裏方
「ふう……ひとまずは、目標達成まで一歩近づいたってとこかな」
ラマニアンホロウの何処で「タクミ」はそう小さく呟く。
あの時、タクミがラマニアンホロウでオルフェノクに変化したところを、もう一人の「タクミ」は密かに見ていた。
「あれが、オルフェノク……人類の進化形態」
そして同じくあの時、彼と一緒に一部始終を見ていた青年が一人。
「んー? 釈淵さんは、オルフェノクを見るのは初めてなのかな?」
「……ええ。知っていたのは名前のみです」
メヴォラク司教亡きあと、密かに姿を消した釈淵は……「タクミ」やサラ率いる讃頌会と行動を共にしていた。
「彼をオルフェノクへと変えるのが真の目的……『かくれんぼ』とやらは名目に過ぎなかったという事ですか」
「僕はアイツをオルフェノクに『変えた』訳じゃない。『自覚させた』に過ぎないんだ」
「……自覚?」
「そう、アイツはもとよりオルフェノクだったんだ。自分を人間だと錯覚してただけ。だってそうでしょ? そうじゃなきゃ、
『ファイズはオルフェノクにしか変身ができない』
それを知った時から、タクミは自分の正体に疑念を持ち始めた。
ファイズに変身した時から、彼の運命は決まっていたのだ。
自分がオルフェノクだと気づく……その運命が。
「……貴方はそれを見越していたと?」
「見越したも何も、そうさせたのは僕だからね。乾巧に『わざと』ファイズのベルトを拾わせ、二人が同じ場所に来るよう誘導し──」
「そしてホロウ災害を、
「……は?」
釈淵は、彼が口にした言葉の意味を理解できなかった。
「発生させたと……今、そう言ったのですか……? ホロウを、『作り出した』と……!?」
「まあ、一世一代とも言える重労働だったけどね。また同じことをするには、途方もない量のエーテルを集めなきゃならない。零号ホロウに行けば結構すぐ集まるんだけど」
タクミはあの時、小規模のホロウ災害に巻き込まれた。
その時、戦う術もなかった彼は乾と出会い、ファイズのベルトを貰い受ける。
そしてタクミは、初めてファイズに変身した。
全て、もう一人のタクミが仕込んだシナリオだったのだ。
絶句していた釈淵だが、落ち着きを取り戻し、再び彼に問う。
「……そこまでする意味は? そのような回りくどい事をするよりも、直接彼の元に行ってオルフェノクになるよう仕向けば良かったのではないですか」
「あの時のタクミは弱すぎて話になんないよ。オルフェノクになったとしても、下級エーテリアスにだって勝てやしない。だからレベルアップをする必要があるんだ。ゲームみたいにね」
「……」
「そうして、『もう一人の僕』にふさわしい強さを手にした時……初めて目的に一歩近づける」
「……貴方が讃頌会と接触を図ったのはそれが理由ですか。彼に死闘を
「それもあるけど……一番は『始まりの主』ってのに会うためかな。まあどれにしても、使い勝手が良い道具だったよ」
そう言いながら、「タクミ」は退屈そうに欠伸をする。
「……それよりも、いいの?」
「?」
「貴方がこっそり讃頌会と接触してるの、ミアズマの幻のせいでアイツらにバレちゃったよ? 言い訳とか用意してた方がいいんじゃない?」
「……必要ありません。こうなる事は分かっていました。引き返すつもりもありません……全ては、あの忌まわしき剣から、僕の妹を解放するため」
「──その為なら……僕は讃頌会と貴方を、利用する事さえ厭わない」
「…………」
釈淵のその言葉に、「タクミ」は嫌悪感を示す事はなく、むしろ歓迎の笑みを浮かべた。
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『──どうだ、タクミ? どこもおかしなところはないか』
「すごいです師匠……まるで新品だ……!」
タクミはピカピカとなった自身の胴着を見て、歓喜の感情をあらわにした。
