ダイアリンからの『お願い事』に、タクミは目を見開く。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ〜。しばらくお借りした後は、しっかりとお返ししますので!」
「……何のために、ベルトを?」
「んー……教えたいのは山々なんですがねぇ。『ボス』のご意向で、現時点では口外禁止……という事になってるんです」
「……」
「あ、でも大丈夫ですよ! あんたや適当観の先生方に不利益が及ぶような事は決して起きませんから!……承諾さえしてくれれば、の話ですけどね」
にやりと笑うダイアリンを見て、タクミは悩む。
ダイアリンの言葉に、嘘はないのだろう。
と言うか、黒枝の人間である彼女がここで変な嘘をつくような真似はしないはずだ。
だが……相手はTOPSの組織である。
新エリー都市政とあまり仲良しな関係ではない、あのTOPSである。
黒枝とは今は『行方不明者の救出』という利害の一致で協力関係にあるだけで、味方になったわけではない。と思っている。
ただ、そんじょそこらの傘下企業と黒枝が違うものということも分かっている。
黒枝がどういう理念を掲げているのかは分からないが……信用しても良いのだろうか。
「あそうそう。この話、あんたにとっても悪い話じゃないと思いますよ。今はお教え出来ませんけど……快くお貸しいただけたら、後で『いい事』が起きるかもしれません」
その『いい事』がなんなのか、まるで見当もつかないが……ここで断ったら、いらない面倒事を引き起こしそうだ。
「……分かりました。渡します」
「ありがとうございま~す! いやあ、よりにもよってこのタイミングで申し訳ないです」
「ちなみにどんくらいの間預かるつもりですか?」
「それはあたしにも分かりませんが……そんなに時間はかかんないと思いますよ」
タクミは部屋からファイズギアが入ったアタッシュケースを持ち出し、ダイアリンに渡す。
「……はい、確かにお預かりしました! それではまた明日! 今後とも御贔屓に~」
営業スマイルを浮かべながら、ダイアリンはそのまま適当観を後にした。
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「……」
夕食後、部屋に戻りベッドで寝転がりながら、考えに耽る。
ひとまずダイアリンの事はリン達に話しておいた……が、問題はこれからどうするか。
使う予定だったファイズギアは、黒枝の手に渡った。
では代わりにどうするのか。タクミは一応既に決めていた。
(……あれ、使うしかないよな)
いざと言う時の為に乾からとあるもの渡されていたもの。
タクミは引き出しの中からアタッシュケースを取り出す。
中に入っていたのは、カイザギアだった。
(あんまり使いたくなかったんだけどな……)
と言うのも、乾曰くカイザドライバーは『呪いのベルト』だと呼ばれているらしい。
適応できなかったものは容赦なく灰にされ、適応し戦う事ができたとしても装着者に訪れるのは不幸な結末のみ。
だが、タクミは過去に一度カイザに変身している。
にも関わらず、今のタクミの身には何も不幸な出来事は起こっていない。
『呪い』を跳ね返した、という事なのだろうか。
(……いや、起きてない訳じゃない。もう既に起こった後で気づいてないだけかもしれないな)
どれがカイザギアのもたらした『不幸』なのか。
……心当たりがありすぎて、分からない。
朔の占いで四十日連続『平』を出した時だろうか。
澄輝坪を歩いていた時に野良犬に抱き着かれて後頭部を強打した時だろうか。
飲茶仙で席を立った時に走っていた子供とぶつかってドリンクが──
(いや多分違うな……もしかして衛非地区に来る前か?)
ニューススクラッチで百日連続で『骨三本』が出た時だろうか。
『ソウルハウンドⅢ』で新スコア直前まで行ったのに筐体にトラブルが起きて全部が水の泡になった時だろうか。
ポート・エルピスで初めて釣った魚に尾ひれビンタされて海に──
(なんで俺の不幸ってしょうもないのばっかりなんだ?)
