盤岳を、陣法の『鍵』として利用する。
莫大なミアズマを封印するのには、同じく莫大なエーテルエネルギーを必要とする。
その点盤岳は、ミアズマを鎮圧するために造られた兵器と言うだけあって、内部に強大なエネルギーを蓄えている。
『鍵』としては、このうえない適任と言う訳だ。
「──恐らくあの人なら『鍵』としてミアズマを封印した後でも、生き延びることはできるでしょう。ただ、満身創痍でヘロヘロになる事は避けられないはずです」
「その隙に、盤岳先生のコアを奪うと?」
「ご名答! ミアズマの異変も解消できて、黒枝の目的も達成される。実に効率的かつ効果的な作戦でしょう?」
「……そのために、わざとここで盤岳先生の事をぶっちゃけたって事っすか」
タクミの問いに、ダイアリンは頷く。
「それともう一つ、あたしは黒枝の裁決官として、彼に然るべき裁定を下す役目もあります。彼の『心』が見せかけのものなのかどうか……その真実を、この手で明らかにします」
「…………」
「真実と言うのは、明かされるべくして明かされるものです。それが、例えこの世の地獄のようなものだったとしても……そうでしょう?」
「それは……確かにそうかもです。けど……ダイアリンさんの『真実』かどうかの判断材料ってのは、何も死者の声だけじゃないんでしょ?」
「!」
「ここ数日で、盤岳先生の事、ミアズマの事故の事を色々調査してきたと思います。でもその情報が、誰かに歪められてない確証はどこにもない」
ダイアリンの能力を疑っているわけではない。
だが、その真実までにたどり着くための道が、誰かによって変えられている可能性は否定できない。
それは、裁決官である彼女も理解しているはずだ。
「…………」
ダイアリンはタクミの言葉に目を見開いた後、小さくため息を吐く。
「……ふむ。最初は戦える天然おバカ枠かと思っていましたが……案外そうでもないみたいですね」
「…………あれ今俺馬鹿にされました?」
「気のせいですよ?」
「…………」
「まあ、安心してください。判断材料に関しては、ちゃんと考えてますよ。最終的な評価を下すまでは、彼は依然として『盤岳先生』です。それがつかの間か、これからもずっとなのかは、彼次第ですが」
タクミとしては、盤岳のことは信じたいと思っている。
『町』での事も、今回の事でも……盤岳は常に、誰かのために戦ってきた。
それはきっと、仮面をつけた故の行動ではないはずだ。
「それにしても、こういう鋭いとこはプロキシお二人にそっくりなんですね。ド天然アホ末っ子枠かと思ってましたよ」
「思いっきり馬鹿にしてんじゃねーか!」
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宴会が始まるまであと少し。
ダイアリンがリン達に盤岳や『鍵』の事を話している間に、タクミは瞬光の元に行く。
盤岳に瞬光を引き止めるよう頼まれたが……おそらく無理だろう。
「あれ、どうしたのタクミ? あ、もう焼き栗はもう駄目よ? お腹いっぱいになっちゃうから」
「いや違う。焼き栗は大丈夫」
「そう? あっ、もしかして唐揚げの方食べたかった?」
「それも違う」
「じゃあ果物? ごめんそれはもうデザートに盛り付けてあって……」
「それでもねーよ! どんだけ食い意地張ってるって思われてんだ俺!」
確かに瞬光の料理は楽しみで仕方ないが、今話したいのはそれではない。
改めて気を取り直す。
「そうじゃなくて……瞬姐さんがこの宴会を開いたのって、お礼がしたいってだけな訳じゃないよなって思ったんだ」
「え?」
「さっき盤岳先生とも話したけど……何か、決断をしたのか? これからの事で……」
「!!」
瞬光は目を丸くする。
『どうしてわかったのか』とでも言いたげな顔だった。
「えーと……本当は宴会のあと、皆にも話すつもりだったんだけど……昨日の夜ね、扉の隙間に手紙が置いてあったの」
瞬光は懐から、一枚の手紙を取り出し、タクミに渡す。
『瞬光。君と青溟剣の繋がりを絶つ方法を、やっと見つけたんだ』
(……!)
