「たーっくーん」
「……?」
ある日の午前。
やる事もなく部屋でのんびりしていると、外の方から声が聞こえた。
「あーそーぼー」
誰かが適当観にやって来たのだろう。
タクミを呼ぶその声の主は……聞き間違いでなければ、恐らくシードだ。
タクミは部屋を出て、正門前まで向かう。
正門は、がっちりと閉まっていた。
(……? この門、昼間は開いてなかったか?)
頭に一瞬疑問が浮かんだが、特に気にせずに門を開けた。
「……ん?」
しかし門を開けても、そこには誰もいなかった。
「……?? シード、何処にいるんだ?」
確かに彼女の声が聞こえたのだが……辺りを見渡しても何処にもいない。
「帰ったのか……?」
シードは行動の読めない少女。
もしかしたら遊ぼうと思って途中で『やーめた』となったのかもしれない。
もしくは単に先程の声が幻聴だったか。
なんにせよ、誰もいなかったのでタクミは適当観に戻り──
『どーん!!』
「うわああああ!!」
──近くの倉庫の陰から飛び出してきたビッグ・シードに腰を抜かしかけるのだった。
『たっくんの驚き方って、バリエーションあって面白いよね〜』
「シード……お前な……」
『ビッグ・シードの姿、たっくんにはイカつかった?』
ビッグ・シードの中からシードの声が聞こえる。
別に怖い訳ではないが、体長2.4メートルのロボットが飛び出してきたら誰だってビビる。
『シード、わざわざこんな事に時間を使うんじゃない……』
「タクミ! さっき派手に尻もちを着いてましたが、大丈夫でありますか!?」
オルペウスと鬼火が、ビッグ・シードが飛び出してきた場所と同じ所から出てきた。
「鬼火隊長に、オルペウス……? なんで皆して、適当観の中の方にいるんだ? 門の外にいたんじゃ」
『はぁ……シードの下らんイタズラに付き合わされたに過ぎん』
実を言うと、適当観の門は最初は開いていた。
シードはタクミを驚かせるため、適当観に入りに門を閉めた後、タクミの名前を呼んだ。
そしてタクミは閉まった門の外から声が聞こえたと勘違いし、まんまと罠にはまってしまったわけだ。
「柚葉もそうだけどさ……皆イタズラ好きすぎだろ」
「違うよ〜、僕はたっくんがびっくりしてる顔が面白いな〜って思ってるだけだもん」
「それもそれでどうなんだよ」
「オルペちゃんもそうだよね?」
「へ!? あっえーと……確かに、タクミの驚いてる顔は可愛くて自分は嫌いではないと言いますか……」
『まあ、いつまでもビビりなお前にも非があるな。そんなんだからイタズラの標的になるんだ』
「酷くね?」
被害者だと言うのにこの言われっぷり。
タクミはオルフェノクになっても、すぐにビビる性格が改善されることはなかった。
なんと嘆かわしい事だろう。
『しかし……いい機会だな。お前は今日、そのビビりを克服できるかもしれんぞ』
「? どう言う事ですか?」
『今日私達がわざわざ適当観に赴いてやったのは……お前をとある訓練に付き合わせるためだ』
「う゛っ……」
何故かうめき声を上げるオルペウス。
その顔は……すごく嫌そうだった。
「……訓練ってなんの」
『忘れたのか? 恐怖を克服するために……映画を観ようと言っていただろう。前はどこかの誰かのせいで邪魔されたが』
「……あっ」
タクミは鬼火の言っている事を理解した。
さらにオルペウスが持っているビデオのパッケージを見て確信に至った。
エーテリアス・獣たちの都市
以前鬼火とオルペウスが訓練の為にこの映画を観ようとしたが、彼女の言う『誰か』のせいでそれが延期となった。
そう、延期。
恐ろしい訓練は、中止になったわけではない。
「すません!! 自分急用を思い出しました!!」
『お前に拒否権はないっ! シード!』
「ラジャ〜」
「う、ウワァーーーーッ!?!」
踵を返し逃げようとしたタクミだったが……為す術もなくビッグ・シードに捕まってしまった。
「ビッグ・シード、優しくね〜」
『コイツを官舎に連行するぞ!』
「オルペウス!」
「タクミ!」
「オルペウス!!」
「申し訳ありませんが、自分と一緒に苦しんでくださいっ!」
「オルペウスーーーッ」
ビッグ・シードに担がれながら、タクミは適当観を後にした。
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抵抗もままならず、タクミはオボルス小隊の官舎にてオルペウス達と一緒に『エーテリアス・獣たちの都市』を鑑賞する事になったのだが……
「なんか思ったより怖くなかったな」
『そりゃそうだろ、隣でオルペウスがあんなワチャワチャしていたらな』
「オルペウス、ずっとたっくんにくっつきっぱなしだったね〜」
「ううう……」
───じ、自分がお守りしますからーッ!!
