「……あな、たは……」
サラの腹部を貫く、血に染まった腕。
彼女は血を吐きながら、ゆっくりと後ろを見る。
「ダメじゃんか、サラさん。抜け駆けするなんてひどいよ?」
そこには、満面の笑みを浮かべた「タクミ」がいた。
「あれが……もう一人のタクミくんですか」
「な、なんで……!? サラとアイツは、仲間だったんじゃ……」
「…………」
突然の事態に全員が戸惑う中、ファイズはフォンブラスターを下ろす事はなかった。
その銃口は、最初から彼に向けられていた。
「……なぜ……気配も、なく……」
「大丈夫だよサラさん。始まりの主にはちゃんと会えるよ。ただその前に、ちょーっと手伝って欲しい事があるだけだから……ねっ!」
「く……っ! う……」
「タクミ」は言葉と同時に腕を、勢いよく引き抜く。
腹部を貫かれたサラはそのまま地面に崩れ落ち、やがて動かなくなった。
「……お前、何のつもりだ」
「あ、仲間割れしたと思った? 違うよ、ちょっと至急手伝って欲しい事ができただけだから。それに……」
口角を上げ、醜悪な笑みを浮かべる。
「タクミ。そろそろ、君自身にも働いてもらおうと思って」
「……!!」
「タクミ」の言葉を聞いたダイアリンと瞬光は、ファイズを庇うように立つ。
「タクミくんの顔でそんな気持ち悪い顔しないでくれますか? ただでさえ、あんたから聞こえてくる『声』でこっちはノイローゼになりそうなんですから」
「声? ……ああ、そっちの裁決官さんは『亡者の声』が聞こえるんだっけ? てことは僕の場合は、僕が今まで殺した人たちの声が聞こえるわけだ」
「…………っ」
ダイアリンは心底不快な顔をする。
そのリアクションを見るに、その『声』の数は今までの比ではないようだ。
「タクミ……あいつはワタシ達が相手するから、アナタは逃げて!」
「瞬姐さん……でも」
「ワタシなら大丈夫……だから任せて」
「無駄だよ、葉瞬光」
「!」
「そいつは僕から逃げることはできない。ホロウの外に出たとしてもね。本人もそれは分かってるはずさ」
「…………」
タクミはその言葉を否定はせず、沈黙を貫く。
彼の言葉は正しい。だからこそ、ファイズはホロウから出ようとは考えなかった。
「むしろ、ホロウの外なんかに出ちゃったら……今度は罪のない一般人が被害を被るかもしれないよ?」
「そんな嘘に、乗せられるもんですか!」
「……いや、瞬姐さん……あいつの言う事は正しい」
「!? ……えっ……?」
「認めたくはねえが、あの野郎の言う通りだ。俺とあいつは同じ……だから、逃げることはできない」
今まで、時折感じていた謎の視線。
「タクミ」はずっと、タクミを『視て』いたのだ。
物理的に距離を取る程度では、逃れることはできない。
「…………」
ファイズは、ファイズフォンを取り出すと……通話終了ボタンを押す。
ファイズは赤い光に包まれ、変身を解除した。
元の姿に戻ったタクミはそのまま着けていたベルトを取り外し、リンに渡す。
「姉ちゃん、これ……取られないように持っててくれ。失くすなよ」
「! タクミ、何を……!」
「……あいつから逃げることはできない。けどな、俺は逃げるつもりなんてない。それに──」
「逃がすつもりだってねえんだよ」
瞬間、タクミの顔に浮かび上がる模様。
「……!!」
タクミの体が白い光に包まれる。
「……変身」
身体は変化し、見慣れた胴着姿は形を変え──
「タクミ……!」
「……ハハ」
「ここで、このホロウで……俺はお前を潰す」
緑色の複眼、赤いスカーフ。
タクミはホッパーオルフェノクへと『変身』した。
「フッ!!」
「!!」
有無すら言わさず、そして一切の躊躇なく。
ホッパーオルフェノクは「タクミ」のいる場所へ跳躍し、そのまま彼を蹴り飛ばした。
「タクミ!!」
飛んでいく寸前、後ろからリンの声が聞こえたが、最早構う事もない。
吹き飛んでいく「タクミ」にホッパーオルフェノクは脚力だけで追いつき、怒涛の追撃を加えていく。
攻撃を加えられている最中でも、「タクミ」は笑みを崩さない。
「ハハハハハ!! いいよ、すごくいい! その力、その殺意!! 今のお前、化け物そのものだよ!!」
「……ッ!!」
蹴る、蹴る、蹴る、蹴る、蹴る、蹴る。
ファイズ以上の威力を誇るその蹴りを、一切の手加減なく、全力で「タクミ」へ叩き込む。
「オラアッ!!」
怒りを込めた咆哮と共に、ホッパーオルフェノクは「タクミ」を壁へと蹴り飛ばした。
「…………」
これほどまでの攻撃、常人ならばまず命はない。
だが……
「ほんっと強くなったねえ。レベルが前と段違いだ」
それでも「タクミ」には、軽傷以下だった。
「今のレベルなら、僕の片割れとしてもやってけるんじゃなかいかな?」
「片割れは地獄で探せ」
ホッパーオルフェノクは明確な殺意を持ち、「タクミ」の元へ歩いていく。
この男だけは、殺さなければならない。
再び対峙した時に頭に浮かんだのは、最早それしかなかった。
まるで、そう
