輝磁工芸品店、『奇々怪々』にて。
「ゆーずちゃーん! 遊びに来たよ~! ……ってあれ?」
「……ん?」
珍しく昼間に柚葉の元に遊びに来たリュシアは、そこで意外な顔を目撃した。
「タクミ? どうしてここに?」
「リュシアか。なんてことねーよ、ただの手伝いだ」
『奇々怪々』従業員専用のエプロンを身に着けているタクミ。
「たまにだけど、柚葉にはビデオ屋の手伝いをしてもらってるからな。だからそのお礼に、『奇々怪々』の方も手伝う事にしたんだよ」
と言っても、やる事はレジだったり店の掃除くらい。
売り込みに関しては全面的に柚葉がやっている。
「なるほどねえ……そう言えば、その柚ちゃんはどこ?」
「急用で今店にはいない。帰って来るまでの間、店番を任されたんだ」
その店番について、タクミは少し不安があった。
普段柚葉は工芸品を売るための手法として、その品に工芸品にまつわる『物語』を組み込んでいる。
それが柚葉なりに商品の魅力を伝えるやり方なのだが、タクミにも同じ事が出来るか怪しい。
今は客は来ていないが、もし来たらどうしようかと悩んでいたのだ。
「あ、それならあたしもお手伝いするよ! 売り込みなら任せて!」
「できるのか?」
「ふふん、なんてったってあたしは『夜魔の語り部』だからね! 柚ちゃんが普段やってるやり方なら、あたしも心得があるんだ~!」
確かに、リュシアに任せておけば自分がやるより幾分か安心かもしれない。
「じゃあ、よろしく頼んだ」
「おっけー、頼まれたよ!」
そして柚葉から店番を任され、三十分が経ったが……まだ客が来る様子はない。
その間、タクミは店内を掃除をする事にした。
しかし、その掃除もすぐに終わるかもしれない。
(店の中、なんか普通にきれいだな……工芸品は埃一つ被ってないし)
普段から清潔さには気を遣っているのだろう。
売っている品の魅力を損なわない為には、必要な事だ。
(六分街のビデオ屋も、トワとレムがいるから掃除については安心しても──)
「ぎえーーーーっ!!」
「!?」
店の入り口の方から、リュシアの悲鳴が聞こえた。
緊急事態と受け取ったタクミは、掃除を中断しリュシアの元へ急ぐ。
「リュシア、どうした! 何があっ──」
「うわああタクミ!! そっちに飛んでくるよ!!」
「えっ」
それは、一秒にも満たない間の出来事だった。
反射神経は良い方だった。だが、『奴』の襲来は予測できず、対応できなかった。
ブブブブと、鼓膜を震わす鈍い羽音。
それが『奴』のものであると脳が認識する前に──
黒く小さな影が、
「!!!」
「……?」
遅れて、自身の身に何が起きたのか、今顔に張りついたものが何なのかを理解し──
「───ア」
「タクミーーーッ!!」
静かに、その意識を手放した。
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一方その頃、衛非地区の生活用品店にて。
「あれ、柚葉。ここで会うなんて奇遇だね」
「あ、リンちゃん!」
タクミに店番を任せ、買い出しに来ていた柚葉は、同じく買い物に来ていたリンと会った。
リンは、柚葉が持っている買い物かごの中身を見る。
「それ、殺虫剤?」
「うん。切らしてたのを思い出したから、ついでに買っとこうかなって」
「やっぱ柚葉のお店にも出るんだ、アイツ……」
「まあここ一年は見てないけどね〜。でもいつ出るかは分かんないし、買っとくに越したことはないじゃん?」
「…………」
リンは柚葉の話を聞き、去年『Random Play』で起きた悲劇を思い出した。
「そう言えばリンちゃんってGは平気なの?」
「私もタクミも大の苦手だよ~……適当観に来てからは一度も見てないけど、もし出てきたらどうしよう……」
「…………」
「? 柚葉どうしたの、急にニヤニヤしだして……」
「あっううん、なんでもな~い……」
タクミへの『プレゼント』のために、買うものが一つ増えた柚葉だった。
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「…………はっ!!」
「あ、タクミ!」
Gの襲来から五分後。
気絶していたタクミは目を覚ました。
見下ろすリュシアの顔と店の天井が視界に映る。
どうやら気絶している間、リュシアが膝枕をしていたらしい。
「介抱してくれたのか、ありがとう……さっきは何が起きたんだ」
「アイツが現れたんだよ……黒くてすばしっこい、アイツが!」
「!!」
