通話が終了した後。
タクミはこれ以上特にやる事もなかったので、部屋に戻ろうとする。
「タクミ!」
すると、瞬光の呼び止める声が聞こえてきた。
「瞬姐さん。清源さん達との話はもう終わったのか?」
「うん。皆もお兄ちゃんの事、信じてくれてるみたい」
今日の調査で、釈淵はサラと共に『陣法』を探していたことが明らかになった。
瞬光は自身が下山した事と、『陣法』の事、そしてミアズマの異変についてを、清源ら弟子たちに事細かに話した。
瞬光は、釈淵はそうせざるを得ない理由があってそうしているのだと信じている。
それは他の弟子たちも同じで、幸いにも釈淵に不信感を抱いている者は誰一人いなかった。
きっと儀玄たちも同じだろう。
「師匠や他の弟子の人達の力も加われば、釈淵さんもすぐに見つかるはずだ。明日もまた頑張ろう」
「…………えっと、その事なんだけどね」
「?」
途端に苦い表情を浮かべる瞬光。
「さっき師匠から……ワタシは明日の調査には参加しないよう命じられたの」
「え? ……本当か?」
「…………」
黙ったまま、こくりと頷く瞬光。
その表情には、不満や不本意な気持ちが隠しきれていなかった。
参加を禁じられた理由。
タクミには、なんとなく察しがついた。
「もしかして、青溟剣の事か」
「……ワタシは、まだ全然やれるんだけどね? でも明日の調査は、他の弟子たちに任せてゆっくり休みなさいって……」
「師匠が作った剣棺はいつも通り作動してるんだろ?」
「もちろん。あれ以来、封印が破られたことなんてなかったし、ワタシ自身ちゃんと制御だってできてたもの。サクリファイスを倒した後に剣棺の異変が起きてからも、ワタシは何ともなかったし……」
もしかしたら、その異変が原因なのだろう。
儀玄は過去にその青溟剣が原因で最愛の姉を亡くしている。
瞬光にも同じ道をたどらせないため、儀玄は青溟剣の微かな異変も見逃すつもりはないのかもしれない。
儀玄の心配は至極当然。
それ程までに青溟剣と言うのは危険な代物なのだ。
瞬光自身もそれは分かっている。しかし……
「皆は……ちょっと心配しすぎだと思うの。ワタシだって……皆の役に立ちたいのに」
「…………」
タクミは、儀玄の『失いたくない』という気持ちを理解できない訳ではない。
だが、それと同時に瞬光の『役に立ちたい』という想いも、痛いほどに理解できた。
タクミも数年前──ファイズとして戦い始める前までは、アキラとリンに過保護にも近い扱いを受けていた。
プロキシ事業には当然のごとく関わらせてもらえなかったし、隣町に行くときもアキラとリンのどちらかが同行しなければならなかった。
それが原因で軽い反抗期にもなった事があったが、いくら時が経っても『役に立ちたい』という気持ちはどうしても捨てきる事が出来なかった。
瞬光も、きっとその思いでいっぱいなのだろう。
「ごめんね、愚痴をこぼしちゃって。師匠やみんなが、ワタシの事を大切にしてくれてるのは分かるんだけど……」
「気持ちは分かるよ。信用されてない訳じゃないってのは分かってるんだけどな……」
ファイズの力を手に入れてからは、アキラとリンへの説得は大変苦労した。
だがあの時と比べ、過保護っぷりもマイルドになっていっている。
オルフェノクになった今、それがぶり返されてきている気はしなくもないが。
「とにかく、今日はもう休もう。師匠が言ってんのは、『来たる戦いに備え英気を養え』って事なんだと思う……多分」
「……そうよね。ありがとう、タクミ」
儀玄も瞬光の強さ自体は認めているはずだ。
タクミもこの二日間、瞬光の強さをその目で見てきた。
「……あ、あと言い忘れてたんだけど、師匠から伝言があって」
「?」
「タクミも、余程の事がない限りは明日はホロウに入るのを控えろって……」
「…………」
───────────────────────
次の日。
タクミは調査に出かける弟子たちに、『何か出来る事はありませんか』と尋ねた。
すると──
『君たちは十分過ぎるほどに役に立ってくれたよ。後の事は俺たちに任せて、今はゆっくり休んで欲しい』
