「ん、んん……ここは……?」
ベレー帽を被った、金髪の女性。
彼女はファイズに支えられた状態からゆっくりと起き上がる。
「……あの、大丈夫すか」
「…………」
ファイズの呼びかけには応じず、ただぼんやりと周りを眺めている。
そして彼女の視界にリンが映る。
「きみ……すごく、綺麗な目をしているわ。わたし、まだ夢の中にいるのかしら……」
「ここは夢じゃなくてホロウの中だよ。というか、貴方は誰……? なんでこんな所に……」
「姉ちゃん、この人……夢縋りじゃないみたいだ。本物の人間だ」
「!」
リンを見つめ、まだぼんやりとした様子の女性。
すると、講堂の扉が開く音が聞こえてきた。
「物音がしたぞ、何事だ──むっ、このおなごは……!」
「リンちゃん、その人は……? その人も夢縋りッスか!?」
「ううん、違うよ……この人は本物の人間。ここで宙吊りになってたんだけど、話しかけた瞬間に落ちてきたの」
「無事で良かったけど……なんか不思議な感じの人だね〜」
「よりにもよってリュシアがそれ言うか」
というか、先程から気になる事がある。
「……この人、なんでさっきから姉ちゃんの方見てるんだ? 知り合いか?」
「……ねぇ、貴女の名前は? 私はリンって言うんだけど……私達、どこかで会ったかな?」
「わたし? わたしは……イドリー。きみとは……初めましてだと思うわ」
イドリーと名乗る女性は、そう答える。
なんとなく違和感がある。イドリーはどうも、リンにしか意識が向いていないような気がする。
と、その時。
「君たち……彼女を助けてくれたのか!」
「! モスさん……」
「何が"助けてくれたのか"だこの野郎……なんでここに人がいんだよ!」
「待ってくれ、これも誤解なんだ……! 彼女を捕らえていたミアズマは、俺達でも手を焼いていたんだ」
『……モスさん? "誤解"という言葉は、それ程便利な言葉でもないよ』
「本当だ、信じてくれ! 住人たちに聞いてもいい! それよりリンくん、彼女を助けたのは君か? あの束縛を解く力があるとは……」
「私も……何をしたのかは分かんないけど、イドリーに近づいた途端、急に目が……」
彼女に起きた異変。
リン曰く、突如頭の中に映像のようなものが流れ込んだと言う。
その映像には……一瞬ではあったが、サラの姿もあったらしい。
「リンちゃん、コイツに説明してやる必要はねぇッスよ。んな事より、イドリーさん……だったっけか? この人を安全な場所まで連れてかねぇと。歩けるか?」
「…………」
「……イドリーさん? どうしたんすか?」
「…………?」
リンの問いには応じたのに、真斗やタクミの声には反応する事は無かった。
「……オレ達の声、聞こえてんのか?」
「イドリー、歩ける? このまま一緒にホロウを出るよ」
「……大丈夫。自分の足で歩けるわ」
リンの声にはちゃんと反応する。
悪意がある訳ではなさそうだが……
「心配してくれてありがとう。でも……ごめんね。わたし、ホロウからはどうしても出られないの」
「え……出られない? なんで?」
「分からない……何度か試したんだけど、どうしても出る事が出来なかったの」
「まあ、ホロウはそういうものだからね……でも大丈夫! プロキシの私が、貴女をホロウから出してみせるから!」
「彼女を連れて行ってくれるんだな? それは助かるよ……もし医療品が必要な場合は、遠慮なく言ってくれ」
「……止めないんすね」
「止めるものか。彼女が吊るされているのを見ているだけだったのは、とても心苦しかったんだ。君達なら、彼女を守ってくれるだろう」
一行はイドリーを連れ、講堂を出る。
モスは彼らをそのまま見送り、止める素振りすら見せなかった。
「…………」
───────────────────────
ホロウの出口を目的地に、町を歩く。
見張りを含めた町の住人達は、モスと同じように敵意はなく、ただ彼らを見送るのみ。
「出口は町を出た先にあるよ。話は澄輝坪で聞かせてもらうね」
「うん。でも……」
「? でも?」
「……ううん、なにも」
