ずっと捜していた実の兄と、思いがけぬところで再会した瞬光。
だが彼はいつもの見慣れた姿ではなく、黒い髪に黒い装束。
眼鏡もなく、どこか近寄りがたい雰囲気を醸し出していた。
「お、お兄ちゃん! 今まで、どこに……!? それにその格好──」
「然る時が来たら、すべて教えよう。それより今は──」
「グォオオオアアアア!!」
釈淵に向け、耳をつんざくような咆哮を放つ、激情態ホッパーオルフェノク。
その姿はまさにバッタそのものであり、人の形をすでに失っている。
「──彼をどうにかするのが先決だ」
「……っ、うん」
「釈淵さん! 『戦う必要はない』って、どういう事? タクミを元に戻す方法があるって事?」
「ええ。それは考えうる方法のなかで、一番安全かつ、穏便に済ませられるもの──」
「『陣法』を起動し、彼の中にあるミアズマを吸収するんです」
「……!!」
釈淵は襲い掛かるホッパーオルフェノクの攻撃をいなしながら、説明をする。
「今のタクミくんは、膨大なエーテルエネルギーを体内に吸収し、暴走をしてしまっている状況です」
『……! そのエーテルエネルギーを封じ込めれば、タクミを元に戻せるんだね?』
『はい。今から『陣』がある場所に戻ります。お弟子さんはお手数ですが、その場所まで最短ルートで案内をお願いします』
『分かった……って、ちょっと待ってくれ! もしや釈淵さん……』
「そうです。僕が彼を陣のもとまで誘い込み……そのまま陣法を起動します」
盤岳にはもうミアズマを封じ込めるだけのエネルギーは残っていない。
現時点で『鍵』にうってつけなのは、釈淵しかいないだろう。
「ちょっと待ってください釈淵さん! それって生贄になるって事ですよ!」
「ご安心を。僕は『生贄』になるつもりはありません」
「……お兄ちゃん」
「大丈夫だ、瞬光。僕にはまだやる事がある……ここで死ぬつもりはない」
「……っ」
「グァァアアアアア!!」
「……ゆっくりはしていられません。お弟子さん、お願いします」
『……! 分かった!』
釈淵はイアス姿のアキラを担ぎ、ホッパーオルフェノクに向け、手招きをする。
それを見たホッパーオルフェノクは、まるで闘牛のように釈淵に向かって突進する。
『釈淵さん! この先五十メートル先に、陣がある場所に通じる裂け目がある!』
「心得ました!」
ホッパーオルフェノクから逃げながら、釈淵はそのままイアスとともに走り去っていった。
「怒涛の急展開ですね……まさかここで彼が来るとは」
「我輩らも後を追おう! リン殿、頼んだ!」
「うん……!」
残された一行も、彼らを追うべく先を急いだ。
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瓦礫を飛び越え、釈淵は駆け抜けていく。
行く先に立ちはだかるエーテリアスを瞬殺し、陣の元まで急ぐ。
ホッパーオルフェノクも障害物を軽々と越え、崖を飛び移りながら釈淵を追いかける。
『……! ここだ釈淵さん! 陣がある場所に到着した!』
「分かりました……ここからは僕に任せてください。お弟子さんは安全な場所へ」
抱えていたイアスを降ろし、釈淵は追いかけてくるホッパーオルフェノクの方に向き直る。
(……やはり感じる。彼の中から、ミアズマとは別に恐ろしい力が蠢いているのを……これは、まさしく……)
釈淵は構えを取り、陣の起動の準備を整える。
そしてホッパーオルフェノクがその陣に入って来た、その瞬間──
「起っ!!」
釈淵は、陣を起動させた。
地面の紋様が輝き──
「グゥ……ウ……!!」
『釈淵さん!』
「……!」
ホッパーオルフェノクの体から、大量のミアズマが飛び出す。
動きを止めたかと思ったが……最後のあがきにと、ホッパーオルフェノクは牙を剥き、爪を振りかざし暴れまわる。
「……!! あそこ……」
「釈淵さん、陣を起動させて……」
追いついた瞬光たちは、再び巻き起こるミアズマの渦を目にする。
今出来る事は何もない。
「お兄ちゃん……タクミ……」
