講堂の隠された部屋にあったミアズマの繭。
その中には、ホロウに入って行方不明となった人々の姿があった。
モスの他に、パウルやウェストの姿も見られる。
いずれも意識はなく、呼びかけても返事が返ってくる事はなかった。
「これは……まさか……」
「そう。君達が探していた、俺たち夢縋りの本体だ。まあ、俺としては『かつての本体』と呼びたいところだがね」
「繭にあの人たちを閉じ込めたのは、アンタなのか……!?」
「違う。繭を作り出したのは……町そのものさ」
「町……」
「イドリー。君がここに囚われていた理由……覚えているか?」
「……ええ」
ホロウに佇んでいた講堂。
讃頌会のサラは、プロキシであるイドリーに調査依頼という形でそこへと連れて行った。
彼女の目的は、イドリーのホロウの記憶を映し出す能力を利用し、『かつて在った扉』というものを探すことだった。
イドリーはサラの罠に嵌り……リンに救助されるまで、講堂に長く囚われ続けることになった。
「この"町"がいつからあったのかは俺にも分からない。だが、これだけは言える。町は、繭は……君の手によって作られたものなのだと」
「……なんでそんな事が分かるんだ」
「分かるとも。初めて町を訪れた時の俺は、侵蝕によってエーテリアスに変えられる直前だった」
満身創痍状態で、町の講堂に迷い込んだモスは……そこで囚われていたイドリーの姿を目にした。
だがこの時の彼に、彼女を助ける余裕はなかった。
命尽きようとしたその瞬間、奇妙なことが起こった。
「ミアズマで出来た繭が現れ……本体の俺を包み込んだ。すると不思議な事に、今にも俺の命を奪おうとしていたエーテルの侵蝕が、ピタリと止まったんだ」
そして夢縋りとして現れたもう一人のモスは、確信した。
自分を救ったのは、彼女なのだと。
町の意思が、ここへ迷い込んだ哀れな人間を救ったのだと。
「イドリー。この町の意思は、繭は……君のものなんだ。君と町は、もはや一心同体とも言っていい」
「……!!」
(この繭が、イドリーさんをホロウから出るのを妨げてるって事か……? なら……!)
[Ready]
ファイズはファイズショットを装備する。
町が存在する限り、彼女がホロウから出ることができないのなら、今すぐ繭を壊し、繭の中の人共々助ける他ない。
しかし。
「! 待つんだ、タクミくん!! その繭を壊してはならない!」
「!!」
「早まるんじゃない。確かに繭を壊せば、夢縋りは消えるだろう……しかしそれは、繭の中にいる彼らを殺すことに他ならないんだ」
「……どういう事だ」
「これは脅しじゃない。かつて、俺も同じことを試そうとしたことがある。だがあの時の俺は、今の君と同じような勘違いをしていた。繭は、侵蝕を後退させる効果があるのだと……そう思い込んでいたんだ」
だが、実際は違った。繭は、あくまで侵蝕を一時的に
侵蝕を緩和させる効果は、一切ないのだ。
「その繭を壊し、ホロウの外気に晒せば……止まっていた彼らの侵蝕症状は再び進み、今度こそ瞬く間にエーテリアスへと異化してしまうだろう」
「……」
「……そんな」
「断言しよう……今の君たちに、為す術はない。だが、何も悲観的になることはない。この町では、夢と共に、新しい人生を歩む事ができるんだ」
モスはイドリーの肩に手を置く。
「君はこの町で『眠り』、町に迷い込んだ人々に、新たな選択肢を与え導く。そして君は、それを見守っていくんだ」
「……わたし、は」
「イドリーさんに妙な事を吹き込むな。イドリーさんには、イドリーさんの人生がある」
「君も理解したはずだ。彼女自身の物語は、ここで幕を閉じる他ない」
モスは出口の方へ向かい、扉の取っ手に手をかける。
「……だが、それでもホロウを出たいと言うなら、足掻いてみればいい。『彼女』の意思がそれを許すなら……な」
そう言い残し、モスは部屋を出ていった。
町の真実を知ったイドリーは、壁に寄りかかり、座り込む。
「……わたしは、ここで……」
「イドリーさん、アイツの言う事に耳を貸したらダメです。繭の中の人達と一緒に、無事にホロウを出る方法が、きっと見つかるはずだ」
「……そう、ね。ありがとう」
(けど……今の状況だと、俺たちじゃどうする事も……そうだ……!)
