釈淵と瞬光には、他の人と同じように、両親がいた。
二人共々術法に精通しており、衛非地区に身を移した際、ミアズマから住民たちを守る為に力を尽くしたのだそう。
だが……そんな彼らも、十年前に起こったミアズマの大量発生により、命を落としてしまった。
「最後まで、自慢の両親だったわ。あの時の事はよく覚えてないけど……命を懸けて、ワタシとお兄ちゃんを助けたって聞いた」
「瞬光先輩……」
「盤岳先生に出会ったのはその時ね。行く宛てもなかったワタシたちの面倒を見てくれたの。ね? 盤岳先生」
「……然り。当時鉱区にいた我輩は、瞬光の両親であるあの二人とも面識があったのだ」
「お兄ちゃんが悪夢にうなされていた時も、付きっきりで看ていてくれたものね。本当に、感謝してもしきれないわ」
「悪夢……それって」
「うん。今も、あの悪夢はお兄ちゃんを悩ませてるんだと思う」
まだ釈淵が適当観にいた頃、彼の眼の下のクマがひどくなっていた時期があった。
彼は「本を読んで夜更かししていただけ」と言っていたが……恐らく、その悪夢が原因なのだろう。
「お父さんとお母さんが、ミアズマの怪物に襲われる夢……雲嶽山に弟子入りしたばっかりの頃は、師匠のおかげで悪夢を見る事も少なくなったって言ってたけど……」
「衛非地区に帰って来た時……俺達が雲嶽山に弟子入りした時に、またそれがひどくなったって事か」
「実に痛ましい過去だ。お兄さんはきっと誰かを救いたい、失いたくないと言う気持ちを胸にしてから……その悪夢に苛まれて始めたんだろう。命を奪うものが、ミアズマとは限らないからな」
「……え? それってどういう……」
「…………」
寧謙の最後の言葉。
タクミはその声に、様々な感情が込められている……気がした。
「……あ、ごめんね、話し込んじゃって……早くお兄ちゃんの居場所を突き止めないとね」
「ひとまず適当観に戻ろっか。古書の内容をできる限り調べてみないとね」
リンと瞬光は急いで適当観へと戻る。
……が、盤岳は俯いたまま、その場に立ち尽くしていた。
タクミはそれを不自然に感じ、立ち止まる。
「……師範?」
適当観に行こうとしていた寧謙は振り返り、盤岳の方を見る。
「…………」
……が、特に呼ぶ事もせず、そのまま適当観の方へ歩いて行った。
タクミは盤岳の名を呼ぶ。
「盤岳先生? どうかしましたか? なんか気になる事が?」
「……否。すまぬ、今行こう」
盤岳は顔を上げ、ようやく歩き出す。
「……タクミよ」
「なんすか?」
「おぬしに一つ、伝えておかなかればならぬ事が──」
そこまで言って、言葉が止まる。
再び俯く盤岳。
「……今の言葉は忘れよ。では、行くとしよう」
「?」
盤岳はそのまま、適当観の方へと歩いて行った。
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古書を呼んだ結果、やはりサラと釈淵は『ミアズマを吸収する陣法』について知りたがっていたことが判明した。
讃頌会は、その陣法が鉱区跡地エリアにあると考え、残党を総動員させ探させているようだ。
なんとか手がかりはないかと模索していたところ、十年前の鉱区跡地エリアでのミアズマ大量発生の事故の生存者達が、現在泅瓏囲に住んでいる事が分かった。
という訳でリン達はダイアリンと合流した後、泅瓏囲へとやって来た。
「泅瓏囲……久しぶりに来たけど、すっかり変わったわね。十年前は避難してきた人で溢れかえってて、今みたいな穏やかな感じとは全然違ったけど……」
「ひとまず、ここで聞き込みをしましょうかね~」
「そうっすね……ん?」
タクミはとある違和感に気づく。
「誰かと思えば……あの男」
「よくもまあ、のこのこと……」
「どのツラ下げて……」
「……?」
遠くにいる住民たちがこちらを見て、ひそひそと話をしている。
その視線は、明らかにこちらを向いている。
「どうして連れ帰る必要なんてあったんだろうねぇ……」
「あの子も見殺しにされて……可哀そうに」
周りにいる住民たちも、こちらを見ている。
その目は……とても歓迎と言える雰囲気ではなかった。
「タクミよ、如何したか」
すぐ近くにいる盤岳が、タクミに呼びかける。
「いや……なんか色んな人が怪訝な顔でこっちを見てて……ちょっと居心地悪いな」
「…………」
タクミの言葉に、盤岳は少しの間押し黙る。
「……タクミ、今しばらくは、我輩から距離を取った方がよいやもしれぬ」
「え? なんでです──」
『この化け物がっ!!』
「!!」
突如タクミの耳に飛び込んでくる、怨嗟のこもった叫び声。
『何が友達だ! 俺に近づくな!』
『返してよ……僕のお父さんを返してよ……!』
(…………なんだ?)