イドリーは何が言いたげな様子だったが、口を噤む。
「そういえばさ……イドリーは、サラとは知り合いなの?」
「ええ、わたしを閉じ込めたのは彼女だから……あなたも知り合いなの?」
「……そうとも言えるね」
そのまま何事もなく進んでいき……一行は町の出口に到着した。
「ワンダリングなんちゃらやら、あの白いクソ野郎やらが出てくるかと思ったが……杞憂だったみてぇだな」
「ああ、俺の夢縋りも結局出てこなかったしな……」
「じゃあイドリー、行こっか」
「…………」
「イドリー?」
イドリーは突然、出口の前で立ち止まる。
彼女の表情は……何かを恐れているような、そんな顔をしていた。
「どしたの、イドちゃん。出口はすぐそこだよ?」
「…………」
「イドリー? どうしたの?」
「……できない」
「え?」
「出来ないの。わたしには……ここを出る事は出来ない。見えるの……この出口の先に、果てしない暗闇があるのが……全てを呑み込む暗闇があるのが……!」
「裂け目の事? いやでも、ここにはないし……」
『まずいな……侵蝕で幻覚を見ているのかもしれない。多少強引にでも、急いで連れ出そう』
「ほらイドリー、行こっ!」
「っ! ちょっと待って──!」
リンはイドリーの手を握り、そのまま出口の門にある裂け目をくぐった。
「…………行けたか?」
「戻って来ねぇって事は、そういう事だろ。オレ達も行こうぜ」
ファイズ達も、二人の後に続こうとする。
「…………っ!!」
「?」
だがその直後、同じ裂け目から何故かリンとイドリーが飛び出てきた。
「…………今、のは……」
「……やっぱり、無理なの」
「? 二人とも、どうしたの? なんで戻ってきたの?」
『ルートが間違っていたのか? けど、確かにこの裂け目の先はホロウの出口で……』
『報告。マスターの座標は、この十数秒間でラマニアンホロウの各所に出現していました』
「は!?」
Fairyから告げられるとんでもない事実。
いくら空間が不安定であっても、そのような事は滅多に起こらないはずだ。
プロキシが算出したルートでは尚更起こりえない。
「……今回もダメだった。これは……ホロウがわたしにかけた呪いなの」
『今観測データを見たけど……二人が裂け目に入った瞬間、そこのエーテルがほぼ再構築で乱れ出していた。偶然にしても、こんな事は今まで起こった事が無かった……』
「イドリーを連れていくと……出口が消えちゃうって事?」
「そうなの。だからお願い……どうかわたしを置いていって。わたしの為に、きみが苦しむことなんてないわ」
「そういう訳にもいかねぇだろ……出られねぇなら出られねぇで、ひとまずは安全な場所を探さねぇとな」
確かに、イドリーが戦えるとしてもホロウに長時間野放しにしておくには危険だ。
「どこかに安全な場所があればいいけど……」
「安全な場所……あ、それなら……近くにシェルターがあるわ!」
「イドリー、知ってるの?」
「うん。実は……わたしもプロキシなの。ホロウに入る時に周辺のルートを調べておいたから。最終的には捕まって出られなくなっちゃったけど……」
「よし……それなら、まずはそこに行こう!」
一行はイドリーの案内のもと、シェルターがあると言う場所へと向かった。
シェルターまでの道中、ミアズマによる障害物やエーテリアスを片付けながら、先へ進む。
イドリーはプロキシでありながら、エーテリアスとも戦う事ができるらしい。
おもむろにハンマーを取り出した時は流石のファイズもビビった。
そして無事に、シェルターへとたどり着いた。
「イドリーさんの言う通り、マジにシェルターみてぇだな」
「保存状態は良好……造形から推測するに、恐らく旧都時代に造られたものだろう」
シェルターには他に誰か来ている訳でもないようだ。
「ここでなら、侵蝕の危険性も低いし、安心して休む事が──あら?」
「?」
「……! き、きみは……」
「え?」
イドリーは目を丸くし、珍しいものを見たかのような表情をする。
その目線は……ファイズに向けられていた。