例の事件から、早数日が経った。
『繭』に囚われていた人間は一人残らずホロウから救出。
侵蝕症状等の有無はあれど、『ほぼ』全員、命に別状はなかった。
そして『呪い』により町から出ることができずにいたイドリーも……無事ホロウから脱出。
だが……それと同時に、行方不明だった釈淵がサラと接触を図っていた事も、ミアズマの幻によって明らかになった。
多数の謎は残ったものの、今回の件は無事に解決した。
そしてもう一つ。
ホワイトシャークオルフェノクにより、重傷を負ったタクミはオルフェノクになる事でその傷を治し、一命を取り留めた。
そしてホロウを出るまでの間、タクミは悩んでいた。
オルフェノクとなった今、タクミは友達に対しこれまでのように接することが出来るのか……と。
ロープウェイから澄輝坪に戻るまでの間……タクミは悩んだ末に、ある決断をした。
『オルフェノクになった事を、他の皆にも言おうと思ってる』
タクミのその唐突な決断に、リン達は度肝を抜かしただろう。
だが、止めようとは思わなかった。
これまで事件解決に関わってきた仲間たち。
自分を信じ、共に戦ってくれた彼らに……タクミは今回起こった事を全て伝えることにした。
『オルフェノク』は、ホワイトスター学会やHIAがその存在を認知した事で、急速にその名前が世間にも広がっていっている。
当然、世間の『オルフェノク』に対する認識はエーテリアスと同じ『恐ろしい怪物』でしかないだろう。
タクミは、自分がその『恐ろしい怪物』であると、皆にそう話す。
雲嶽山や、対ホロウ六課だけではない。
邪兎屋、白祇重工、特務捜査班、ヴィクトリア家政、カリュドーンの子……
少なくともタクミが「ファイズ」だと知る者全員に、その真実を伝えておこうと思ったのだ。
もちろん、軽い気持ちで決めた訳ではない。
この短い間に出した決断に、途轍もない勇気を要した。
友情を試すつもりもない。
ただ、伝えておきたかった。
拒絶されるかもしれないとしても、話しておきたかった。
タクミはその決断が間違っていないと信じ……この数日の間に、彼女たちがいる場所に訪れる事にした。
『大事な話がある』と言うと、彼女達は嫌な顔一つせずタクミの話を真剣に聞こうとしてくれる。
『…………』
心臓が、緊張で高鳴る錯覚に陥る。
それでも勇気を出し……タクミは全てを話した。
結論から言おう。
『俺、オルフェノクになりました』
別にこんな単刀直入に言ったわけではないが、話すべき事は包み隠さず話したつもりだ。
だが、皆は『タクミがオルフェノクになった事』に、たいしてショックを受ける様子はなかった。
そう。
皆のタクミに対する態度は、何も変わらなかったのだ。
皆にとって、『タクミはタクミ』でしかなかった。
タクミとて、皆を信用していなかった訳ではない。
『皆が拒絶するわけがない』……無意識にそう信じていたからこそ、タクミは話す事ができたのだ。
だが、ここまで何も変わらないとは思わなかった。
安心と困惑。
二つの感情が色濃く入り交ざった。
ただ、奇妙と感じる事がなかったわけでもない。
と言うのも彼女たちは、タクミが帰るのをやたらと引き留めようとしてきたのだ。
最初は不思議に思ったタクミだが、自身の今の境遇を省みてとある結論に至った。
きっと、人間でなくなってしまったタクミを元気づけようとしてくれているのだろう。
ここまで周りに恵まれている自分は幸せ者なのだと、タクミは彼女たちに感謝をした。
ちなみに『重傷を負った』という事に関しては、見過ごしては貰えなかった。
もうすでに完治しているとは言え、タクミはあの時普通に死にかけていた。
その事を聞いたリンは、タクミの胸元でわあわあと泣いた。
アキラも目を赤く腫らしながら、タクミの傍を離れようとしなかった。
『兄ちゃん、姉ちゃん……俺そろそろ寝──』
『『……』』
不幸体質が呼び寄せた事故とは言え、こうなってしまった原因を作ったのはタクミ。
それに、タクミも同じ立場なら……いや、さすがにここまでではない。
