「……」
「? な、なんすか」
イドリーは急にファイズの方に関心を向け、こちらにゆっくり近づいてくる。
「…………」
「? ……??」
そして何をするのかと思えば……彼女はファイズの体を、恐る恐る触ってきた。
体をペタペタと触ったイドリーは、驚きの表情を浮かべる。
「嘘、きみ……幻じゃなかったの……!?」
「え? 幻?」
辺りを見回すイドリー。
リュシア、真斗、盤岳の順に視線を移していく。
「リン、もしかして彼ら……ずっといたの?」
「え、そうだよ。もしかして気づいてなかったの?」
「いる事自体は、気づいていたわ。けど……てっきり、幻の類だと思っていたから」
「む、幻とな……イドリー殿、何故そう考えたのだ?」
「えっと……実は」
イドリー曰く、彼女はホロウにいる時、過去にその場所で起こった事が幻覚として見える体質なのだそうだ。
子どもの頃から、イドリーにはその幻が見えるらしいが……
「けれど……成長するにつれてその能力が制御できなくなっていって。ホロウに入った時、見える幻の数がどんどん増えていったの」
ついには、本物の人間と幻の区別もつきずらくなってしまった。
さらにはホロウにいる間は他の人間の顔が歪み、認識不能となるため、なおさら識別することの困難さに拍車をかけてしまっている。
「そういう事だったのかよ……どうりでなんか相手にされてねぇと思ったぜ」
「ごめんなさい……きっと、シェルターに入って症状が落ち着いたから、皆の顔も見えるようになったのね」
「あれ……でもリンちゃんとは普通にお話しできてたよね? リンちゃんの顔は見えるの?」
「ええ、リンの顔だけは、講堂にいた時からはっきりと見えたわ。理由は分からないけど……リンの眼には、何か惹きつけられるようなものがあった」
「……眼、かぁ」
講堂の拘束をリンが解いた事と、イドリーが唯一リンのみを視認できた事。
この二つは、決して無関係ではないだろう。
「あの……イドリーさん。一ついいすか」
「どうしたの?」
「さっき俺の姿見た時、真斗達の時と違ってやたら驚いてましたけど……なんでですか?」
「それは……本物のファイズが、ここにいるとは思わなかったもの」
「……!」
答えを聞いて、ファイズはハッとした。
イドリーがプロキシである以上、「伝説のプロキシの右腕」であるファイズの事も知ってておかしくはない。
ファイズが一応インターノットで名を馳せた有名人である事を本人はすっかり忘れていた。
「きみに至っては、『本物がここにいるわけない』って先入観が邪魔して……抱えられてても"そういう幻"なんだって決めつけちゃっていたわ」
「そうだったんすね……」
「あ、そうだわ。みんな、もし澄輝坪に戻るなら……伝言をお願いいしてもいいかしら?」
「うん、いいよ!」
「ありがとう。奇々怪々にいる『柚子こしょう』という人に伝えてほしいの。『いちごパフェ』は約束に行けなくなっちゃった、ごめんなさいって。きっとそれで伝わるから」
「……え!?」
「い、今なんつった……!? いちごパフェだと……!?」
「?」
リュシアと真斗は驚きの声をあげる。
盤岳はきょとんとしているが……無理はない。いちごパフェの意味を知っているのは真斗達のみ。
「オフ会に来てない『いちごパフェ』って……イドリーさんの事だったんだね」
「いちごちゃん、あたしだよあたし! 『夜魔の語り部』だよ! こっちの真斗くんが『荒魂丸』で、タクミくんが『555』!」
「そうだったの? 凄い偶然ねぇ。夜魔ちゃんに荒魂くん。それと……『ごーごーごー』くん? 怪啖屋の一員でもあったなんて、驚きだわ」
「ファイズです」
「え? ファイズ……5が三つで──ああ~!」
納得していただけたようで何よりだ。
「でもイドちゃん、オフ会の為に澄輝坪に来たなら……どうしてこんな事に? ラマニアンホロウに何か用事があったの?」
「サラに呼ばれてきたの。調査の依頼かと思ったんだけど……ここのミアズマがわたしの力を増幅させて、過去の光景を再現できるようになっちゃったみたい」
