「……!」
適当観、タクミの部屋にて。
ベッドの上で目が覚めたタクミは、考えるより先にスマホに手が伸びていた。
起きたらスマホで時刻を確認する。染み付いた生活習慣であった。
「……夜九時」
既に日は落ちている。
タクミは起きる前の出来事を思い出してみる。
(アイツに何かされた後、記憶がバッサリ途切れてる……)
記憶が曖昧になっているわけではない。
「タクミ」に何かをされたあとに、ビデオが突然再生を停止したかのように記憶がなくなっていたのだ。
という事は。
(……暴走、したのか。オルフェノクの力が)
自身が引き起こしたのか、あるいは「タクミ」によって引き起こされたのか。
どちらにせよ、気にすべき事はひとつ。
(皆はどうなった……? ここにいるって事は、誰かが止めてくれたんだろうけど……)
体に痛みは感じない。怪我はしていないようだ。
何やらベッドが大きく感じるが、今はそんな事は気にしていられない。
ベッドから降り、外に出ようとする。
「!」
ちょうどその時、ガチャリと扉が開いた。
「! ンナ! ンナナ!(タクミ! 起きたんだね!)」
「イアス!」
ドアを開け入ってきたのはイアス。
ベッドに飛び乗り、タクミに抱き着いた。
「ンナ……ンナワタ?(もう大丈夫なの?)」
「俺は大丈夫だ……それより、他のみんなは?」
「ンナナーンナ!(リン達なら無事だよ! もうすぐここに来ると思う!)」
「そうか……ん?」
イアスを抱きかかえながら、タクミはとある違和感に気づいた。
「イアス……なんかお前、デカくなった?」
「ナ?(え?)」
「タクミ!」
違和感の正体を探っていると、再びドアの開く音とタクミを呼ぶ声がした。
瞬光、アキラ、リンが部屋に入ってくる。
「良かった……! やっと起きたのね……!」
「瞬姐さん……」
「本当に君は、心配ばかりかけさせる……」
「もう体はなんともない? 嘘ついちゃ駄目だからね!」
「大丈夫、だけど……皆の方こそ大丈夫か? 俺多分、暴走……したんだよな」
「私達なら平気だよ。釈淵さんのおかげで、皆怪我を負わずに済んだから」
「!? 釈淵さんが……!?」
リンはタクミに、暴走してる間の出来事を話した。
「そんな事が……なんかすげぇ迷惑をかけちゃったみたいだな」
「大丈夫だ。結果として誰も怪我はしなかったし、君が責任を感じる必要はない」
「……でもあの時のタクミ、なんからしくなかったよね。皆を置いて一人で突っ走ってたから……あそこまで冷静さを失ってたの、初めて見たもん」
「……」
あの時のタクミはもう一人の「タクミ」を倒すため、怒りに任せ一直線に攻撃を仕掛けた。
ひとりで突っ走った結果孤立し、挙句「タクミ」の手によって暴走してしまった。
いつものタクミなら、まず自分から孤立する事はしないだろう。外部要因ならともかく。
「……自分でも、なんであんな行動取ったのか分からない。何故か『そうしなきゃならない』って思ったんだ」
「もしかして、もう一人のタクミが思わせたとか……?」
「有り得るかもな。……そういえば助けてくれた釈淵さんは今、どこにいるんだ?」
「……お兄ちゃんは、タクミが元に戻った後、またどこかに行っちゃったの」
連絡を取っていた儀玄にも聞いたが、居場所は掴めていないらしい。
結局、釈淵の目的がなんだったのかは分からなかった。
「ただあの時タクミを助けたから、裏切った訳じゃないってことは分かったよね」
「うん。それに、あの時お兄ちゃんが言ってた事も気になるの」
黒い装束を来た釈淵が、瞬光に対し放った言葉。
『僕にはまだやる事がある……ここで死ぬつもりはない』
『然る時が来たら、すべて教えよう』
「もしかしたら、ワタシや師匠をも遠ざけておきたい恐ろしい何かがあって……お兄ちゃんはそれを解決する為に、一人で行動してるのかも……」
行方が掴めない以上、今は釈淵が無事である事を信じるしかない。
「とにかく皆や釈淵さんのおかげで助かった。ありがとうな」
「ううん、アナタが無事なら何よりだから……ってタクミ、どこ行くの?」
「ダイアリンさん達にもお礼を言っとこうと思ってな」
そう言うとタクミはベッドから降りようとする。
「気をつけて! ベッド高いから、気をつけて降りないと怪我しちゃうわ」
「そんなドジ踏む訳ないだろ。小学生じゃある……まい……し……」
違和感。
「…………あれ?」
ベッドから降りる。
瞬光を見る。
「あれ、瞬姐さん……あれ?」
「タクミ? どうしたの?」
おかしい。
普通に立って、なぜ瞬光の顔を
タクミの身長は、瞬光よりギリギリ高かったはずだ。
「えっ……え」
瞬光だけではない。
リンも、アキラも、やたら背が高い。
「あ、あれ……」
というか。
なんか。
(声……高くね?)