と言われ、弟子たちはそのまま出かけて行った。
そう言われた以上、駄々をこねるわけにもいかず、タクミは黙って引き下がるしかなかった。
(…………)
きっと瞬光も昨日、同じ事を言われたのだろう。
ベッドの上で天井をボーっと見つめながら、タクミは溜息を吐く。
説得すれば何とかなると思っていたが、現実はこんなものである。
仕方ないので部屋の掃除でもするかと考えていた時、部屋の扉が開く。
「タクミ! おはよ!」
「おはよう瞬姐さん……瞬姐さん?」
タクミは目を見開く。
部屋に入って来た瞬光の姿は……いつもと違っていた。
「瞬姐さん……その格好、どうしたんだ?」
「えへへ……」
白いオフショルダーの服に、赤いロングスカート。
暖色系の色合いが、瞬光にとてもマッチしている。
「どう、かな? 似合う?」
「すげー似合ってるよ。自分で選んだのか?」
「ううん、これはリンが選んで、プレゼントしてくれたものなの」
「そうなんだな……姉ちゃん結構センスいいな……」
服にはほとんど気を遣わないファッションズボラなタクミでも、この服装は可愛らしいと感じる。
服装を褒められたからか、昨夜と違い瞬光は上機嫌な様子だった。
「ねえタクミ、今日は一緒にどこか行かない? ワタシ、これまでにちょくちょく澄輝坪に来て、色々下見をしてきたの! だから姉弟子のワタシが案内してあげるわ!」
「俺も一応ここには半年以上いるんだけどな……」
とは言え、案内してくれるというならお言葉に甘えるべきだろう。
「タクミはどこに行きたい?」
「そうだな俺は──」
ぐううううう、と。
突然おなかの鳴る音が聞こえてくる。
どこからか。
タクミのお腹からである。
それが分かった途端、瞬光はにんまりと笑みを浮かべる。
「…………」
「……んふふ~、そっか~! タクミは飲茶仙に行きたいのね~! しょうがないわね~!」
「やめろ……ほっぺをつつくな……」
こんなんだからいつまでも末っ子扱いであるのを、タクミは知らない。
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タクミはいつもの私服に着替えた後、瞬光に連れられ飲茶仙へ向かう。
「そう言えばさ、瞬姐さん」
「少し前に、俺が作った回鍋肉おすそ分けした事あっただろ? あれ、どうだった?」
「え?」
瞬光はタクミの言葉に目を見開き、固まる。
「……ん? 食べたよな?」
「…………あっ、も、もちろん! もちろん食べたわよ! とっても美味しかったわ! お肉もとっても柔らかくて、ご飯が進んじゃったもの!」
「そうか? なら良かった」
「ええ! ホントに……美味しかったわ」
瞬光の言葉を聞き、タクミは安心する。
何せあれほどの料理は久しぶりに作ったため、腕が落ちていないか心配だったのだ。
そんな話をしている間に、飲茶仙に到着した。
店主の紅豆が出迎える。
「タクミくんいらっしゃーい! あれ、そちらのお嬢さんは……確か前にも来てくれたよね?」
「覚えててくれたの?」
「もちろん。ただ、あの時はすぐに帰っちゃったけど……また来てくれたんだね!」
どうやら下見に来たのは本当だったようだ。
だが、恐らく『資金』が足りず食べられなかったのだろう。
「紅豆さん、なんかオススメとかってありますか?」
「オススメ……それなら、今期限定の新メニューがあるよ!」
「新メニュー? ……って、この香りってもしかして……金木犀?」
「ふふん、ご名答! 『月ほの香』って言ってね? 今ちょうど焼きあがったとこなんだよね! 金木犀をふんだんに使った、特製のケーキなの!」
紅豆曰く、このケーキは『特別な人を思い出させてくれる』スイーツらしい。
確かに食欲をそそられる良い匂いがする。
「……! タクミ、これ食べてみる?」
「そうだな……せっかくだし食べてみよう」
「そう言ってくれると思ったよ! 二名様、お二階にご案内~!」
「タクミ、早くいきましょ!」
「ちょ……引っ張んなって!」
ワクワクした様子の瞬光に手を引かれ、タクミは飲茶仙の二階へと入った。