「…………」
叩きつけられ、壁に寄りかかったまま動かない「タクミ」に、ホッパーオルフェノクはとどめを刺すべく、脚部に力を込める。
「でもさ」
しかしそれでも。
「今の君なら……もっと強くなれるはずだよ?」
「……!」
すべては、彼の想定通りだった。
倒れた状態から、まるでだるまのように体を起こした「タクミ」。
「『陣』を使って吸収したミアズマがあれば、パワーアップができる。きっとね」
「……そのミアズマなら、悪いが俺がほとんど消した」
「消した? 本当にそう思ってるの?」
まるで先程の攻撃などなかったかのように、「タクミ」は何事もなく歩き出す。
「……確かに、君は陣に吸収されるはずだったミアズマをその場から消した。でも、正確に言えばそれは違うんだ」
「……?」
「君は……ミアズマを消したんじゃない。吸収したんだ」
「……何を」
「ミアズマは……エーテルは、この世界のオルフェノクの力の源と言ってもいい。今まで器として空っぽだった君は、その力の源を取り込んだんだ」
自分では消したと思い込んでいても、無意識にそのミアズマを体内に吸収する事を選んだ。
「…………」
「信じられない、って顔をしてるね。なら、せっかくだし証明してあげよう」
「今からね」
「…………ッ!!」
「タクミ」が手をかざした、その瞬間。
ホッパーオルフェノクの体内から、
めまいを起こすほどの、強大なパワー。
「これで、分かった? 君が感じている力……それ全部君がさっき吸収したミアズマなんだよ?」
「…………こ、れ……は……」
「あ~でも、ちょっと吸収しすぎちゃったみたいだね。
「……が……あ……」
「でもいい機会だね。これで、力の扱い方でも学んできたら? ほら、サンドバッグも来たみたいだしさ」
「!!」
「タクミ」が指を差す方向。
「っ!! タクミ!!」
ホッパーオルフェノクを追っていたリン達がこの場に現れた。
現れてしまった。
「…………ア」
「……タクミ! 力に呑み込まれてはならぬ!!」
盤岳がそう叫び、彼に呼びかけるが……遅かった。
「ッ!!」
ホッパーオルフェノクと「タクミ」の周りに、巨大なミアズマの渦が出現。
その渦に呑まれ、二人の姿は見えなくなる。
「タクミ! タクミ!!」
「リンさん、近づいちゃダメです!!」
「……!!」
名を叫び、必死に呼びかける。
だが、返事は返ってこない。
巨大なミアズマの渦の中。
意識が、理性が力に呑み込まれていくホッパーオルフェノクに、「タクミ」は静かに語りかける。
「あ……そうだ。僕これから、ちょっとした大仕事をしなきゃいけないんだよね」
「タクミ」はホッパーオルフェノクの体に触れる。
「今の身体じゃ、ちょっと骨が折れるから……少しの間、君の体を『何割』か借りるよ」
一方その頃。
リン達はミアズマの渦をどうにかして消そうと、苦心していた。
瞬光は渦に呑まれたタクミを助けるため、覚悟を決める。
「もうこうなったら……使うしかない……!!」
「! おぬし、まさか……早まるな!」
剣棺に手をかける瞬光。
青溟剣の
ドォォオオオン!!
「!!」
響く轟音と共に、ミアズマの渦が
「…………え?」
消し飛ばされたミアズマの中から、何かが姿を現す。
「…………嘘、だよね」
「…………タクミ?」
そこにいたのは、タクミではなかった。
「グォオオオオオオオ!!!」
中から現れたのは、灰色の体をした巨大なバッタ。
ホッパーオルフェノク、その激情態だった。
その場にいた、全員の思考が停止する。
『マスター、前方のオルフェノクから過去最高のエーテル濃度を検知。直ちにその場から避難する事をお勧めいたします』
「……できるわけ、ないでしょ……! タクミを、助けないと……」
「リン殿、ここは退くのだ。ここは我輩たちに任せておけ」
「…………!」
死んだわけではない。
どうにかして、助け出せる方法があるはずだ。
「…………タク、ミ」
「ガァァァアアアアッ!!」
「っ、やばい、来ますよ!!」
咆哮とともに、ホッパーオルフェノクは襲い掛かる。
その狙いは……瞬光だった。
「瞬光ちゃん! 避けてください!」
「……ワタシ」
記憶の中の、彼の顔がよぎる度、その手は震えを増していく。
これから、戦わなければならないのか。
タクミを、傷つけなければならないのか。
突如突きつけられた、あまりに残酷な『選択』。
「…………そんなの」
牙をむくホッパーオルフェノクを眼前に。
「……でき、ないわよ」
彼女は、動き出せなかった。
その時。
「フッ!!」
瞬光の前に、何者かが割って入った。
「……え?」
その人物は、手に持った剣でホッパーオルフェノクの突進を弾き飛ばす。
瞬光は、その背中を見て目を見開いた。
「……この場にいる全員、戦う必要などありません。無論、あなたもです……タクミくん」
黒い髪。黒い装束。
見慣れない姿ではあったが、瞬光は彼が誰か一目でわかった。
「お兄……ちゃん?」
その人物は、釈淵本人だった。