日も暮れた頃。
ついにすべての準備を終え、宴会が始まった。
「どれも美味しそう……! 何から食べよっかなあ~!」
様々な品が大きな円卓に並び、その香りはどの品も食欲を掻き立てるものだった。
「盤岳先生! チャーシューまん、どう?」
「……うむ、火も十分に通っている。美味であるぞ」
「本当? 良かった~!」
「あ、瞬光ちゃん、これ食べてもいいですか?」
「もちろん! ダイアリンは甘いのが好きって言ってたから、蜂蜜を多めにしてみたの!」
「……ん~! 何個でもいけちゃいますよこれ!」
……と、ここでダイアリンはタクミの方を見る。
「あれ、どうしたんですかタクミくん。さっきからサラダしか食べてませんが」
「お鍋よそってあげましょうか?」
「い、いや……もうよそってあるんだ。ただもうちょい後でいいかなって。熱いから」
「え、なんでですか? フーフーすればいいじゃないですか」
「…………」
「……ええと、タクミはかなりの猫舌なんだ。だから熱い鍋は冷ましてもすぐには食べられないんじゃないかな」
アキラの言う通り、タクミは熱いものがかなり苦手。
しかもオルフェノク化の影響でそれがひどくなっている始末である。
「そうだったの? 言ってくれれば事前にタクミの分をよそってあげてたのに……」
「い、いや……だって……」
「察してあげなよ瞬光~。タクミはそういうのを知られるのが嫌なお年頃なんだから」
「うるせえ!」
「あっははははははは!!」
「ガチ笑いやめろ!」
何がそんなにダイアリンのツボに入ったのだろうか。
気を取り直し、そろそろ冷めたであろう吞水を手に持ち、中の汁物を口にする。
まだ熱いが、確かにおいしい。
肉のうまさと野菜のみずみずしさがとてもよく合う。
「あ! みんな、空見てみて!」
「!」
瞬光の声で、皆は上を見上げる。
そこには夜の黒を覆いつくす、満天の星空があった。
「わあ、きれい……!」
「おお……久しぶりに見たな。昔を思い出すよ……」
タクミも衛非地区に来て以降、ここまでの綺麗な星空は見たことがなかった。
「懐かしいなあ。雲嶽山の皆で、天燈を飛ばしたことがあるの。私は途中から天燈そっちのけで、星空ばっかり見てたけどね」
かつて釈淵と見た、空いっぱいの星々。
「……お兄ちゃんにも今、同じ空が見えてるのかな」
──天燈よりも、あの星空に願い事をしよう
自分の願いはどんなものだったか。
彼の願いは、今も同じなのだろうか。
「あ! 今流れ星見えませんでした!?」
「え、本当!?」
「おや、また流れてきたな」
「本当だ……えっと、なにか願い事……」
「ひゃくななじゅう……」
「え?」
「ぷっ……あははははは!!」
今度はリンに爆笑された。
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少ない人数ではあったが、賑やかだった宴会もお開きとなった。
片付けも済ませた後、タクミは一人中庭で、星空を見ながらくつろいでいた。
「まだここにおったのか」
「!」
声がするので振り向いてみれば、盤岳もここに来ていた。
「……盤岳先生。その、夕方の事は……」
「よい。我輩は道場で弟子を導く『師』であるが……触れる総てを壊しつくす冷徹な兵器である事も、また事実」
「……それでも俺は、『盤岳先生』を信じます。兵器は兵器でも、『優しい兵器』だって」
「…………」
盤岳はその言葉にしばし俯き、そして再びタクミの方を見る。
「……人の歩みは、重き荷を置いて彼方へ行くが如し。来たし方の過ちは路傍の石となり、己だけでなく、共に行く者の足をも止めるだろう」
「え?」
「おぬしは心ならずも、オルフェノクという人ならざる者へと変貌した。しかし、おぬしは未だ『人』の心を持っている。『友』と呼べる者がいる」
「……盤岳先生」
「それを忘れぬ限り、おぬしが過ちを犯すことは決してなかろう」
「…………決して、二の舞を踏んではならぬぞ」
「……!」
盤岳はその言葉を最後に、適当観を後にする。
その背中を見て……タクミは言いようのない胸騒ぎを覚えた。
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次の日の朝。
早めに起きたタクミは、イアスと一緒に適当観でホロウに調査に行っている人達の帰りを待っていた。
「!」
門の外から聞こえる足音。
調査から誰かが帰って来たのだろう。
タクミは結果を聞くため、帰って来た弟子を出迎える。
刹那。
(え? ……これ)
タクミが嗅ぎ取った、匂い。
(……!! 血の匂いだ!!)