まるで「声変わり前」のような、高い声。
……最悪の可能性が、頭によぎる。
「……っ!!!」
「タクミ!?」
タクミは部屋を飛び出す。
「あ、タクミくん起きましたか……って、どこ行くんですか!」
外で待っていたダイアリンと盤岳には目もくれず、適当観の洗面所へと全速力で向かう。
そして、鏡を見る。
「…………え」
鏡に映し出されていたのは、タクミにとって到底受け入れ難い現実。
166cm。
それがかつてのタクミの身長だった。
それが今は。
「…………」
見たところ、おおよそ140cmにも満たない高さ。
鏡に映るそれは……タクミが六、七年前まで毎日鏡で見ていた顔。
本人を含め、もうお気づきだろう。
そう、タクミは……
「───」
年齢が十歳程まで、逆戻りしてしまっていた。
「───」
「タクミ! なんでいきなり走り出して……あっ」
後を追いかけてきた瞬光達が、鏡を見て絶句しているタクミ(しょうねんのすがた)を目にする。
「───」
「……あ、あはは……もしかして、今気づいちゃった?」
「ええと実は……君が元に戻った時、何故かこの姿だったんだ」
「───」
「……大丈夫よタクミ! きっと元に戻る方法はあるし……それに、今の姿も可愛くてワタシは好きだから!」
「───」
「……めちゃくちゃショック受けてますねぇ」
人は受け入れ難い現実を目の当たりにした時、漫画のような悲鳴を上げることはない。
なんなら声を出す事すらできないのだ。
なんとか現実に戻ってきたタクミは、縁側に座り打ちひしがれていた。
どういう原理でこうなったのかはともかく、こうなった原因はなんとなく察しがついた。
恐らくアイツである。
「……あの小僧許さん……!!」
「小僧なのはどっちかって言うとタクミくんの方なんですけどね」
「やめてダイアリン、刺さないであげて……」
「今おぬしが着ている道着は我輩の道場にあったものだ。近いうち、身の丈に合った童用の服を買わねばならぬな」
「わらべ……おれが……」
「タクミくん……いい加減元気だしてくださいってば。あ、そういえばリンさん、話変わるんですけど……ここに帰ってくる前に『共鳴する信号』がどうとか言ってませんでしたっけ?」
「あ、そうそう……その事について、タクミが起きたら話そうって思ってたの」
ホッパーオルフェノクがタクミの姿へと戻るその瞬間。
何やら、ラマニアンホロウのとある四か所で、非常に強いエネルギーを瞬間的に観測したらしい。
一つ目は鉱区跡地。
二つ目は讃頌会の司教メヴォラク……イゾルデと対峙した場所。
三つ目は人々が囚われていた昔日の丘にある『町』。
そう、どれも一度訪れたことのある場所。
それらが同時に共鳴していたのだ。
「それで四か所目なんだけど……正確な座標を特定するまでには至らなかったの」
Fairy曰く、確認できたのは
「その四つの信号が始まりの主に関係してるってのは間違いないけど……」
「でも、なんでタクミがもとに戻ったタイミングでその信号が観測されたのかしら……?」
「……あの時、タクミの体から強烈なエネルギーを感じたの。ミアズマだけじゃない、おぞましい何かを……」
「過剰なエーテルエネルギーで暴走した、ってだけじゃなさそうですね……始まりの主は一体何を企んでるのやら……」
「うむ。またいつ、ホロウのミアズマに異変が起こるか……引き続き警戒を続けねばなるまい」
「…………」
タクミか元に戻った要因は恐らく二つ。
一つは釈淵が起動した陣法。
あれでタクミの体内のエネルギーが吸収されたのだ。
もう一つは……
(……もしかして)
タクミの頭の中には、とある顔が浮かぶ。
「……瞬姐さん」
「なに?」
「瞬姐さんってさ、双子の姉妹っている?」
「え? いないけど……なんで?」
「……いや、なんでもない」
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ラマニアンホロウ、鉱区跡地。
そこのとある場所で、サラは血溜まりに沈み、横たわっていた。
「…………」
心臓は止まり、瞳孔は開いている。
その『死体』を、「タクミ」は見つめていた。
「……ははっ。最初から、貴方にしておけば良かったな。まあ、今までも別に無駄ではなかったか」
そう呟く「タクミ」の声に、応えるように──
サラの瞳は、灰色へと変わった。
次回から番外編を挟み、そこからいよいよ第六章です!