ファイズは思い出す。
町での機器の接続不良を改善するためにTOPSから借りた輝磁の匣。
元々はイドリーをホロウから出すため、その匣を使うという計画だったが……繭の中にいるモス達を救出するのにも、同じ手が使えるのではないだろうか。
明日の早朝、リン達はシェルターに戻ってくるはずだ。
その時に、モスが話した町の真実を、彼女たちに伝えなくてはならない。
「イドリーさん、ひとまずシェルターに戻って姉ちゃん達を待ちましょう。これ以上、ここに長居する理由はない」
「……ええ、そうね」
傷心状態のイドリーを支え、立ち上がる。
繭がある部屋を出て、二人は講堂を後にした。
ファイズフォンを開き、時刻を確認。既に深夜の一時を過ぎていた。
「……流石に、今日は疲れたな」
「ごめんなさい、タクミ。きみを守るつもりが、こんな事に……」
「一応言うと保護対象って別に俺じゃないんですよね」
もうタクミを護衛する事が共通認識となってしまっている。
なんと嘆かわしい事だろう。
「ともかく、行方不明者の居場所も分かったんだ。あとは出る方法さえ確立させれば──」
「…………あら?」
「?」
イドリーが突然、声を上げる。
どうしたのかと聞く前に、イドリーが前方を指差した。
彼女が指差した先にいたのは、学生服姿の少年。
本物と寸分違わず同じ顔をしたもう一人のタクミが、そこに立っていた。
「あの子……タクミと同じ顔をしているわ」
「……俺の夢縋りか。このタイミングで出くわすとはな」
「彼、こっちを見ているわね……どうするの?」
「今はアイツに構ってる暇はないです。さっさとシェルターに──」
「…………え?」
「?」
途中で気づいた、強烈な違和感。
「……イドリーさん、今なんて……?」
「え?」
「今、『俺と同じ顔をしてる』って……そう言ったんですか?」
今いるのは講堂の外。
町の中であり、ホロウの中である。
そんな場所でイドリーが、
「っ!!」
「……」
前方に立っている『タクミ』は、にこりと笑う。
イドリーも、今しがた起きている事態の異常さに気づいた。
「アイツは……」
「あの時と、同じ……! リンと同じように、彼の顔がはっきり見えているわ……!!」
イドリーが最初にラマニアンホロウに訪れた際に見かけたという、タクミと同じ顔。
あれと同一の存在だと言うのなら……
「…………」
ファイズはアルティメットファインダーで、正体を暴くために透視機能を使って『タクミ』の姿を視た。
佇む彼からは、ミアズマの気配を感じなかった。
にこりと笑う彼は、エーテルの構造物ではなかった。
歩き出した彼は、夢縋りでも、ましてやドッペルゲンガーでもなかった。
近づいてくる彼には、内骨格が存在した。
目の前の彼は、生きている人間だった
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日が昇り始めた早朝。
リン達は予定通り、ラマニアンホロウへと突入。
するはずだったのだが。
ホロウに入って間もなく、リンが突然ボーっとしたまま動かなくなってしまったのだ。
「……」
「ん? リンちゃん?」
「…………」
『……リン? どうしたんだい? どうして何も言わないんだ?』
「…………」
「んー……えいっ!」
「んひゃっ!?」
リュシアが頬を軽くつねった事で、リンは意識を取り戻した。
「……あれ? 私今、海の中に……」
『海? リン、もしかして寝ていたのかい? 昨日は休むように言ったはずだよ』
「ちゃ、ちゃんと寝てたよ? でも……あれ?」
「まあ、ここ数日の事を考えりゃあ、疲れが溜まんのも無理もないっスけどね」
「ご、ごめんね皆……はやくシェルターに行こっか」
一行はタクミとイドリーが待つシェルターへと向かっていった。