の者ですが──」
「すんません、間に合ってます」
荷物を持ちながら、勧誘を断るタクミ。その光景を他所にリンがアキラに突っかかる。
「お・に・い・ちゃん?いいよね?」
「けど、今月は僕が……じゃなくて、お客さんがドキュメンタリーを見たいって言ってたし、元のプランで良いんじゃないかな」
「聞こえたよ〜!?そうやってお店のお金を自分の趣味に!」
「さて、なんの事やら……」
(お互い引かねぇなぁ……)
いつもの光景である兄と姉の会話を適当に聞き流していると、店の前に誰か立っているのを見つける。
情報屋の『羊飼い』だった。
「……もう一つの仕事の依頼人だ──さて、仕入れに変更は無し。次回は……いや、さっきにこっちの仕事だ、リン」
そう言ってリンの方を向く。しかしリンは……
「お兄ちゃん、少しプランを変更しない?」
いつの間にポケットから取ったのか、彼女の手には車の鍵が握られていた。
「!いつの間に……」
「依頼人の方はお兄ちゃんに任せるよ!私は……ビデオを仕入れてくるね!」
「まさか……一人で行くのか?おい、リン!」
「しっかり、『万人受け』を選ぶから!それじゃ二人とも、店番よろしくね〜!」
そう言うとリンは紙袋を持って行ってしまった。
ようやく、といった様子で羊飼いが会話に参加する。
「……あー、お得意さん。今日は三人揃ってお出かけか?」
「だったけど、今君に邪魔された」
「おっと、そうなのか?すまんすまん。間の悪い時に来ちまったみたいだな」
「……」
兄の大人気なさに呆れるタクミ。羊飼いは話を続ける。
「今日来たのは他でもない。あんたらが気にしとく価値のある依頼が今、この手元にあるぞ」
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店に入り、羊飼いは依頼の詳細を説明する。
どうやら原生ホロウ『クリティ』と『ラマニアン』の活性がここ最近上昇しているらしい。最悪新しい共生ホロウが生まれる可能性がある、との事だ。
依頼の内容は、ホロウ鎮圧用の軍用メカが数台ほど、エーテル活性の高いエリアで制御不能となっているらしい。
それらの制圧をしてくれる人間を探している。
「──こいつをやり遂げれば、こっちはその部署に借りを作れる。今後の情報収集に役立つ事間違いなしだ。どうだ?受けるか?」
「……それについては覚えておくよ。でもその前に、家の用事を片付けなきゃ」
「おっと、そっちの方が大事か?まあいいけどよ……だが時間が出来たら、忘れず返事をくれよ」
そう言って、羊飼いは店を出ていった。
「──さて、タクミ」
「?」
「店番は頼んだ。僕はリンの所へ行ってくる」
「は?ちょ……おい!」
そう言ってアキラも店を出ていってしまった。
「……どんだけ自分でビデオ選びたいんだよ」
ぼやきながら、タクミは店のカウンターの椅子に座り、18号を抱きながら兄と姉の帰りを待つ。
タクミは部屋に置いてあるベルトの入ったアタッシュケースの事を思い出す。
(……ベルトの出処の調査、なかなか進展ないなぁ)
アタッシュケースやファイズのベルトに書かれてある『スマートブレイン』のロゴ。
インターノットにあるあらゆる記事などを調べたが、例の『スマートブレイン』に関する情報は一ミリも手に入らない。
まるで『スマートブレイン』が架空の企業であるかのように、なんの手がかりも得られなかった。
(ニコならなんか知ってるかなぁ)
情報通であるニコに調べてもらえば何かわかるかもしれない。依頼料はかなり高くなりそうだが。
そんな事を考えていると、店の扉が開く。そこには先程リンの所へ行ったはずのアキラがいた。
「お帰り、早かったな……つーか兄ちゃん、弟に店番押しつけんのは──」
「リンが……」
「──え?」
「リンが、ホロウ災害に巻き込まれたかもしれない……!」