とにかく甘んじてそれを受け入れ、寝るまではこのまま過ごした。
「……それは、災難だったな」
「まあその……俺が全面的に悪いってのは分かるんですけど」
そして現在。
タクミは適当観に訪れた乾と話をしていた。
乾は現在、零号ホロウにて異常発生したオルフェノクの討伐をホロウ六課とともに行っている。
当然、彼にも今回の事は伝えた。
『バッタのオルフェノクになった』と伝えると……乾は血相を変え、『変身してくれないか』と頼んできた。
言う通りに、誰にも見えない場所でバッタのオルフェノクに姿を変える。
「……」
「……どうですか?」
「……違うな。所々は『オルフェノクの王』にそっくりだが……別モンだな、こりゃ」
タクミが変身したオルフェノク──『ホッパーオルフェノク』は、乾の言う『オルフェノクの王』と姿は類似しているものの、細かな部分が違っていた。
緑色の複眼に赤いスカーフ。
オルフェノクは本来、体に白と灰色以外のカラーが入る事はない。
だが、ホッパーオルフェノクの体は所々に緑色と黒色の部分があり、オルフェノクの王はおろか他のオルフェノクとも一線を画していた。
「……見たことがないな。こんな見た目のオルフェノクは」
「オルフェノクの王……とかじゃないんですね?」
「ああ。あの野郎は……色もそうだが、もうちょい禍々しい見た目だったからな。オルフェノクがやたら発生してるのは、やっぱりもう一人のお前が原因かもな」
「…………」
「……なんにせよ、もし体に異変が起きたら俺に……いや、俺じゃなくてもいい。とにかく誰かに伝えろ」
オルフェノクとなってしまった以上、向き合わなくてはいけない問題。
それはオルフェノク特有の内なる殺人衝動。
『人間である事を捨てろ』『一人残らず殺せ』
そう訴えかけるような声が、時々頭の中に響いてくるらしい。
「お前がいくら殺したくないと思っても、その"声"に抗えるかは分からない。こればっかりは、一人で抱え込もうとすんなよ」
「大丈夫です。俺の周りは強い人がたくさんいますから。俺が暴走しても余裕で倒せ──止められますよ」
「……ならいい。それと、しばらくは一人で出歩くのはやめろ。ホロウにも、今行くのはやめとけ」
「……皆にも、同じ事言われました」
タクミは現在、『単独外出禁止令』を出されている。
デッドエンドブッチャーと戦った時以来の、久しぶりの外出禁止令だ。
傷はもう完治していると言うのに、聞き入れて貰えなかった。
「……まあ、そうだな。大人しく従っとけ。それと……」
「?」
「仲間の事、手放すんじゃねえぞ」
そう言うと、乾は適当観を後にした。
そしてその直後。
「タクミ!」
「!」
入れ替わるように、リュシアとイドリーが適当観にやって来た。
「リュシア、イドリーさん。
「あったり前でしょー? 今あたしの中では、タクミが一番の問題児だもん。ハティ以上に世話の焼ける子だよ?」
「前にも言ったけどな、あれは別に俺から巻き込まれに行ってる訳じゃないんだって……」
「でも真斗くんから聞いたわ。きみは前代未聞のトラブルメイカーだって」
「誹謗中傷だ!!」
トラブルに首を突っ込みに行っているわけではない。
トラブルの方からやってくるだけだ。
そう説明しても、タクミが危険な事に首を突っ込みに行っていないか、毎回彼女たちは確認しに来る。
昨日は真斗たちも一緒に来た。
柚葉に至っては日が暮れるまでタクミの部屋から帰る事はなかった。
今朝もノックノックでメッセージが来ている。
「心配かけさせたのは本当に悪いと思ってる。けど、それにしたって過保護すぎないかとも思うんだよ」
「うんうん、それはきみが悪いわね~。それじゃ、今日は読み聞かせしてあげる」
「ナチュラルに否定しないでください! あと幼児か俺は!!」
「あ、その絵本あたし知ってる! エーテリアスの挿絵がこれまたかなり元ネタに忠実なんだよね~!」
「ノリノリかよ! あーーやめろ! そんなくっつかなくていいから! どこにも行かないって!」
……明日の朝、儀玄達が帰ってくる。
少し覚悟をしておいた方がいいかもしれない。
