「瞬姐さん、使う食器はこれで全部か?」
「ええ、ありがとう!」
食材の買い出しのあと、瞬光は早速宴会の準備に取り掛かった。
レシピが書かれたメモとにらめっこしながら、次々と品を作り上げていく瞬光。
今回の宴会、瞬光はお礼として様々な料理を振る舞うと言っていた。
そのためタクミは手伝う事はせず、あくまで食器等の準備に徹する事にした。
「じゃ、使う食器は運んどくからな」
「うん、お願い──あ、ちょっと待ってタクミ!」
「ん?」
瞬光は食器をテーブルに運ぼうとしていたタクミの元に駆け寄る。
「はいこれ、あーん」
「あー……ん?」
口を開けると、その中に何かが放り込まれた。
熱い。
そして後から、口の中いっぱいに頬が落ちるような甘みが広がった。
タクミはそれをよく味わい、飲み込む。
「……どう?」
「甘くて美味しかった……これ、焼き栗か?」
「正解! この事は皆には内緒、ね?」
瞬光は笑顔でそう言った後、再び準備の続きに取り掛かった。
───────────────────────
日も落ち始めた頃。
適当観に、食欲をそそる良い匂いが漂ってきた。
「うわあ~……凄い良い匂い……!」
「すごい豪勢だな……これ全部、瞬光が作ったのかい?」
「ふふん、そうよ! 腕によりをかけて作ったんだから!」
本日限定で、『適当観の料理長』となった瞬光。
中庭の円卓には瞬光が作った様々な料理が置かれていた。
「チャーシューまんに水晶餃子、それにガチョウのロースト……あ! これがタクミの言ってた金木犀のケーキ?」
「ああ。結構甘いけど、滅茶苦茶美味しかったんだよな」
「待ちきれないな……まさか瞬光先生の手料理を頂けるなんてな」
適当観には寧謙の他に、盤岳も来ている。
ダイアリンは……まだ来ていないようだ。
本当は適当観の弟子も入れれば、もっと大人数となる予定だったのだが、ホロウの調査のため、仕方ないと言える。
瞬光は、再び厨房へと戻って行く。
「タクミよ」
「?」
その直後、中庭の隅にいた盤岳から声をかけられる。
「なんすか?」
「実はおぬしに、折り入って相談したきことがあるのだ。瞬光の事なのだが」
「……瞬姐さんが、どうかしたんすか?」
「うむ。昨日の晩から、瞬光は何やら思い悩んでいる様子だった。その理由……おぬしも察してはいよう。このような宴を開いたという事は……恐らく、覚悟を決めたのであろう」
盤岳の言葉を聞き、タクミは瞬光が飲茶仙で言っていたことを思い出す。
選択をすること。
そして、その選択と向き合うこと。
(……まさか、瞬姐さんは)
「此度のホロウの異変はただ事ではない。ミアズマの脅威は、我らの推測を大きく上回るものになるやもしれぬ。そこでおぬしと瞬光の絆を見込んで、一つ頼みたい」
「……」
「どうか適当観に残るよう、説得してはくれぬだろうか。あの子は己の使命とあらば、その身を顧みず突き進もうとするであろう。だがそうさせるのは……あまりに忍びない」
盤岳の本心からの頼み。
タクミはそれを聞いた後、しばらくの間俯いた。
(青溟剣が危険な代物だってのは十分知ってるけど……だとしても、それでいいのか?)