ラマニアンホロウでシャークオルフェノクに襲われたタクミは、命こそ助かりはしたが……着ていた適当観の胴着は、ボロボロになってしまっていた。
ホロウから帰ってきた後、すぐさま儀玄に電話でその事を謝った。
『お前さんは自身の命より着ていた胴着の方が気がかりだったのか……? 全く、仕方のない奴だ……』
謝ったら、呆れ気味にそんな言葉が返って来た。
だが気がかりになるのも仕方のないというもの。
衛非地区に行くにあたり、儀玄がわざわざ用意してくれた胴着。
それがボロボロになってしまったのだ。
ぶっちゃけ人間でなくなってしまった事より、そっちの方が精神的に堪えた。
だがそれに見かねた儀玄が、胴着を修復するよう頼んでおいてくれたのだ。
今日まで予備の胴着を着ていたが、その日々も終わりとなる。
「ホントにありがとうございます師匠……! 次はもっと大事にします!」
『それは結構な事だがな……その胴着と同じくらい、自分の命も大切にするんだぞ』
ちなみに今電話で話している儀玄は、福福たちと一緒に衛非地区の手伝いに出かけている。
適当観にいるのはアキラとリン、そしてタクミだけだ。
『それじゃあもう切るぞ。分かっているとは思うが、間違っても一人でホロウに行こうとはするな』
「大丈夫です。多分ホロウに行くような大事なんて起こらないでしょうし……」
『どうだかな……お前さんの"不運"は、思ったよりも深刻だからな。もし何かあれば、盤岳辺りに助けを求めると良い』
「分かりました」
そうして通話は終了した。
(……不運、か)
確かに今までの闘いを振り返れば、『意図せず災厄に巻き込まれ、負傷する』パターンが何度もあった気がする。
オルフェノクの件はその極めつけと言えるだろう。
カイザのベルトを装着した事により、その不運がブーストモードに入ってしまったのだろうか。
「タクミ、いる?」
「ん?」
お祓いでも頼もうかと考えていた時、部屋にリンが入ってきた。
「どうした?」
「ちょっと頼みたいことがあって。適当観ってさ、使ってない客室があるじゃん? あれ、今のうちに掃除しとこうかなって思ってるんだよね。だからタクミにも手伝ってほしいの」
「それは別にいいけど……あそこに誰か来るのか?」
「瞬光先輩のだよ! またここに来た時に、泊まれるようにしときたいんだ〜」
「ああ~……」
確かに、瞬光の正式な下山が許されれば、あの部屋を使う事もあるかもしれない。
「……! ……!」
「……ん?」
「あれ、なんか外が騒がしいね……師匠たちが帰って来たのかな。にしては早すぎる気もするけど」
「ちょっと見てくる」
タクミは部屋を出て、声が聞こえる方へと向かった。
そこで見た光景。
「お若い先生、うちの可愛い雄鶏はどこへ行ってしまったんでしょう……?」
「まあ落ち着け、ご婦人。世の理はすべて縁の糸……少しは天の兆しってやつを見てやろう」
寺の前にある賑やかな人だかり。
会話の内容から察するに、占いをしているのだろう。
そしてその人だかりの中心にいる人物。
喋り方から考えるに占っているのは儀玄……ではなく。
「瞬光、先輩……? 何やってんだ?」
「え? えっ、た……タクミ!?」
瞬光はタクミを見てぎょっとした顔を浮かべる。
ようやく下山の許可が下りたのかと思ったが、そうではなかったようだ。
「き、奇遇ね……! 今日は天気も良くて……じゃなくて! だ、ダメだろうタクミ……占いの厳粛な空気を乱しては。ちゃんと『観主代理』と呼べ」
「え? か、観主代理……」
「よろしい! 皆、ワタシの弟弟子が、『縁起の良い時間は過ぎた』と教えに来た。今日の占いはここまで、また明日来い」
「今日はありがとうございました、先生!」
瞬光を囲んでいた町の住人は、そのまま帰っていった。
そして瞬光は慌てて門の方を見る。
「た、タクミ……師匠たち、まだ帰って来てないわよね……!?」
口調を戻したかと思えば、開口一番そんな事を聞いてきた。