「疲れた……」
時刻は午後七時。
今日は適当観の外には出ていないのに、やたらと疲れてしまった。
現在アキラとリンは外出中。
今なら人目を盗んで外出できるかもしれないが……その気力はとうに残っていない。
部屋に戻ろうとした、その時。
「ワンッ!」
「ん?」
適当観のお守りをしてくれていた朔が、タクミを呼び止めた。
「どうしたんだ、朔」
「ワン! ワンッ!」
「上? 上に何が……」
朔の言う通りに上を見てみると……屋根の上に、小さな影が一つ。
「ンナ……ンナ……」
我らが適当観のアイドルであるオシシが、屋根の上をゆっくりと歩いていた。
「……? おいオシシ、何やってんだ?」
「! ンナ、ワタンナ!(し、静かに!)」
「え……? あっ」
オシシがいる屋根……のさらに上。
ふっくらとした茶トラ猫が軒先にしがみついており、今にも落ちそうな状態だった。
……非常に既視感のある光景だ。
「にゃっ……ニャアアーーッ!!」
「ンナアアアア!?」
そして案の定バランスを崩し、オシシと茶トラ猫は仲良く屋根から滑り落ちる。
「っ……おっしゃあ来い!!」
タクミはオシシと猫の落下地点まで急ぎ、スマートに受け止めようとする。
……が、現実はその『スマート』とは程遠かった。
「ンナッ!!」
「ニャッ!!」
「ぐわあっ!?」
一応受け止める事には成功した。
頭に二匹同時のヒップドロップが決まり、ノックダウンさせられる、と言う形であるが。
「……!? だ、大丈夫!?」
「だ、大丈夫……です」
地面に突っ伏すタクミに、心配の声と共に手が差し伸べられる。
特に何も考えずに見知らぬ人からの手を取り、起き上がる。
その姿を目にした時。
「……ん?」
前に、福福が言っていた事が頭に浮かんだ。
───ふわふわで大きいしっぽ。
───栗色のロングヘア。
───可愛らしい赤い飾り紐。
『──もし、そんな子を見かけたら……こう呼んであげてくださいっ!』
「…………姉弟子?」
「……え?」
栗色の髪の少女は、タクミのその呼び名に反応する。
「アナタ……今、姉弟子って言った……?」
「え? は、はい」
「…………っ!!」
きょとんとした顔から一転。
少女はタクミにずいっと近寄る。
「も、もう一回言って……!」
「?? あ、姉弟子……」
「あ、姉弟子……!! って事は、アナタは……っ!」
「ワタシの、弟弟子~~~!!」
「……!?」
少女……葉瞬光は、大層興奮した様子でそう叫んだ。
「……!!」
「……あの」
「…………!!」
「……姉弟子?」
「はうっ!!」
「!?」
姉弟子と呼ばれた事で我に返った瞬光。
「こ、コホン……ごめんなさい、ちょっと取り乱しちゃったみたい」
「トリップしてませんでした?」
「と、とにかく! アナタが今言った通り、ワタシが姉弟子よ! 雲嶽山の葉瞬光!」
「そ、そうなんですね……俺はタクミって言います」
「タクミ……分かったわ! それじゃあタクミ? 今度から、ワタシの事は『瞬光先輩』って呼ぶ事。いい?」
「わ……分かりました、瞬光先輩」
「"瞬光先輩"……むふふん……!!」
またしても嬉しそうな様子の瞬光。
先ほどから大きな尻尾がぶんぶんと揺れている。
「……瞬光先輩は、こんな時間に何を?」
「瞬光先輩……でも、やっぱり姉弟子って呼び方も捨てがたいわよね……いっそ福姐さんみたいな感じで瞬姐さんとか──」
「……瞬光先輩?」
「えっ? あ……わ、ワタシは、ちょっと散歩に来ただけなの! もうそろそろ帰らなきゃ……あ、師匠たちには、ワタシが来た事は内緒にしてて!」
「? 分かりました」
「よろしい!」
瞬光はタクミの返事に満足そうにうなずくと、そのまま正門の方へと向かう。
その後、タクミの方へ振り向いた。
「……ねえ」
「?」
「ワタシ達……どこかで会った?」
「……え?」
「あ、ごめんね……変な事聞いちゃって。それじゃ、またどこかで会いましょ!」
そう言うと、瞬光は適当観を後にした。
「…………」
一匹狼になれない系オリ主
次回から番外編です!