非常に哀しくなってきた。どうしよう泣きそうだ。
(もう考えるのはやめよう……寝よう)
明日は早い。
救出作戦に向けたエネルギーを養うため、タクミは毛布に入り目を閉じる──
(眠れない!!)
三十分後、タクミは目を開け心の中で叫んだ。
今日ホロウから戻ってきたあと、昼間から夕方まで寝ていたタクミ。
案の定、全く眠くなくなってしまっていた。
(どうすんだよ明日早いのに……! そうだ、今から走って疲れさえすれば……いやダメだろ近所迷惑だ!)
こうなってはもう、苦し紛れかもしれないが、温かい飲み物でも飲んで寝るしかない。
タクミは食堂に行くため、部屋のドアを開ける。
「ん?」
「あっ」
ドアを開けた先、見知った顔と鉢合わせをした。
「リュシア……何してんだ?」
「えっと……まだ寝るには早いかな~と思って。タクミくん起きてるかなって見に行こうとしたの」
「……俺が言うのもなんだけど、もう夜の十二時だぞ? リュシアも眠れないのか?」
「あたしは、今は眠くないかな。眠る時間は結構バラバラなんだよね。昼間に寝る事もあるし……てかタクミくん、『も』って事は君も眠れないの?」
「まあな……」
「おお、それならちょうどいいじゃん! 良かったら一緒にさ、澄輝坪をお散歩しない?」
「散歩か……」
確かに三十分ほど歩けば、自然と眠くなるかもしれない。
タクミはリュシアと一緒に、澄輝坪を軽く歩き回る事にした。
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「この時間になると、澄輝坪も静かだよね~」
「そうだな」
午後七時くらいの澄輝坪なら、まだ営業中の店もあっただろう。
だが深夜にもなれば、その店も明かりを消し店じまいをする頃だ。
「ん~……この静かな感じもいいね」
「俺はあんま出歩きたくないけどな……」
「うん? なんか言った?」
「いやなんも」
深夜の澄輝坪は、タクミ達の話し声以外何も聞こえない。
たまに野良猫の鳴き声が聞こえるくらいだった。
「そういやさリュシア。ホロウでランタンベアラーに会った時、あの子『おとう』って言ってたよな」
「あーそれ、あたしもずっと気になってたんだ。あの時は驚いたなあ……まああの子があたしの夢縋りなら、そう呼ぶのは自然なんだけどね」
「『おとう』ってのは、リュシアの父さんの事か?」
「うん、そうだよ。って言っても、父さんを『おとう』なんて言ってたのは小さい頃の話なんだけどね」
リュシアが独り立ちし、今に至るまでは、もうそう呼ぶことはなくなったらしい。
「懐かしいなあ。おとう、かくれんぼが大好きだったんだよね」
「リュシアの父さんってどんな人だったんだ?」
「おとうはね……防衛軍の特殊部隊の人だったんだ。でも滅多に帰ってこなくて……一緒に遊べた日は、数えるほどしかなかったかも」
だが帰ってきた日には、リュシアも『おとう』も、心行くまで一緒に遊んだ。
彼女は幼い頃、彼が帰ってくる日を何よりも楽しみにしていた。
「それである日、また久しぶりにおとうは帰って来たんだけど……その時、軍から緊急招集がかかったの。そのせいで、せっかく帰って来たのにおとうはまた戻らなくちゃいけなくなった」
リュシアは当然、駄々をこねながら『おとう』を引き留めた。
『いかないで』『おとうと一緒に遊びたい』と、泣きながら彼にお願いをした。
見かねた『おとう』は、リュシアにとある提案をした。
───わかった、いかないよ。じゃあ、かくれんぼをしようか
『おとう』の言葉を聞いたリュシアは、とても喜んだ。
そしていつものように目を伏せ、いつものようにかぞえ歌を歌い、目を開け探そうとした。
「……でも、おとうを見つける事は出来なかった。今日まで……ずっと」
「……!」
リュシアの言葉が、静かな町に重く響いた。