ZZZ × 555   作:びぎなぁ

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月ほの香

 

 

 

 

 

「ん~、美味しい~!」

 

 

飲茶仙の二階ホールにて。

 

金木犀のケーキを口にした瞬光は、幸せそうな声を出した。

 

 

「確かに甘くて美味しいな……」

 

 

紅豆から『かーなーり、甘い』と言われていたが、個人的には全然許容できる甘さだった。

 

それに熱いお茶とかなり相性がいい。

 

どうやら、瞬光も同じ事を思っていたようだ。

 

 

「お茶を飲むと、さっきまで甘かった口の中が……もう何の味だったか思い出せないくらいさっぱりするわね」

 

「確かに。全然飽きないなこれ……兄ちゃん達にも教えとかないとな」

 

 

タクミはそう言った後、ケーキを再び美味しそうに頬張る。

 

瞬光はそんなタクミの様子を微笑ましそうに見つめ──ふと、物思いにふける。

 

 

「……ねえ、タクミ」

 

「はんは?」

 

「あっごめん、飲み込んでからでいいわよ」

 

「ほうか……?」

 

「……ふふっ、ふふ……!」

 

 

ケーキを食べるタクミを見て、なぜか笑いをこらえる瞬光。

 

もしかして今笑われているのだろうか。いや、きっとただの思い出し笑いだろう。

 

タクミはケーキを味わったあと、お茶で流し込む。

 

 

「……それで、どうしたんだ?」

 

「あ、えっと……少し聞きたい事があって。一度忘れちゃった事って言うのは、もうずっと思い出せないままなのかな? この、お茶に沈んだ茶葉みたいに……」

 

「…………」

 

 

瞬光の問いに、タクミはテーブルの上の湯呑に目をやる。

 

飲みかけのお茶の中に入っている茶葉は、底の方に沈んでしまっている。

 

 

「……確かに、忘れたことを自分の力だけで思い出すのは、結構難しいかもな。この茶葉も、ひとりでには浮かんでこない」

 

「……そう、よね」

 

「ああ。でも、それは自分一人ではの話だ」

 

「!」

 

 

タクミは湯呑を手に持ち、軽く揺らす。

 

すると、沈んでいた茶葉がお湯の中でふわりと浮き上がった。

 

 

「こうやって外からの力で揺らしてやれば、茶葉はまた浮かんでくる。忘れた思い出も、思い出を分け合った誰かがいれば、その誰かと一緒にいれば……思い出せるはずだ。多分な」

 

「……タクミ」

 

「それにしても、ホント美味いなこのケーキ……テイクアウトできるかなこれ」

 

「お二人とも、『月ほの香』をお気に召したようで何より何より!」

 

「あ、紅豆さん」

 

 

いつの間にか近くに紅豆がいた。

 

 

「紅豆さん、今日はこんな美味しいケーキをありがとう。金木犀の香りとお米の風味がとっても良かったわ!」

 

「ふふん、何せ焼き加減にはとても気を遣ってるからね~」

 

「そう言えば気づいたことがあったんだけど……このケーキ、蜂蜜に漬けた金木犀の他に、加熱した白玉粉も入ってたわよね? それとこの後味が爽やかな果実の酸味……もしかして金柑の皮?」

 

「……! すごいね瞬光ちゃん、大当たりだよ! 一発で分かるなんて、あなたなかなかの通じゃない?」

 

「べ、別にそれほどでも……ただ、スイーツ作りが得意だから」

 

「へえ~……すげえな瞬姐さん」

 

 

タクミは全然分からなかった。

 

なんか美味しいな~という感想しか出てこなかった。

 

 

「飲茶仙は、あなたみたいな通のお客様は大歓迎だから! またいつでも来てね!」

 

「うん、もちろん!」

 

「それではごゆっくり~!」

 

 

紅豆はタクミ達の湯呑にお茶を注いだ後、満面の笑みでその場を後にした。

 

 

「昔から料理は上手かったのか?」

 

「昔からって訳じゃないわ。潘さんに教えてもらって、少しずつ上手くなっていったけど……最初の頃は全然だった」

 

 

味も見た目も散々なもので、辛うじて食べられるレベルのものだったらしい。

 

 

「お兄ちゃんは一応、ワタシの料理を褒めてくれたわ。『修行に最適』とか『精神を鍛えられる』とか、褒めてるようで褒めてないのばっかりだったけど」

 

 

釈淵は基本妹の瞬光に怒ったり咎めたりすることはなかった。

 

雲嶽山に入門したばかりの頃、叱られてばかりだった瞬光だったが、釈淵だけは彼女に優しかったらしい。

 

 

「でもある日、お兄ちゃんはワタシにこんな事を聞いてきたの」

 

 

 

老いた命を救うか、若い命を救うか。

 

命を繋げる穀物の袋を取るか、千年の知恵を継ぐ書物を取るか。

 

自分自身を救うか、世の平和の為に不可能だと知りつつ戦うか。

 

 

 

『もしそのいずれかを……どちらかしか選べないとしたら、瞬光はどちらを選ぶ?』

 