ただ、釈淵とタクミの無事を祈るばかりだった。
「グウウウ……アアアア!!」
まるでもがき苦しむかのように暴れまわるホッパーオルフェノク。
最早湧き出るエーテリアスなど脅威にもならない。
エーテリアスを蹴散らすホッパーオルフェノクを前に、釈淵は攻撃をできるだけ防ぎながら、陣でミアズマを吸収していった。
「グウウウ……ウウ……!!」
そしてその効果は、如実に表れ始めた。
非常に強い濃度のミアズマが、陣の中に吸収され……暴れていたホッパーオルフェノクも、徐々に動きを鈍らせていく。
「ガアアア……!!」
釈淵はだめ押しに、陣に最後のエネルギーをつぎ込んだ。
ホッパーオルフェノクの体が白く光りだし、恐ろしい巨大な体は徐々に小さくなっていく。
そして。
「!!」
ミアズマの渦が晴れ……それと同時に、ホッパーオルフェノクが人型へと戻った。
「タクミ!!」
それを見たリン達は、彼の元へと駆け寄る。
「グゥ……ウ……アア……!」
人型にこそ戻ったが、ホッパーオルフェノクはふらふらと足取りがおぼつかず、苦しそうにうなっていた。
「タクミ……! しっかりして!」
瞬光が倒れそうになるホッパーオルフェノクの体を支える。
「グ……ウ……」
先程のようなどう猛さはもう残っていないが、それでも彼は正気を取り戻したわけではない。
「…………」
リン達が見守るなか……
剣棺が、白く光りだした。
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この世のどこでもない、暗い海の中。
「…………」
タクミは手も足も動かす事が出来ず、ただ沈んでいく。
徐々に遠ざかる水面を見つめる。
タクミに出来るのは、ただ底に沈むことを受け入れる事のみだった。
そんな時。
「……?」
彼が呆然と見つめていた水面から、誰かが姿を現した。
その人影は、徐々にこちらへと向かっていく。
そして姿が見えたその人影は、タクミにとって『知らない』とは言えないもの。
「……瞬姐さん」
タクミは彼女の名を呟くが、どうもおかしい所がある。
彼女の顔、背丈、服装……それらはいつもの瞬光と変わりはなかった。
だが一つだけ。
いつもとは大きく違うところがあった。
(……髪が、白い……? なんだ……?)
栗毛だった彼女の髪は真っ白になっており、片方の横髪は赤色になっている。
いつもの瞬光ではない。
一体誰なのかと考えているうちに、その白い瞬光はタクミの目の前まで近づいてきた。
「…………」
彼女は沈んでいくタクミの手を取り──
「…………ふふ♪」
彼女らしからぬ、妖艶な笑みを浮かべた。
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「……! タクミ!」
同時刻。
もがき苦しんでいたホッパーオルフェノクの体がやがて完全に動きが止まった、その直後。
変化が起きた。
再び彼の体が白く輝きだす。
「これは……!」
やがてその光は鳴りを潜め───いつもの見慣れた姿が現れた。
「た、タクミ……!! 良かっ──え?」
「えっ……え?」
「なんと……これは……」
しかし元に戻ったタクミの姿を見て。
リンや盤岳、ダイアリンはもちろん。
タクミを支えていた瞬光も、驚きを隠せなかった。
「…………」
当のタクミは……瞬光の腕の中で呑気に寝息を立て、眠っている。
この様子を見るに、タクミは確かに元に戻ったのだろう。
傷一つついておらず、侵蝕の跡もない。
だが、以前と違いタクミの体には『無視できない変化』が起こっていた。
その『変化』に瞬光は狼狽える。
「……り、リン、アキラ! わ、ワタシ……どうすればいい!? まさかタクミが、こんな……!」
「お、落ち着いて瞬光! とにかく今は、一刻も早く適当観に戻ろ? 釈淵さんも一緒に……ってあれ?」
リン達は周りを見渡す。
「お兄ちゃん……?」
先ほどまでいたが、見当たらない。
釈淵はいつの間にか、どこかへと姿を消してしまっていた。