鑑賞中オルペウスはそう叫び、液晶に映るエーテリアスかから庇うようにタクミに抱きついて来た。
タクミは空気を吸うのに必死で映画の内容は半分くらいしか見れていなかった。
怖いシーンが来ても、恐怖を感じる暇がなかった。
だが、何も全然内容を観られなかった訳ではない。
一応楽しめはした。
そしてタクミはその中で、ふと気になるシーンがあった。
「そういえば隊長」
『なんだ』
「戦闘シーンの途中で主人公がレーションを取り出した時、なんかすげぇ嫌な顔してたじゃないですか。防衛軍の戦闘糧食って美味しくないんですか?」
『…………』
「……ん?」
タクミの問いに、鬼火は答えない。
「……あれを糧『食』と呼ぶのは、普通の食べ物に失礼だと、自分は思うであります……」
『馬鹿を言うなオルペウス。あれが一時の窮地を救う場合もあるんだぞ。例えそれが吐き気のするような味でもだ』
「……そんなにまずいんすか?」
『……まあ、そうだな。あれは世辞にも美味いとは言えん。だが、戦闘糧食とはそういうものだ』
新エリー都防衛軍のレーションは、敢えてまずく作られているらしい。
いくつでも食べられるような美味しさだと、直ぐに食料が無くなってしまうから……というのが主な理由だ。
さらにホロウの中でも問題なく食べられるレベルの保存性を目指した結果、最早口にするのも憚られるような味になってしまったと言う。
「どんな味なのか逆に気になってきたな……」
「じゃあ食べてみる〜?」
『おいなんで持ってきたんだ』
シードが保管されていた戦闘糧食の一つを持ち出してきた。
「チョコレートバー……?」
「し、シード……!? よりによって、ソレを持ってきたんでありますか……!?」
『くっ……コレを最後に食ったのはもう十数年前の事なのに、味が蘇ってくるようだ……』
「そんなに不味いのか……!?」
タクミはチョコレートの封を開け、恐る恐る口にする。
……食べる事自体に抵抗がないのは、タクミ自身に食の偏見がないからだ。外部要因はない。
咀嚼するタクミ。心配そうに見つめるオルペウス。
「た、タクミ……どうでありますか……?」
「……味はないのに、後味が悪い……確かに、これは不味いな……」
『だろうな。これで美味しいなどと言われたらお前の味覚を疑うところだ』
「オルペウス達も、これ食ったのか?」
『ああ。オルペウスに限っては、一口かじった後にギブアップしていたがな』
「あ……あれを食べる機会が二度と訪れない事を祈るばかりであります……」
11号とトリガーも、レーションを試しに食べたことがある。
11号はレーションを一口食べたあと、『無味は苦痛』と呟き何を血迷ったのかタバスコをかけ始めた。
トリガーは一応完食こそしたが、『あんぱんに勝る携行食は存在しませんね』と感想を言い、そのままあんぱんを買いに出かけて行った。
ともかく、タクミもなんとかこれを完食。
適当観の乾パンの方がまだ美味しかった。
「……そういえば、シードは食べたのか?」
「僕? 僕は食べてないから味は分かんないけど、お花達は美味しいって言ってくれたよ〜」
『……? お前それどういう──お、お前レーションを肥料にしたのか! 花の!!』
鬼火の叫び声が響いた。