店内は綺麗だったので、出る事はないと思っていたが……やはり出る時は出るものだ。
久しぶりに出くわしてしまった。
「柚葉はまだ帰って来てないか……Gは今どこに……?」
「タクミが気絶した後、見失っちゃった……外には逃げてないと思うけど」
「そうか……ひとまず、殺虫剤を装備しとかないと」
「……その事なんだけどね、タクミ」
「?」
リュシアはタクミに、とある事実を告げる。
「──殺虫剤が、切れてる……!?」
「うん。見つけはしたんだけど、既に空だったんだ……やばい、どうしよう……!」
これでは仮にGが見つかっても対処しようがない。
前の時もそうだったが、こういう時にタクミは運に恵まれていない。
なぜこの肝心な時に殺虫剤が手元にないのか。
(どうする……? そうだ、こっから適当観はすぐ近くだ! 今から適当観に殺虫剤を取りに行けば……)
さすがに適当観の殺虫剤も切らしてました、などと言う事は起こらないはずだ。
「リュシア、今から適当観に戻って殺虫剤取ってくる。適当観にはあるはずだ」
「……ううん、その必要はないよ」
「え? なんで……」
「よくよく考えてみたら……店の中で殺虫剤を使うのは危険だと思うの。工芸品もいっぱいあるし、匂いがついちゃう」
「あ、確かに……」
Gの出現で、冷静さを失っていた。
だが、それならどうすればよいのだろうか。
「ここはあたしに任せて! あんなブラストスパイダーから可愛さを抜いたような気味悪い虫なんて、ちゃちゃーっと片付けるから」
「その例えはともかく……どうするんだ?」
「ふふん、とっておきの作戦があるよ。安心してお姉ちゃんに任しときなさい!」
「……分かった、それなら任せる。あとリュシア、ずっと言いたかったんだけど」
「なんでさっきから頭撫でてるんだ」
「え? ……あっ」
タクミが気絶してから今まで、ずっとタクミの頭をなでていたリュシア。
慌てて手を放す。
「えっと、ごめんね? なんか子供の姿になったタクミを見ると、むしょーーに撫でたくなるんだよね……」
「なんか前にも柚葉たちに同じ事されたけどさ……俺の事犬やら猫だと思ってるんじゃねーだろうな……」
「そんなんじゃないよ! でもなんか、凄く撫でたくなるの! 分かんない?」
「分かんねーよ……」
気を取り直し、G討滅作戦に取り掛かる。
「それで、とっておきの作戦っていうのは?」
「ズバリ、秘密兵器を使うの! Gって雑食で何でも食べるでしょ? だからこれ!」
「それは……」
リュシアが取り出したのは……ペットボトルに入った、ジンジャー糖水だった。
「あんまりエーテリアスとかを探す以外にこれを使いたくはなかったんだけど……背に腹は代えられない! これを使ってアイツを誘き出すよ!」
「出来るのか……!? なんかすげえ不安なんだけど!」
「だーいじょうぶだって! 今にも匂いに誘き寄せられて……ほら出たぁ!!」
「!!」
リュシアが指を差す先。
壁の方に、隠れていたGが姿を現した。
「あたしたちは隠れよう! 隙を見て、ペットボトルに入ったアイツを外に出せれば……!」
「ごめんください……あら、タクミ? リュシアちゃん? 何をしてるの?」
「!」
「い、イドちゃん!?」
間の悪い事に、イドリーが奇々怪々にやって来てしまった。
物陰に隠れている二人を見て、イドリーはきょとんとする。
「きみたちは……どうして隠れてるの?」
「それは色々と訳があって──あっやばい、イドリーさん!!」
「?」
壁に留まっていたGが羽を広げ、跳び始める。
その先は──よりにもよってイドリーだった。
「あら……?」
イドリーは飛んでくるGを目にする。
「──ふっ!!」
「え?」
Gを見た彼女が次にとった行動は──タクミとリュシアの予想を大きく裏切るものだった。
飛んでくるGを、イドリーはあろうことか
「森へ……おかえりっ!」
なんとそのまま流れるように扉の外へGを投げ飛ばした。
「「…………」」
この光景は幻だろうか。
壮絶なものとなるはずだったこの戦いは、いともあっさり決着がついた。
「あ……うっかり触っちゃったわ。ごめんなさい、お手洗いをお借りしてもいいかしら?」
「あ、どうぞ……」
「ありがとう~」
イドリーはお礼を言うと、そのまま店の奥へと行ってしまった。
「…………」
予想外の形とは言え、なんとか危機が去った事にタクミは胸をなでおろす。
しかし今から十五分後、帰って来た柚葉が購入したGのイタズラグッズで悲鳴を上げることになるとは、この時の彼は知る由もなかった。