『始まりの主の力は、僕の想像を遥かに超えるものだった』
『そしてその力を呼び起こす"鍵"は……僕らがよく知る、あの場所の奥に眠っている』
『始まりの主を呼び出すことが出来れば、僕の悲願はようやく叶うだろう』
『
「……これって、もしかして」
「うん。お兄ちゃんから、手紙が来たの」
この手紙の内容が本当ならば、釈淵の目的は『瞬光を青溟剣から救う』事。
しかし……
「これ本当に、釈淵さんからの手紙か? なんか、色々不自然な点があるぞ」
「うん。ワタシもそう思う。筆跡は確かにお兄ちゃんのものだけど……ところどころおかしな所もあるの」
釈淵は瞬光が衛非地区に帰って来ていることは知らないはずだ。
「しかもよりによってこのタイミングで手紙が来るって、まるで探しに来いって言ってるようなもんだぞ……」
「確かにお兄ちゃんなら、わざわざこんな手紙を送ることはしない。それに……青溟剣との繋がりは、そう簡単に断ち切れるものじゃないもの」
手紙の内容では、釈淵はどんな犠牲も厭わないという意思が見て取れる。
いくら目的のためとはいえ、『始まりの主』の力を使うという手段を選ぶ人間ではないだろう。
「ただ……ワタシが青溟剣に選ばれた時、まだ代償を知らなかったお兄ちゃんは、まるで自分の事みたいにすごく喜んでくれてた」
雲嶽山の人間として、輝かしい未来が待っていると、釈淵はそう信じていた。
だが、現実は違った。
「お兄ちゃんは、知っちゃったの。青溟剣の代償、そしてその代償で命を落とした人達の事を。……初めて見たわ。お兄ちゃんが、目を腫らして泣いてるとこ」
「…………」
それから釈淵の行動理念は、『妹を救い出すこと』ただ一つとなった。
雲嶽山に伝わる禁術を試し、代償を自分に移せるか試みたこともあった。
「あの時ばかりは、師匠も本気で怒ってたわ。『自分の身を犠牲にする事』が……師匠にとっては許せない事だったんだと思う」
だが、釈淵の行動を、儀玄は理解できない訳でもなかった。
だからこそ、彼女は誰も犠牲になる事のないよう、青溟剣の代償を抑え込む剣棺を作り出したのだ。
「師匠の悲しみも、お兄ちゃんの恐れも……全部理解できる。だから、剣棺の封印を強固なものにできるよう、ワタシはずっと修行してきた。忘れた事は、一度もない」
瞬光は、決意のこもった眼でタクミを見る。
「だからこそ……ワタシは、行かなきゃって思ってる」
「瞬姐さん……」
「お兄ちゃんが『どんな代償を払ってでも』……なんて、そんな事をする人じゃないって事は分かってる。でも……そうである可能性も、捨てずにはいられないの」
「…………」
「罠だったとしても、それでもいい。お兄ちゃんにどんな目的があったとしても、ワタシが、そばにいてあげなきゃ!」
「……どうしても、行くんだな」
タクミの言葉に、瞬光は強く頷く。
「ワタシは、自分で選んだ道を歩きたい。その先にどんな結果が待ち受けたとしても。自分勝手だって事も、危険な事だって言うのも、分かってるわ」
そして彼女は、タクミの手を強く握る。
「だからお願い。あと一回だけ、その『自分勝手な選択』を皆に内緒にして欲しいの」
「…………」
「ごめんね。弟弟子にこんな事を言うなんて……でも、止めないで欲しいの」
「……止めるつもりはないよ。最初から無理って分かってたしな」
「!」
「瞬姐さんが選んだ事だ。それが間違ってるなんて言わねえよ。ただ……その選択に一緒に向き合うことぐらいは、していいだろ?」
タクミ達が知らないうちに、瞬光は瞬光なりに長い間悩み、葛藤してきたのだろう。
その選択に至るまでは、決して容易なものではなかったはずだ。
だから、タクミはその選択を尊重したいと思った。
「俺は瞬姐さんの弟弟子だ。一緒に戦おう。オルフェノクだって明かした時、俺を信頼してくれたみたいに……俺も瞬姐さんを信じる」
「……! ありがとう……!」
無事に帰ってきたら、きっと後で怒られるかもしれない。
その時は、一緒に怒られればいい。
「ふふ……なんかアナタといると、どうも気が緩んじゃうのよね。辛いときも癒されるって言うか……」
「……瞬姐さんの俺への認識ってどんな感じ?」
「え? うーん、超天然末っ子ポジション?」
その評価に納得していないのは世界で自分だけだろうか。
タクミは大声で遺憾の意を表したくなった。
次回
「パエトーン様のダンスを見て爆笑したタクミを卍固めの刑に処すのです」の巻