今日と昨日で分かった事だが、儀玄を始めとした適当観の人達は、青溟剣の使い手である瞬光に危険が及ばないよう、過保護とも言える扱いを受けている。
当然、悪意あっての事ではない。だが、それは彼女にとって本当にいい事なのだろうか。
彼女の事を大切にするあまりに、彼女の意思を蔑ろにしているのではないか。
まるで、『他人が代わりに"選択"をしている』ような──
「…………」
「……すまぬ、無理な頼みをした。荷が重いと申すなら、我輩の方から掛け合ってみるとしよう」
「あ、いや……大丈夫です。じゃあ後で、俺の方から話してみます」
「……感謝する」
「おや? お話し中でしたか?」
「!」
ふいに聞き慣れた声が聞こえる。
いつの間にか、ダイアリンが来ていた。
「ども~、あたしもお呼ばれしましたよ! まだ宴会、始まってないですよね?」
「あともうちょいかかるらしいです」
「そうですか? 適当観から良~い匂いが漂ってきたもんで、お腹が空いちゃいましたよ。それじゃあ宴会が始まるまでの間に……盤岳先生におひとつ、お尋ねしたいことがあるんですが」
「?」
「先程のお話、耳に入っちゃったんですけど──」
「かつて、ミアズマに呑まれていく大勢を『取るに足らない』と判断したアルゴリズムが、鉱区の生き残りである瞬光ちゃんを今更気にかけるようになったのは、どういうロジックなんですか?」
「!!」
瞬間、タクミと盤岳の間の空気が張り詰めたような感覚になる。
リン達には聞こえていなかったのか、ご馳走に目を輝かせている光景が見える。
「……ダイアリンさん、今なんて」
「あ、まだタクミくんはご存じないんですね~。それじゃあ、ド派手にご紹介しますと──」
「盤岳先生の正体は……なんと! かつてミアズマを鎮圧するためにTOPSによって作り上げられた秘密兵器──『パージユニット・ゼロ』だったんです」
ダイアリンから告げられた、衝撃の事実。
当の盤岳は目を伏せ、肯定とも言える沈黙を見せた。
「秘密兵器……盤岳先生が?」
「ええ。『盤岳先生』なんて呼ばれる前は、兵器としてホロウで様々なものを『鎮圧』していました。ただ、とある任務でヘマをしたので、TOPSは彼をホロウへと放棄しました」
「…………」
「ですが、どこかのお人好しさんがそんな彼を修理し、余計な入れ知恵をしちゃったみたいで。結果、爪を隠し善良な仮面をつける事を覚えた兵器が生まれた訳ですね」
鉱区にいた住人はそんな彼を受け入れ、また彼も、住人を受け入れていった。
「……ですが十年前の事故が起こったあの日、ミアズマに呑まれていく鉱区の人達を見て、『彼』は……あろうことか、何もしなかったんです。死んでいく人々を、見殺しにしました」
(……それじゃあ、泅瓏囲で向けられてたあの目は……)
鉱区から越してきた生存者もいた泅瓏囲で向けられていたあの目。
あれは、盤岳に対して向けられていたものだった。
盤岳が住民を見殺しにしたのは……そのアルゴリズムが、『ミアズマを鎮圧するのに最適な方法』だと判断したからだと、ダイアリンは語る。
「……盤岳先生、ダイアリンさんが言ってる事って」
「……すべて、真だ。かつて犯した罪と過去は、我輩から消える事はない」
「そしてその罪がもう重ねられることはないと、あんたは断言できますか? 『いかなる代償を払ってでも、ミアズマを鎮圧せよ』……コアの中にあるその指令の、その代償の中に、罪なき人々の犠牲はもう含まれていないと……そう言い切れますか?」
「…………」
「…………」
三人の間に、重苦しい雰囲気が漂う。
「盤岳先生! ちょっといい? このかまど、全然言う事を聞いてくれなくて……!」
「!」
そんな空気を打ち破るような瞬光の明るい声が、中庭に響く。
「……今、行こう」
盤岳はそう言った後、ゆっくり厨房へと歩いていく。
タクミはその背中を見送った後、ダイアリンの方を見た。
「……ん? どうしましたか? 何か聞きたい事でも?」
「いや、聞きたい事っつーか……いきなりぶっちゃけるからびっくりして」
「いやあすみません。でも黒枝の目的にとっては必要な事なんですよ」
「目的?」
「はい。後で皆さんにもお話しますが、調査の結果、陣法の起動……そして作動には、『鍵』なるものが必要だという事が判明しました」
陣の起動者は結界を張り、陣の中心に向け多大なミアズマを吸収する莫大なエーテルエネルギーをつぎ込む必要がある。
そうすることで陣を作動させられるのだが……吸収するミアズマの中からは、絶えずエーテリアスが湧き出してくる。
そのエーテリアスごとミアズマを封印するため、陣の起動者は結界の中にいないといけない。
早い話、陣法を成功させるには陣の起動者は──『鍵』は、生贄にならなければならないと言うことだ。
「それさえすればミアズマの異変は抑えられ、『あたし達』の目的は無事達成となります。それでもう一つ、『黒枝』の目的なんですが……ボスから、とあるものを回収してこいと言われてるんです」
「とあるもの?」
「ええ。ぶっちゃけてしまえば、パージユニット・ゼロの『コア』ですね。なんとかしてそれを回収しなければならないんですが……幸運なことに、おあつらえ向きの方法があります」
「それは盤岳先生を、『鍵』にする事です。そうすれば、『黒枝』の目的も果たされます」