 

 

 

 

「……釈淵さんがそんな事を? どっちが正しいかは、そうそう決められるもんじゃないな……」

 

「うん。ワタシも、その質問には何も答えられなかった……ただお兄ちゃんは、そんなワタシに、優しくこう言ったの」

 

 

 

『正解を言い当てる為の問いじゃない。考える中で、瞬光が本当に守りたいものを……その重さを知る事が大事なんだ』

 

 

「──本当に難しいのは、選択をすることじゃなく、その選択をしたことと向き合い、生きていく事なんだって」

 

「…………」

 

 

全てを救う事は、全てを守る事は難しい。

 

迫られる選択から逃げず、しっかり己が選んだことと向き合い、生きていく。

 

人は皆そうして、自分の道を生きていく。

 

 

「……お兄ちゃんが言ってた事、今でもちゃんと理解できてるかは……自信はないわ。けど、もしその時が来たら、ワタシは逃げない」

 

「……そうか。瞬姐さんはすごいな」

 

「え? そ、そう?」

 

「ああ。俺だったら多分、選択の直前で尻込みするかもしれねーな。そんで欲張って、全部を取ろうとするはずだ」

 

 

もしどちらかを犠牲にしなければならない時、タクミは『選ぶ』ことはできるのだろうか。

 

その時が来るまで、分からないかもしれない。

 

 

「大丈夫よ、タクミなら出来るわ。アナタなら、きっとその時だって冷静でいられると思う」

 

「……それならいいんだけどな」

 

「ほら、それにこういう時のタクミってアキラに似てて大人っぽい感じだもの」

 

「……マジ? 今俺、大人っぽい?」

 

「あ、今ので一気に子供っぽくなったわよ?」

 

「えっ!?」

 

「……ふふっ、あはは……!」

 

 

今度は普通に笑われている気がする。

 

アキラやリンのように常に冷静沈着、とはいかないらしい。

 

 

「……あ、そうだ! 回鍋肉のお礼も兼ねて、今夜手料理をごちそうしてあげる! 皆で火を囲んで! どう?」

 

「え、いいのか?」

 

「もちろん! 皆には今日昨日で色々とお世話になったし!」

 

「それなら……分かった。兄ちゃん達には俺から伝えとく」

 

「ありがとう! ふふん、何を作ろっかなあ~」

 

 

さっそく献立を考え始めた瞬光。

 

いつにも増してテンションが上がっているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしもし……どうしましたか、照ちゃん先輩?」

 

 

 

「……はあ? いやいや、あたしはそんなぬるま湯人間じゃないですって。今になって情がわくとか、有り得ないです」

 

 

 

「今の彼がどうであれ、『殺戮兵器』である事に変わりはないって事は分かってます。何度も言いましたけど、あくまで『真実』をあたしなりのやり方で確かめるためですから」

 

 

 

「……なんであの子の話が出てくるんですか? そりゃ、あの子に対してもその必要があればそうしますよ? でも今は、その必要なんてないじゃないですか」

 

 

 

「とにかく『鍵』の件にしろ『コア』の回収にしろ、あたしに任せてください。ちゃんとお仕事はしてきますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飲茶仙を出た後、タクミと瞬光は調査から帰って来た清源たちとばったり会った。

 

今日の調査で、彼らはミアズマの異常の原因と、例の陣法の手がかりを掴んだらしい。

 

 

瞬光は彼らも宴会に誘おうと思ったが、どうやら調査はまだ終わっていないらしく、引き続き警戒に当たるとの事だ。

 

 

 

 

「──ともかく、君達のおかげでミアズマの異常のカギとなりうる地点を特定できた。あとは動き次第で、解決にあたるだけだ」

 

「鉱区跡地では今、数人の弟子たちで交代しながら異変に目を光らせてあるわ。師匠ももうじき、澄輝坪に帰ってこられると思う」

 

「……あの、見張りだけなら、ワタシも……!」

 

「……ごめんなさい、光ちゃん。青溟剣の使い手であるアナタには、万が一のことだってあってはならないの。今夜くらいは、私たちに全部任せて。ね?」

 

「重荷に感じる必要はない。俺達はただ、守りたいものがある。それだけなんだ」

 

「…………」

 

 

清源と松涛の言葉に、瞬光は黙ってうなずく。

 

 

「分かってくれてありがとう。光ちゃんの手料理を食べられないのはちょっと心残りだけど……とにかく、今日はゆっくり休んでくれ」

 

 

その言葉を最後に、松涛たちはその場を後にした。

 

 

「……瞬姐さん」

 

「……ワタシは大丈夫。確かに、今日くらいは休んでもいいわよね。先輩たちは、皆強いし」

 

「…………」

 

「そんな事より、今日何を作るか決めなきゃ! ねえタクミ、あとで買い出しに付き合ってくれる?」

 

「ああ……もちろん」

 

「ありがとう! じゃあ、早速支度しましょ!」

 

 

瞬光は軽い足取りで適当観へ向かう。

 

だがその背中は、寂しさを映したような暗い影が差していた。

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