絶え間なく耳に入る、悲鳴にも似た怒りの声。
『お前を信じた俺が、馬鹿だった……正真正銘、お前は怪物だ……!』
『あれだけの事をして……まだ人間のふりをするの?』
(…………どこから、聞こえてくるんだ?)
先程までタクミの周りにいた人達が、憑りつくように彼を責め立てる。
周りの景色が、目まぐるしく変わっていく。
『……!! …………!!』
『…………!!』
(…………誰の、声だ?)
周りの人影がぼやける。
声が次第にこもり始め、何を言っているのかすら分からなくなる。
声が、きこえてくる
『──け─うぜ、き────はら、───たえを、─────で─!!』
声が、声が、声が、声が、声が、声が、声が、
(…………誰ノ、記憶ダ……?)
「タクミっ!!」
「───っ、え……? うわっ!?」
まるで窓からの斜光のように飛び込んできたその声により、タクミは我に返る。
……と同時に、眼前に瞬光の顔が映り、タクミは思わず声を上げてしまった。
周りを見れば、タクミを見つめる泅瓏囲の住民たち。
先程のような違和感は感じられない。
「タクミ、どうしたの!? 急に座り込んじゃって……どこか悪いの!?」
「……!」
リンの心の底から心配するような声に、タクミは今先ほど見た奇妙な記憶を思い出す。
あれは一体なんだったのか。正直、今は説明出来る気がしない。
いつもは飄々とした感じのダイアリンも、珍しく心配そうな目でこちらを見ている。
「タクミくん、ほんとに大丈夫ですか? アレなら休んでても構いませんけど……」
「いや、そういうわけには……今は聞き込みに来てるわけだし」
「ダメよ、タクミ! ちゃんと休まないと……!」
「そうだよ。今のタクミは、ただでさえ色々と訳アリなんだから……」
「…………」
そう言われたら、何も言い返せない。
タクミは、渋々了承する。
「……分かった。ここに来て早々、こんな事になるとは……」
「おぬしが気に病む必要はない。こと調査に関しては、我輩たちに任せておけばよい」
「タクミはそこら辺のベンチで休んでてね。すぐ終わるから!」
そう言うとリン達はそれぞれ聞き込みをしに散らばって行った。
「……」
タクミは大人しく、近くのベンチに座る事にする。
調査開始早々、出鼻をくじかれてしまった。
「タクミ、喉が渇いてたらすぐに言いなさいよね。ワタシが飲み物を買ってきてあげる!」
「あ、うん。ありがとう瞬姐さん。……えっと」
「うん? 何?」
「いやその……別に付きっきりじゃなくても良いんだぞ? しばらくはここで休んでるし」
「弟弟子の体調に気を配るのも姉弟子の務めだもの。いいから大人しく甘えられなさい?」
「…………」
タクミは大人しく引き下がる。
どう反論しても言い負かされる気がしたからだ。
それにしても、先程はなぜ急にあのような事になったのだろうか。
タクミの頭の中に、憎き分身の顔が浮かんだその時だった。
「おや? 誰かと思えば、雲嶽山の先生方じゃないか」
「あら? アナタは……」
作業着を着た男が、こちらに駆け寄ってくる。
会ったのは、鉱区跡地エリアで救出した鉱員の一人だった。