次の日の朝。
真斗から『飲茶仙で集合』との連絡を受け、リンとタクミは支度を済ませそこへ向かうことにした。
紅豆の案内で『嘆茶の間』に入ると……部屋には既に真斗とリュシア、そして盤岳の姿があった。
「ごめんね皆、待たせちゃって」
「なに。我輩たちも今しがた来たばかりゆえ、気にする事はない」
「あ、二人とも朝飯は食いましたか? まだならここで食っていかないスか?」
「ここの点心、すごくおいしいんだよ~! タダでこんなのが食べれるなんてラッキー!」
「タダ? 誰か奢ってくれてるのか?」
「そうだよお。今回はザオちゃんの奢りだから、キミ達も好きに食べちゃって?」
「!」
聞き慣れない声が聞こえた。
部屋には真斗達以外にももう一人、小柄なウサギのシリオンの少女がそこにいた。
「これ、照の奢りだったんだね」
「ふふん、太っ腹でしょ? たっくんも、好きなの頼んでいいからねえ」
「あ、はい。あざす」
TOPSの内部監査組織である『クランプスの黒枝』。
そこに所属している照に関しては、タクミは既に知り合いであるリンから名前を聞いただけで、実際に会うのはこれが初めてである。
恐らく照の方もタクミの名前ぐらい聞いているのだろうが……
「……あ、ごめんねえ。そう言えばたっくんとは初めましてだったね~。もう顔見知りのつもりでいちゃった。照ちゃんの事は、リンちゃんからもう聞いてるんだよね?」
「ええ、まあ。照さんも俺のことは聞いてるんですか?」
「うん、教えてもらったからねえ」
「……俺の事を『たっくん』て呼んでるのは」
「個人的に『タクミくん』って呼ぶより言いやすいからかなあ。まあとにかく、これからよろしくね?」
「よろしくです……」
クランプスの黒枝はTOPSの傘下企業という訳ではないらしい。
TOPS内の『円卓』で定めたルールを破っている企業がいないかを監視し、超えてはならないラインを超えた企業は文字通り黒枝の手によって『処断』される。
黒枝……および黒枝のメンバーの存在は『死神』と揶揄されるほどには恐れられているらしい。
「それじゃあ全員そろったし、本題に入ろっか。まずはポーセルメックスの事なんだけど……今はザオちゃんが管理してるんだあ。ダミっちが今衛非地区にいないから、その代理でね」
彼女の言う『ダミっち』はポーセルメックスの幹部であるダミアンの事。
数か月前、CEOであるフェロクスとルクローがやらかしたせいで、自身の立場が危うくなってしまったダミアン。
藁にもすがる思いで、ポーセルメックスの不祥事調査にやってきた照に自らを重要参考人として売り込み、なんやかんやあって今は照の保護下にいると言う。
「ザオちゃんが聞くにはね……なんかポーセルメックスの社員の一人が操業停止命令を無視して、ホロウレイダーと一緒にラマニアンホロウに入ったんだって。それで、そのまま行方不明」
「その社員って……」
「うん。ウェスト……だったっけ? それで、色々と調べてたら、キミたちにたどり着いたってわけ。町での話は、真斗くんから色々聞かせてもらったよお」
町に捕らわれているウェスト達やそのホロウレイダーの救助のため、照はポーセルメックスに一時的な営業停止命令を下した。
「まあそういう訳で、皆にはザオちゃんに力を貸してほしいの。正直、もしまたポーセルメックスの誰かが衛非地区でトラブっちゃったりしたら、黒枝もお手上げだし……」
「ジブンとしちゃ断る理由はねぇっす。パウルの事もある、人手はなるべく多い方がいいっスからね」
「あたしも協力するよ!」
「ありがとね、みんな~。あそうだ、町の風景とか、町に『住んでる』人の写真や動画とかはある? それがあれば、救援申請の手続きが大分ラクになるんだけど……」
「うーん……視覚記録なら、期待しない方がいいかも。町に入ってから、ボンプに異常が起こったこともあって、多分残ってないだろうから」
