『タクミ。お前さん、明日からホロウには入るな』
『えっ』
時は遡り、儀玄達が適当観を発つ前の日の夜。
タクミは彼女に、唐突にそう言われた。
『……何も二度と入るなと言っている訳ではない。少なくとも私が良いと言うまでの間、ホロウには立ち入るのを控えろ』
『理由を……聞いてもいいですか』
『……理由か』
儀玄はタクミの言葉に、少しの間押し黙る。
『……"理由など聞くな"と言ったら、お前さんはそのまま引き下がってくれるか?』
『…………』
『……無理そうだな。まあ、当然か』
『……すみません』
『謝る事はない。むしろ、お前さんの為にも今話しておくべきだな。……ただ、今から話す事は聞くのにそれ相応の覚悟はいるぞ』
『大丈夫です、師匠。どんな事実でも俺は受け入れます』
『……分かった。それなら、単刀直入に言う』
『───お前さんの顔に、死相が浮かんでいる』
『……!』
儀玄から伝えられたその言葉。
普通の人ならば、少なからず動揺はするだろう。
しかし。
『……あまり驚いていないようだな』
『それは……その、師匠の言う"死相"って、普通の意味とは多分違いますよね』
『……やはり、お前さんも気づいていたか』
儀玄は目を伏せた後……再びタクミの顔に視線を合わせる。
彼女は、自分の弟子に待ち受ける未来を憂いていた。
『俺は……
『そうだろうな、その目を見れば分かる。だが、"その未来"がやって来た時、お前さんの身に起こる事を……師として黙って観ている訳にもいかないんだ』
『……大丈夫です。"その未来"が来ても、俺は誰にも迷惑はかけないし、傷つけもしません。いざとなれば──』
『違う。私
『──お前さんが、私達の前からいなくなってしまう事だ』
『……』
儀玄は、タクミの手を握る。
……やけに、その体温が温かく感じる。
『お前さんは優しい奴だ。家族や友人のためとあらば……傷つくことはおろか、孤独になる事さえ受け入れようとするだろう。だが……そうはなって欲しくない』
『……師匠』
『もし……お前さんが運命を受け入れると言うのなら、一つ……約束して欲しい』
『どんな姿になっても……必ずここに帰って来ると』
タクミは戦う。
家族を守る為に。友達を守る為に。
タクミは戦う。
家族を悲しませない為に。友達を悲しませない為に。
だが、悲しませないためには、ただ戦うだけでいいのか?
その命尽きても、孤独となっても、戦いさえすれば望んでいた笑顔が見られるのか?
違う。
タクミが死んでしまえば、いなくなってしまえば、家族は悲しむ。
タクミが死んでしまえば、いなくなってしまえば、友達は悲しむ。
タクミにとって皆が大切な人であると同時に。
皆にとってもタクミは大切な人なのだ。
そんな彼らを……悲しませたくはない。
タクミは生きる。
家族を守る為に。友達を守る為に。
タクミは生きる。
家族を悲しませない為に。友達を悲しませない為に。
タクミは生きる。
家族と一緒に。友達と一緒に。
その『生』への渇望が
屍を、『進化』へと導いた
───────────────────────
『Fairy……今、なんて』
『……二つの追跡対象の内、一つの生体反応が消失しました。幾度にわたり再スキャンを行いましたが、その結果は変わりませんでした』
「しょう、しつ? ……死んだって、事?」
『はい。消失した片方の生体反応についてですが……バイタルが著しく低下しており、出血による衰弱状態だったことが推測されます。故に、死亡したのは──』
『いい』
アキラがFairyの言葉を遮る。
『これ以上は……言わなくていい。早く……リンを探しに行こう』
あくまでも冷静に、本当に最悪の事態を引き起こさないために、次の行動を起こそうとする。
だが……
「……たくみ、なんで……? やくそく、したのに……!」
「こんな結末……あんまりだわ……どうして…… わたしは、きみも一緒に……」
タクミが死んだ今、次はリンが危ない。
そう思い、動こうとしても、認めたくない事実が重くのしかかり、足が鈍る。
「……オレは認めねぇぞ」
真斗の拳から、血が滲む。
怒りと絶望。
悲しみに暮れている暇はないと言うのに、まるで金縛りを受けたかのように、その体は動かなかった。
『……皆。今は、悲しんでいる時じゃない』
「!」
泣き叫びたい感情を押し殺し、アキラは皆に呼びかける。
『まだ、生体反応のひとつは残っている。タクミは最期までずっと、リンを守ってくれていた。それを無駄にする訳にはいかない』
「……アキラ」
『さあ、行こう。今から急げば、まだ──』
ドゴォォオオオンッ!
「っ!?」
突如、ホロウ中に響き渡る轟音。
アキラ達は思わず耳を塞いでしまう。
「なんだ……!? 今のは……!!」
『っ!!』
「! アキラくん!」
音を聞いたアキラは、イアスの姿にもかかわらず、なりふり構わず走り出した。
(今の音は……リン達がいる方向だ……!!)