サラはイドリーを講堂に閉じ込め、ひたすらに何かを再現させようとしていたらしい。
それが何かは分からないが、イドリーが言うにはサラは『かつて在った扉』とやらを求めているようだった。
「もちろん、何度も逃げようとしたけど……毎回気を失ってしまって。そして気づいたら講堂に戻っていて……その繰り返し」
「イドリーのその不思議な力が、ミアズマのせいで悪化してるって事だよね……なら、しばらくここにいて、様子見したほうがいいかもね」
症状が緩和さえすれば、自然とホロウから出られるようになるかもしれない。
「…………」
「……? タクミ、どうした?」
「いや……イドリーさんの傍に、誰か一人は残った方がいいかもしれないと思ったんだ」
「! そんな、悪いわよ……わたしは大丈夫だから。エーテリアスが来ても、一人で追っ払えるわ」
「戦力の心配じゃないです。さっきイドリーさんが言ってた事、ちょっと引っかかってて」
町の講堂に囚われていたイドリー。
何度も脱出を試みたのに、失敗し、気づけば講堂に逆戻りしている。
この不可解な現象、タクミは誰かによって仕組まれたものではないかと考えた。
「モスさんは、講堂の中には大事なものがあるって言ってた。それがイドリーさんの事だとしたら……誰かが、イドリーさんを町に連れ戻しに来るはずだ」
最初、町の人は講堂にイドリーが囚われていた事を全く話さなかった。
モスは彼女を『助けたかった』と言っていたが……もしそうなら、リン達が一度目に町を訪れた時点でイドリーのことを知らせていたはずだ。
「しかも、イドリーさんが捕まってた理由には、案の定サラの奴も絡んでやがった。サラ本人か、もしくはモスさんか……少なくとも、イドリーさんがホロウから出るのを快く思わないやつがいるのは確かだ」
「我輩も同じ考えに至った。戦力の多寡に関わらず、誰かが此処に残った方がいい事は確かであるな」
「俺が残ります。姉ちゃんたちは、照さんとこに戻って状況を報告して欲しい」
「え……? 大丈夫なの?」
「言いだしっぺは俺だし、誰かに役目を押し付けるわけにもいかねーだろ。それに今回は戦うわけじゃない。シェルターの中で待つだけだから大丈夫だ」
「……ありがとう」
もしシェルターに誰かが来たら、力づくで追い払う。
イドリー一人では為す術がないのなら、二人いれば大丈夫だ。
「まあ……分かったよ。イドリーがホロウから出られる方法、見つかると良いんだけど……」
「このシェルターの中でなら、症状が落ち着くんだよね? シェルターに入ったまま、ホロウから出られれば良いんだけどなあ……」
『皆、その事だけど……あれがあれば、上手くいくかもしれない』
「アキラくん、あれって何スか?」
『照に貸してもらった匣だ。あれのおかげでミアズマの影響で途切れていた通信が回復した。ただ、その匣の力でもイドリーはホロウを出られなかった。つまり……』
「……もっと数を増やせばいいって事?」
『そういう事だ。今、照にも連絡した。同じ匣を、もう何個か貸してくれるそうだ』
それなら、すぐに澄輝坪に戻った方がいいだろう。
匣が複数あれば、イドリーもホロウを出ることができるかもしれない。
「みんな……ありがとう」
「どうって事ないよ。それじゃあイドリー、すぐに戻るから待っててね。タクミ、無茶したら駄目だからね!」
「分かってるよ」
「イドリー、タクミの事よろしくね!」
「おうちょっと待て」
イドリーに危険が迫らないようにファイズが傍にいるという話ではなかったのか。
そうツッコみたいファイズをよそに、リン達はそのままシェルターを後にする。
「……それにしても、タクミは随分お姉ちゃんに大事にされているのね」
「まあ、そうっすね……ちょっと過保護すぎるきらいはあるけど」
「ふふっ……それじゃあ、タクミが怪我しないようにわたしも気を配っておかなきゃね?」
(……あれ、どっちが保護対象だっけ……)