その異変に気付いた直後。
門から現れたのは──
「タクミくん……! 緊急事態だ……!」
「松涛先輩!」
決して軽くない負傷を負った兄弟子の松涛が、壁に寄りかかりながらゆっくりと腰を下ろす。
タクミは彼の元に急いで駆け寄る。
「イアス、皆を呼んできてくれ! 俺は松涛先輩を手当てする!」
「ン、ンナン!(わ、分かったよ!)」
「す、すまない……」
イアスは全速力で皆を呼びに行く。
タクミは救急箱を持ってきて、松涛の応急処置に取り掛かった。
「──鉱区跡地から、ミアズマが……!?」
瞬光たちは松涛から事情を聞いた。
どうやらゆうべの深夜に、ラマニアンホロウの鉱区跡地でミアズマがいきなり噴出したらしい。
「あまりにも突然の出来事で、俺達も対応できなかった。俺は何とか逃げ出したが、他の弟子がまだミアズマに囚われたままだ!」
「! それじゃ、今すぐホロウに行かないと……!」
「すぐに準備をするね。お兄ちゃんとオシシは、松涛先輩をお願い!」
「三人とも、気を付けてくれ。盤岳先生達には、僕から連絡しておこう」
(……瞬姐さん)
タクミは瞬光を見る。
それに気づいた瞬光は、『分かっている』と言った風に頷いた。
ホロウに行く瞬光を止める気はないが、できれば青溟剣を使わせずに救出を終えたい。
ただ青溟剣を使わずとも瞬光は十分強いため、要らぬ心配ではあるかもしれない。
「それにしても……なんでいきなりそんな事が? まさか誰かが意図的に──」
「みんな!」
「!」
盤岳たちと連絡を取っていたアキラが戻って来た。
「兄ちゃん、どうした?」
「盤岳先生と寧謙さんの連絡が……つかないんだ!」
「えっ!?」
「嘘だろ……? こんな時に……!」
「みなさーん!」
ちょうどよいタイミングで、いま先ほど連絡を取ったダイアリンが適当観にやって来た。
「ダイアリン! さっき連絡したばかりなのに、早いな」
「そりゃ澄輝坪のホテルでスタンバってましたから! それより、お話は聞かせてもらいましたよ!」
鉱区跡地でのミアズマ異変の再発。
そして盤岳と寧謙の失踪。
二つのアクシデントが、よりによって同時に起こってしまった。
「今までは疑念止まりだったんですが……今ので確信に変わりましたよ。あたしの推測は、間違ってませんでした」
「推測?」
「実は鉱区跡地にいた時、聞こえてきた『亡者の声』から……知ってる名前を聞いたんです」
「その名前は、『寧謙』というものでした」
「……!」
鉱区跡地でのミアズマ事故の被災者の中には、寧謙とその家族もいた。
そして……
「盤岳先生があの時見殺しにした人の中には、彼の姉もいたみたいですね」
「……え? ちょっと待って、見殺し? 盤岳先生が? どういう事?」
「……ダイアリンさん」
「おっと……口が滑っちゃいました。瞬光ちゃんにはもうちょい後になってから話すつもりでしたが……仕方ありませんね」
ダイアリンは瞬光に、盤岳のことを話した。
「……そんな事が」
「まあ、それが原因で寧謙さんは盤岳先生に並々ならぬ憎悪を募らせていたようです。今日、彼がいきなり姿をくらましたのも、恐らく──」
「盤岳先生に復讐をするため、でしょうね」