真斗達も、突き動かされるように走り出す。
そしてその途中。
奇妙な光景を目にした。
「ガァ……ァ……」
『……? これは……』
灰色の体をしたホオジロザメが、壁にめり込みながら呻き声をあげていたのだ。
まるで『誰かに吹き飛ばされた後』のような、そんな光景だった。
「!!」
やがてその身体から青い炎が出始める。
そしてその炎とともに……ホオジロザメは灰と化し、消滅してしまった。
(これは……オルフェノク? さっきの音は、コレが壁に叩きつけられた音だったのか)
誰にやられたのだろうか。
タクミもリンも、オルフェノクに対抗できる力は無かったはずだ。
『マスター。追跡対象まで、のこり十数メートルです』
『!』
走っていく途中で、Fairyがそう告げる。
考え事をしている暇はない。
リンだけは、なんとしても助けなければならない。
そうしてアキラ達は、リンがいる広場へと辿り着いた。
『リン……!』
辺りは土煙が立ち込めており、周りが見えない。
この場所で何かがあった。それだけは確実だった。
「! あそこに……何かいるよ!」
リュシアが指差す先。
土煙の向こうから、影が見える。
やがて煙は消え、視界がクリアになり……影の正体が明らかになる。
丁寧に抱きかかえられ、傷一つなく眠っているリン。
だが……彼女を抱きかかえているのは、タクミではない。
タクミの代わりにいたのは、
リンを両手で抱え、こちらを見つめ、静かに佇んでいた。
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暗闇の中。
リンはいつ覚めるかも分からない夢の中で、必死に走る。
「はぁ、はぁ……!!」
リンの眼に映るのは……兄と同じくらい大切な、たった一人の弟の背中。
どこかへ歩いていく彼の姿は、血にまみれていた。
足取りもおぼつかない。
走ればすぐに追いつけるほどのスピード。
「タクミ……! 待ってよ……!!」
それなのに、どれだけ足を動かしても、彼の背中が大きくなることはなかった。
声をかけても、彼は振り向かない。
それどころか、次第に小さくなっていく。
彼の姿が見えなくなっていく。
どこかへ消えていく。
つまづいて転んでも、擦り傷だらけになろうとも、リンは足を止めない。
ただ必死に、彼の名前を叫ぶ。
「お願い……止まって……! 止まってよ……!!」
「どこにも……行かないでよ……っ!!」
「……」
「!」
歩いていたタクミが、足を止める。
そして、ゆっくりと後ろにいるリンの方を向く。
その瞬間、リンの視界が真っ白になった。
「……あ」
タクミの姿が見えなくなる。
それと同時に、体がまるで抱えられているかのような感覚になった。
温度は何も感じない。
だが、暖かい。
思わず笑みがこぼれるほど、暖かった。
だが、少しすると抱えられていた感覚が消え、感じていた暖かさも消えてしまった。
惜しむ間もなく、彼女の意識は現実に引き戻される。
『───ン!』
『──リン!』
『リンッ!!』
「!!」
聞き慣れた声で、リンは目を開ける。
まず視界に入って来たのは、アキラの声を出すイアスの姿。
「……おにい、ちゃん」
『リン! よかった……!!』
「リン!」
「リンちゃん!!」
次々と、聞き慣れた声が耳に入ってくる。
真斗、リュシア、イドリー。
「みんな……」
だが、あと一人。あと一人いない。
暗闇でずっと追いかけていた、ずっと聞きたかったあの声が聞こえない。
『タクミは、どこ?』
そう聞く前に……もう一人の姿が目に入った。
「…………」
それは……おおよそ人間とは思えない異形の姿。
バッタのオルフェノクが、リンを見ていた。
普通ならば目にした途端逃げ出す事だろう。
だが、不思議にも……リンはそれを『恐い』と感じる事はなかった。
「お兄ちゃん……アレは」
『あのオルフェノクは……さっきまで君を抱えていたんだ。その後、すぐに君をこっちに引き渡してくれた』
「……」
リンはゆっくりと立ち上がる。
そしてそのまま、オルフェノクの元へ歩き出す。
「……!」
アキラは彼女を引き留めようとしたが……何故かその気になれなかった。
目の前にいる謎のオルフェノク。味方だと言う保証はどこにもない。
それなのに、どうにも敵だと思えなかったのだ。
「……」
近付いてくるリンに対し、バッタのオルフェノクは逃げるように後ろに下がる。
敵意をこれっぽっちも感じない。
それどころか、こちらに対し『怯え』の感情すらあるように見える。
リンはオルフェノクと至近距離まで、近づいた後……その手を取る。
そのオルフェノクから、体温は感じない。
だが……身を預けたくなるような暖かさが、そこにはあった。
このオルフェノクは──
「…………タクミ?」
「!!」
『なっ……!?』
リンがつぶやいたその名前。
アキラ達はもちろん、オルフェノク自身もその名前を聞いて動揺した。
「ま、マジか……! オマエなのか、タクミ……!?」
「……っ」
真斗の問いに対し、声こそ出さないが、明らかに慌てたような素振りをするオルフェノク。
明らかに、今まで出会ったオルフェノクとは違っていた。
「タクミ、だよね。大丈夫……私だよ。タクミの、お姉ちゃんだよ」
「…………」
オルフェノクは無意識に、リンの手を握り返す。
その瞬間、オルフェノクの体が白い光を放つ。
「……姉ちゃん」
その光の中から姿を現したのは……タクミ。
胴着は、血だらけでボロボロ。
しかし、先ほどまで重傷だったのが嘘かのように、その傷は完治している。
さらにオルフェノクになってしまった影響か、その髪は色を失い、真っ白になっていた。
『タクミ……! 本当に、君なんだな……!!』
「……兄ちゃん」
だがそれでも……その顔は、タクミそのものだった。
「……なんで、分かったんだ?」
「……分かるよ。だって……タクミの手って、あったかいもん」
目にに涙を浮かべ、タクミを抱きしめるリン。
「……タクミ」
「!」
「約束して……? 何処にも……行かないって」
「……うん、分かった。約束す──」
「タクミだぁぁああああうわああああああ!!!」
「ウワァーーーーッ!?」
大号泣状態のリュシアからファールバウティ顔負けの突進を食らうタクミ。
次にアキラ、イドリー、そして真斗がこちらにやって来る。
しばらく、タクミが解放される事はなかった。
次回か次次回で四章終わりです!
そしてついにあの子も出てきます!