「そっかあ……たっくんは?」
「……撮るには撮りました。けど……」
タクミはアタッシュケースからファイズショットを取り出し、液晶画面を照に見せる。
「……んー、頑張れば見えなくはないけど……ほとんどノイズだらけだねえ。撮ってくれたのはとってもありがたいけど、これじゃ手続きには使えないかも……」
「やっぱそうっすよね……」
高性能カメラのファイズショットでも、「町」の特殊なミアズマに邪魔をされ記録を残すことができなかった。
と、ここでリュシアが手を挙げる。
「はいはい! 記録ならあたしも残してるよ! スケッチに似顔絵描いといたから!」
「お、いいね! 実地調査には、スケッチで記録を残すことも大事だからねえ。見せて見せて?」
「これだよ!」
意気揚々と、リュシアはスケッチブックを照に見せた。
「…………」
「どう? 町の人にジンジャー糖水をぶっかけた時のリアクションを記録したの! これがあれば、ジェムゴーレムだったのかどうかをゆっくり見返せるでしょ?」
「あれやったのやっぱりリュシアだったのかよ……『糖水ぶっかけられた』ってキレてた人いたぞ……」
「……ねえリュシアちゃん。この……首からゲンコツが生えてる人はだれなの?」
「それ? それはパウルだよ! 喋る時に拳をこう……グッってやる癖があるから、あたしなりにそれを表現したの」
「……リュシアちゃんは良い画家さんになれるかもねえ」
スケッチブックを捲りながら、照は諦めたようにつぶやく。
どうやら参考にはならなかったらしい。
「……まあ、手続きはザオちゃんの方でなんとか頑張るねえ。それよりリンちゃん、ミアズマで色々と使えなくなっちゃう件のことなんだけど……これでどうにかならないかな?」
そう言うと照は箱のような装置を差し出してきた。
「これは……?」
「TOPSの最新研究の賜物だよお。その名も『輝磁の匣』! 高密度の輝磁で出来ててね、小さい範囲でならエーテル活性を小さくしたりミアズマの影響を抑えることができるんだあ」
「それはまたすごい機械だね……つい最近開発されたの?」
「そうだよお、出来立てほやほや! ちょうど良い機会だし、実地テストも兼ねてキミたちに貸してあげるね」
『マスター。分析の結果、当該装置から盗聴等の実害的な電子的兆候は見られませんでした』
「ありがと、照。喜んで使わせてもらうね」
「おし、じゃあ準備ができたらラマニアンホロウに行くとすっか」
「はってほれのみほんではらへいいか……」
「はおひゃんほうひほふふうもんひてほいい?」
「タクミ、リュシア。慌てなくていいからまずはそのシューマイ飲み込め」
「食いしん坊だねえ」
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その日の夜。
一行は準備を澄ませたあと、再びラマニアンホロウの『町』へとやって来た。
今回は盤岳もいるため、戦力的にも申し分はないだろう。
「お兄ちゃん、イアスの調子はどう?」
『今のところ匣のおかげで接続は良好だ。それにしても、ここが例の町か……もっとおどろおどろしい感じかと思っていたよ』
『夢縋り・狛野真斗と同一のエーテル活性反応を大量に検出。このエリアは、夢縋りの集結地点と予測されます』
「やっぱり、あん時会ったモスさん達は本物じゃなかったってことか……」
「所詮は人ならざる者。人のふりをしていようと、その尋常ならざる赤外線放射は隠し通せまい」
ファイズは周りを見渡す。
(俺の夢縋りは……今はいないみたいだな。どっかに隠れてるのか?)
町を探っていけば、自然に出くわすかもしれない。
講堂での救助が最優先のため、ひとまず自分の夢縋りの事は後回しにすることにした。
「…………」